みなさま、こんにちは。韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。今回は今年最後の連載ということで、ばばーん! と景気よくブッ飛んだエンタメ小説でも……と思ったのですが、先日ホットなニュースを目にしたのでそちらをお届けしたいと思います。

今年はやはり規模縮小となった釜山国際映画祭(10月21~30日)。例年、併設イベントとして開催されている見本市「アジアコンテンツ&フィルムマーケット(旧アジアフィルムマーケット)」も、今年はオンラインで行われたようですが、映画や映像コンテンツの原作として人気が期待される優れた小説や漫画などが紹介されるE-IPマーケットでは、前回ご紹介した「Kスリラー」シリーズから2作品が登場しました。今回はその中から、ミステリー小説『悪母』(イ・ジウン)をご紹介します。生みの親に育ての親、望まぬ妊娠に強姦男への復讐、勘違いの獄中生活20年!? ……という怨念と因縁が滲み出る本作品の中心に据えられたのは求職中の女性ホヨン……といっても彼女はいたって平凡な女性です。


 ホヨンの実母ジュンミは24年前、財閥二世のジョンウォンにもてあそばれ、望まぬ妊娠で彼女を身ごもった。出産後、復讐心を胸に秘めたまま、ジョンウォンの家で子連れ住み込み家政婦として働き始めた彼女は、ついに殺害計画を実行に移すが、どういうわけかタイミングよく現れた警官に逮捕されてしまう。
 ホヨンはその後、体格も気性もまるでオトコな未婚女性ヨンドの手によって育てられる。ヨンドはホヨンの実母が殺人犯であることを隠したままホヨンを育て、ホヨンもヨンドを実母同様に慕って生きてきた。しかしある日、平穏に暮らしてきた母娘の仲に暗い影を落とす事件が起こる。ホヨン宛てに実母からの手紙が舞い込んだのだ。そこで初めて、実母が20年間、獄中生活を送ってきたことを知ったホヨン。手紙には、面会を望む切実な願いがしたためられていた。なぜ今さら……と不審に思いながらも、ホヨンはヨンドに無断で実母に会いに行く。
 20年ぶりの母娘の再会。ジュンミがホヨンを呼び出したのはある人物を探してもらうためだった。獄中生活を共にした「ミシェル」という女を探し出してほしいという。ミシェルいわく、ジョンウォンを死に追いやったのはジュンミではないというのだ。これまで何の疑いもなく自分が殺人犯だと信じて疑わなかったジュンミ(手をくだしたのは事実)は、事件の真相をミシェルから聞き出してほしいという。ホヨンは当時の記者(現パン屋)の協力を得てミシェルの居場所を突き止めるが、同時にホヨンにも魔の手が伸びていた。
 一方ヨンドも20年前に別れたきりの母親、チョンオクからの連絡を受ける。末期ガンと診断され、余命宣告を受けたという。しかし、幼い頃から母親とそりが合わなかった上、20年前に目撃したある出来事のせいで母親にこの上ない敵意を抱いてきたヨンドは、母親を恐れ(恐れるあまり母親に対して若干暴力的)、憎み、彼女から一刻も早く、少しでも遠く離れようと決意する。

 ホヨンがあちこち嗅ぎまわるにつれ火事やら拉致が発生し、娘が行方不明になり半狂乱になったヨンドが母親の家に殴り込みをかけたりするのですが、後半には「えっ! そんなんありか!」な展開も。ところが後になって考えてみると、序盤で提示されたチョンオクと介護人の会話のシーンがナゾ解きのヒントの一つとなっていたのです。
 20年ぶりの再会にもかかわらず、母親に対して敵意丸出しのヨンドを目にした介護人。チョンオクから聞いていた自慢話の中の「娘」と、目の前に現れたヨンドとの印象が違いすぎると感じ、チョンオクに尋ねます。
 「ところでお嬢さんのことですけど……本当に娘さんですか? 以前お聞きした娘さんとは、ずいぶん違う気がして……」
 さて真実は、20年前の事件の真相はいかに。「母と息子」では成立しない、「母と娘」の微妙な距離感が描かれていると感じられる作品です。



 お次は、先日SEOUL COPYCATというタイトルで仏語版が出版された『現場検証』(イ・ジョングァン)。こちらは「Kスリラー」シーズン1として出版された刑事モノ長編ミステリーです。フランス版タイトルの「COPYCAT」は作中の連続殺人犯の呼び名。こいつがただの連続殺人犯ではなく、「証拠不十分で無罪放免となった殺人犯」を「証拠不十分で無罪放免となった殺人犯」が犯行で用いた手法で殺害するという、正義の味方を気取った殺人犯なのです。主人公はコピーキャットを追い詰めたものの火災に巻き込まれ、コピーキャットには逃げられ、体は火傷だらけ、おまけに視力と記憶を失ったイ・スイン刑事。ただ、本人は記憶喪失ゆえこの名にしっくりきていない……がしっくりこないのは、実は記憶喪失のせいだけではない……。

 病室のベッドに横たわり、スインは耳をすましている。近づいてくる足音や歩数、行動パターンで訪問客を推測することができる。病室には病院スタッフのほか、スインの同僚も訪れる。コピーキャットの正体を知るスインの命を狙って、コピーキャットが現れるかもしれない。そのため、病室の前には常に警護にあたる警官が配置されている。
 記憶と視力を喪失したまま、病床から捜査の継続を試みるスイン。彼の手となり足となってくれるのは、女性刑事のジス。彼女がもたらす情報と刑事としての直感が頼みの綱である。ある日、コピーキャットの仕業と思われる事件が発生する。「死体なき殺人事件」と呼ばれる事件の容疑者キム・ヨンハクが姿を消したのだ。数か月前、ヨンハクの妻が行方不明となり失踪事件として捜査されていたが、ヨンハクまでもが行方不明に。彼が妻を殺害し、その死体を遺棄したのではないかと睨んでいたジスは、彼がコピーキャットの餌食になったのではないかと考え、ヨンハクの家の家宅捜索に入る。そこで彼女は、冷凍庫の中から事件の手がかりとなりそうな何者かの「体の一部」を見つける。

 ……とその後、川から変死体があがったり、重要な情報(とそれを所持していた人物)が車ごと吹き飛ばされたり、コピーキャットをおびき出すために、スイン自ら記者会見を開いたり(記憶と視力を失っていることがコピーキャットにバレては元も子もない。そのため、見えない目でカメラを見つめるという高度な技にトライするハメに。)、新たな事件発生現場に足を運んだり。ところが視力を失った状態で臨んだはずの現場検証で、スインはあることに気がつきます。開かない窓、光、床に広がる血痕、さらには病室前に配置された警官など、至る所に感じられる「違和感」。そして、ジスが挙げた容疑者の名前の中に、聞き覚えのある名前が一つ。はたして記憶の回復は、彼に何をもたらすのか。スインもろとも読者まで「騙された感」に呆然としてしまうオチとなっています。
 15年にわたり犯罪捜査専門誌の編集長を務めていた作家によるリアリティーも盛り込まれたこちらの作品は、出版直後に大手映画製作会社NEWとの間で版権契約が結ばれたとのこと。今後の動きに乞うご期待。

 今年もお付き合いくださいましてありがとうございました。コロナコロナで何かと息苦しい時代になってしまいましたが、来年はこの淀んだ空気をブッ飛ばすべく、より一層ブッ飛んだジャンル小説をお届けできれば幸いです。少し早いご挨拶となりますが、来年もどうぞよろしくお願いいたします!

藤原 友代(ふじはら ともよ)
 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。
 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。
 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。
 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。
















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