先日、子ども向けミステリー小説を書いている謝鑫という作家が、唐詩(唐代の詩)をテーマにした新書を出しました。『紙上大偵探 中国唐詩推理秀』(仮タイトル:紙の上の探偵 中国唐詩ミステリーショー)というタイトルで、表紙もなかなか可愛らしく、小学生を対象にしているのかなと思いました。

 

■推理小説に向いている時代
 唐代(618~907年)を舞台にした中国の歴史ミステリー小説は多々あります。例えば、唐末の王朝を舞台に、楊貴妃や白居易などの実在の人物や、王羲之の書いた『蘭亭序』などの文化財に隠された謎を追う『大唐懸疑録』。玄奘三蔵一行が天竺に向かう道中で遭遇した81の苦難をサスペンス事件仕立てにした『西遊八十一案』などが挙げられます。もともと、ロバート・ファン・ヒューリックが『ディー判事』シリーズで名探偵役として描いた狄仁傑が生きていた時代でもあり、唐代は古くからミステリー小説の舞台として取り上げられていました。

 唐詩をテーマにした推理小説はないかと考えてみると、真っ先に思い浮かんだのは、またもや『大唐懸疑録』で、同シリーズ3作目は白居易の有名な詩『長恨歌』に唐王朝の闇が隠されているという、『ダ・ヴィンチ・コード』ならぬ『長恨歌密碼』(長恨歌コード)というタイトルでした。

 だから本書を読む前に抱いたイメージは、唐詩の中に実は財宝の在り処を示すメッセージが隠されていて、少年少女たちが宝探しに行く……みたいな、いかにも児童書的な内容でしたが、読んでみると全然違いました。

 本書は計10本の作品が収録されている短編集で、各話の冒頭に李白や杜甫、そして白居易といった唐代の有名な詩人の詩を引用し、その詩に描かれた情景や設定を拝借してオリジナルの事件や謎を書いたものです。

 例えばこの第5幕「酒鬼案」は、「蘭陵の美酒は鬱金香の香り……」で始まる李白の「客中行」を引用し、蘭陵というお酒の名産地に赴任した段成功という県令が、気性の荒い酒売りの殺害事件を捜査するという物語が進みます。

 そう、この本は子ども向けなのですが、ほとんどの話に人死にが出るのです。裏表紙に、「内容にはグロテスクや暴力描写はありません」と書いているので、てっきり日常の謎をメインとした内容だと思っていました。殺人事件の捜査をするのにもビックリですし、少年探偵も出ないのも驚きでした。

 私が子ども向けミステリーに人死には出ないと思い込んでいたのにはもう一つ理由があって、以前このコラムの「第62回:中国で子ども向け短編推理小説集発売で取り上げた短編推理小説『給孩子的推理故事』(子どもに捧げる推理物語)の編集者である華斯比が、収録作品の基準を「殺人なし、犯罪なし」にしていたからです。

 児童書というのは結局のところ、親が子どもに買い与えるものなので、親に「子どもに読ませるものではない」と思わせるわけにはいきません。だから華斯比は暴力シーンが一切ない日常の謎をメインとした短編集を作ったわけですが、「子ども向けミステリー=日常の謎」と思い込んでいた私は本書を読んで面食らいました。謝鑫本人はこれまでさまざまな題材の子ども向けミステリーを書いていて基準を知っているはずなので、死者を出す程度は問題ないのでしょう。

 

■どの「子ども」向け?
 本書にざっと目を通すと、物語に出てきた手掛かりだけで読者が真犯人を推理するのは難しい内容ですし、死者も出てくるので、メインターゲットは中学生かなと思いました。ただ、難しい漢字にピンイン(ふりがなのようなもの)を振っているので、「アレ?けっこう低め?」と戸惑いました。

 ところで本書のテーマは、唐詩の世界観とミステリーの融合です。ならば作者の狙いは、ミステリー小説の体裁を借りて唐詩の魅力を子どもたちに伝えることなのかと考えましたが、よくよく考えるとそれは逆で、詩の知名度を利用して子どもたちに推理小説を普及させようとしているのが分かります。それは何故かと言うと、中国の子どもたちにとって唐詩というのは小学校で暗記させられるほど身近なものだからです。

 それに中国では数年前から漢詩ブームです。そのきっかけをつくったのが、2016年から放送が始まったテレビ番組『中国詩詞大会』。これは一般人同士が会場で漢詩の知識を競い合うクイズ番組で、唐や宋などの古代の詩から毛沢東らの最近の詩にまつわる問題が出題され、一般人がそれらについて答え、会場にいる専門家が詳しく解説するという番組です。子どもから大人まで誰でも参加でき、過去には高学歴の出前配達員が優勝して人気者になったこともあります。現在、第6シーズンまで続き、この番組関連の書籍までたくさん出版されています。

 ただでさえ中国には唐詩を含む漢詩教育があるのに、このような番組による漢詩ブームが沸き起こった結果、出版業界も詩の重要性を再認識することになりました。だから唐詩を小説のネタにする作家は遅かれ早かれ現れたわけです。こうして考えると、本書は唐詩という子どもでも知っているジャンルを入り口にして、マイナーな推理小説の道に子どもをいざなっているわけです。

 また、本書では「闘花」(花合わせ)や「鏤鶏子」(細工彫りした卵の殻)など、唐代に実在した文化が物語のキーや事件の証拠になっていて、唐代の文化も学べる仕組みになっています。

 早い段階で子どもに推理小説の魅力を伝えるのは今の推理小説関係者の役割の一つです。本書は、教材として子どもたちが楽しみながら学べるという保護者の需要を満たす一方、ミステリーには欠かせない殺人事件を出して子どもたちに暗い楽しみを与えています。

 ゲームや小説などの規制が徐々に厳しくなって教育事情もどんどん変わる今の中国において、児童書は保護者たちから単なる読み物以上の役割が求められており、さまざまな知識を子どもたちに分け与えなければいけません。唐詩なんか学校で散々暗記させられるので、子どもたちにとっては暇つぶしの読書をしている時にそんなもの見たくないかもしれませんが、勉強のためだと親から買い与えられた小説の物語に興味を持ち、「推理小説って勉強の役には立たなそうだけど面白いな」と思う子どもが増えるのを祈るばかりです。

 

阿井幸作(あい こうさく)

 中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

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