北京に暮らしているのですが、11月中旬にマンションの住民に新型コロナ陽性者が出た巻き添えで5日間の在宅隔離措置を命じられました。それから北京の陽性者が激増して会社から在宅ワークの指示が出たばかりか、市内のショッピングモールや飲食店、コンビニ等にも入店することができなくなり、行動範囲が強制的に縮小され、隔離期間が終わっても家にいる日々が続き、もう1カ月ぐらい半引きこもり状態です。
 最近になって北京のコロナ対策が大幅に緩和されたおかげで比較的自由に行動できるようになりましたが、今度は陽性疑いの人間が野放図に増えていき、コロナは自己責任の空気が強くなり、行動にますます気を付けなければいけなくなりました。
 季節の変わり目に風邪が引きやすいように、政策の転換期に被害者が増えるのは仕方のないことかもしれず、まだ「見」の状態を取っておとなしくしておいた方が身のためのようです。本音を言えば、外食とか映画館とかに行きたいんですけどね……

 さて、そんな「缶詰め」状態になっていたから仕事や読書がよっぽど進んだんだろうと思いきや、外に出るなどして気分転換ができないから、あまりはかどりませんでした。そもそも本屋にも行けませんし、ネットで購入してもなかなか届かないので……ただ、そんな意識じゃ来年に連れていく積ん読が増える一方。ですので在宅生活の気晴らしに数冊読みましたので、今回はその中から中国ミステリーを3冊紹介します。

 

① 政啓若『多米諾少女』(2022年)

 カラオケやドラッグ等の猥雑な文字が書かれたネオンが灯るビルを背景に、薄暗い部屋の中に少女がペタンと座っている。中国の小説とは思えないアンモラルで二次元絵的な表紙ですが、中身もなかなか露悪的なSFミステリーです。

 未来の世界のどこかの国、女性型アンドロイドがセクサロイドとして働く多米諾(ドミノ)ビル。その中でも特別なセクサロイドとして知られる小初は、ビル内で起きる数々の不可思議な事件に好奇心を抱き、探偵として調査を進める。セクサロイドバラバラ事件、人間の画家が密室で殺された事件、そしてセクサロイド連続頭部消失事件……同類の死体を見続け、人間の心の裡に触れるうちに、彼女は人間に近付いていくのか。

 

■探偵まで騙される特殊設定ミステリー
 SFミステリーという体裁ですが、SFにしては設定が雑、ミステリーにしてはうろんな会話パートが多いので始めは読み進めるのが難しいかもしれません。ただ、世界観にハマったらあっという間に読み終えるタイプの作品です。
 同性愛禁止、独身禁止、反乱軍がテロ活動をしているというわかりやすいディストピアで、男たち(と一部の女)が欲望のはけ口を求めにやってくるドミノビル。量産型セクサロイドとは唯一造形が異なり、ビル内ならほぼ自由に動けて、自身の所有者でもある人間とも対等の口を叩ける特別なセクサロイド・小初の一人称で進む本作は、彼女が人間の起こした犯罪(セクサロイドが対象なので、殺人ではなく器物損壊)を解き明かしていくうちに、中身まで仲間と異なる存在になっていく内容です。
 いわゆる特殊設定ミステリーで、小初たちには触覚がなく、脳の代わりにチップが入っており、体に流れる青い血は出血後7分で固まり、危機的状況でない限り人間には逆らえない……などの設定が盛り込まれています。そして犯罪者たちはセクサロイドたちのそういった特性を利用してトリックを生み出し、探偵である小初さえも付与された設定から逃れられず、犯人に一杯食わされてしまいます。被害者も探偵も人間ではないからこそできたトリックには、思わず「やられた」と膝を打ってしまいました。

 作者の政啓若は1997年生まれの若手で、本作がデビュー作です。日本のミステリーやライトノベルが好きで、影響を受けた作家に連城三紀彦、米澤穂信、相沢沙呼、西尾維新、奈須きのこ、乙一らを挙げていますが、2016年に陸秋槎の『元年春之祭』を読み、それまで全く読んでこなかった華文ミステリーの認識を改めたとも述べています。
 前回紹介した『純白如雪』の作者・柳荐棉も陸秋槎の短編小説に啓発を受けたと言っているし、同じく1997年生まれです。もしかして、大学時代にリアルタイムで陸秋槎の本に触れて創作の道を進んだ中国人って予想以上に多いのでしょうか。

 

② 擬南芥『生門』(2022年)

 表紙にテープで口を塞がれた男が描かれていますが、内容はこんな耽美的ではありません。
 作者の擬南芥はさまざまな作風を持ち、設定を使い分ける器用な作家。密閉された空間からの脱出と殺し合いを描いた『山椒魚』、ゾンビがはびこる杭州市内でサバイバルをする『杭州擱浅』、日本を舞台にした京極夏彦テイストの『百妖捕物帖』、古代中国の奇術師が主人公の『大漠奇聞録』など多作。本作『生門』のテーマは「人狼ゲーム」に似た犯人当てです。

 間もなくダムに沈む廃村・白水村。この村出身の界心鳴は13年前の姉・林盼盼の死の真相を教えるという匿名の手紙を受け取り、戻ってきた。村には彼の他に、当時の幼馴染や姉の恋人らが集まり、6人で旧交を温めることに。だが食事に睡眠薬を盛られ、全員意識を失い、気付いたときには車やスマホなど外界との連絡手段が全て没収されていた。そして6人を集めた黒幕は彼らにメッセージを残しており、林盼盼を殺した人物を当てるよう指示、6人中5人に犯人だと指名された人間が自殺すれば、5人を無事に返すと約束。黒幕の命令を無視し、村からの脱出を選択した界心鳴たちだったが、道中さまざまな危険に遭遇し、仲間割れすら起き、結局全員ダムの底に沈んでしまうのだった。

■死者のために何度も死ぬ男
 物語はこれで終わりではなくここからが本番で、死んだはずの界心鳴は白水村に行く前に泊まった旅館の部屋にワープしていました。時刻は村へ発つ前の未明。今までのことは悪い夢だったのかと疑いますが、それからも夢をなぞったような出来事が続き、結局また白水村に行ったあとに死んでしまって、気付けば深夜の旅館に。彼はついに自分が白水村での数日間を繰り返していると悟ります。そう、この小説は人狼ゲームとループものの組み合わせだったのです。

 界心鳴はループ能力を生かしてほか5人が隠し事をしていないかを探り、姉の死の謎に近付こうと行動しては、さまざまな理由で死んでしまいます。そして界心鳴がループを何度も繰り返すうちに彼以外の仲間も徐々にループを自覚していき、13年前の林盼盼殺害犯を見つけないことにはループが終わらないという考えに至り、犯人探しに参加するしかなくなります。終わりの見えないループが、自殺を強いる馬鹿げた人狼ゲームを全員に強制させる舞台装置になっているのが面白かったですね。

 

③ 孫沁文『雪祭』(2022年)

 中国ミステリー界隈で「密室の王」と呼ばれる孫沁文(またの名を鶏丁)の初の短編集。10作品全部密室トリックという偏り過ぎな内容で読者をふるいにかけていますが、さらにトリックの出来がピンキリなのも残念。収録作のほとんどが孫沁文の活動初期の2008~2009年に発表したもののようで、雑としか言えないトリックがあるのも否めないです。

 表題作の「雪祭」は、いわゆる雪密室。五体をバラバラにされて茹でられた男の死体が雪の積もった公園のあちこちに散らばっていた。だが雪の上に犯人の足跡がないため、警察は犯人が雪の降る前に死体を捨てたと判断。しかし被害者が降雪後も生きていたことが明らかになり、犯人が死体をどのように遺棄したか分からず、公園は巨大な雪密室と化した。そして被害者の過去を調べると、彼の大学時代の教授も同じような殺され方をされていたことが分かる。警察は、被害者が以前教授を殺し、今回その復讐で殺されたのではないかと推理し、雑技ができる教授の娘に疑いの視線を向ける。

■2008年から44本の短編密室もの執筆
「雪祭」のほかに、2021年9月号のハヤカワミステリマガジンに掲載された「涙を載せた弾丸」、2020年に書き上げた「離別曲」など佳作もありますので買っておいて損はありません。孫沁文はあとがきで、2008年のデビューから今まで57本の短編を書き、うち44本が密室ものだと述べているので、最低でもあと3冊は密室オンリー短編集を出せそうです。

 2000年代の中国ミステリー界隈で活躍した作家たちは、主に雑誌に短編小説を投稿していたので、そのときの作品を作家ごとにまとめるのはけっこう大事だと思います。実はこの『雪祭』は謎托邦(Mystopia)という新レーベルから出ている本で、方向性がまだ分からないため、いろいろ期待も持てます。このレーベルから今後も引き続き短編集が出ることを祈っています。

阿井幸作(あい こうさく)

 中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

・ブログ http://yominuku.blog.shinobi.jp/
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・マイクロブログ http://weibo.com/u/1937491737








現代華文推理系列 第三集●
(藍霄「自殺する死体」、陳嘉振「血染めの傀儡」、江成「飄血祝融」の合本版)


現代華文推理系列 第二集●
(冷言「風に吹かれた死体」、鶏丁「憎悪の鎚」、江離「愚者たちの盛宴」、陳浩基「見えないX」の合本版)

現代華文推理系列 第一集●
(御手洗熊猫「人体博物館殺人事件」、水天一色「おれみたいな奴が」、林斯諺「バドミントンコートの亡霊」、寵物先生「犯罪の赤い糸」の合本版)


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