2021年に中国で唯一のミステリー小説専門書店・孤島書店が、ミステリー小説家・時晨の手によってオープンしました。国内外のミステリー小説を置き、ときどきミステリー小説家のトークショーを開き、さらに現役のミステリー小説家が店長をしているといった風に、当初は注目度抜群でした。しかしいまの中国で個人が書店経営をするのは難しく、結局経営難となり、閉店してしまいました。やはりミステリー小説専門書店は難しいのかと思っていたところ、なんと今年1月、名前を謎芸館と変え、場所も新たに復活することが決まりました。

 そこで先日、上海に行ったついでにお店に寄ってみました。最寄り駅に着いて驚いたのが、辺りが繁華街どころか閑静な住宅街だったことで、こんなところで本屋なんかやっていけるのかと不安になりました。しかしスマホナビを見ながら角を曲がるとまたビックリ。なんと、突然書店街が現れたのです。

なんで全体像を撮影していないんだ……

 車道を挟んだ左右の通りに2、3店舗の書店が立ち並んでいました。古書店街ではなく新刊を売る書店で、どの建物も新しくきれいだったのが印象的です。謎芸館がこの場所に出店したのも、まちづくり事業の助成金みたいなのが出るから(あくまで予想)なのかなと思いました。
 しかし経営は楽ではない様子。ただでさえ本屋の経営が厳しい中国で、謎芸館はネットで本を販売しているわけでもなく、しかもラインナップは全てミステリー小説という攻めた内容。だから定期的にトークショーを開いたり、イベントを開催するなどして集客していますが、普通の書店よりも生き残るのに頭を使わなければいけなさそうです。

店頭に展示された犯人当てゲームに興じる通行人

 ただ、店にいるのは同好の士ばかりなので、これだけ店員や客と喋りやすい書店もあまりないと思います。店には基本的に時晨がいて、ときどき他の作家が店番していることもあります。自分も上海に住んでいたら、一日店長やりたかった。
 上海の中心から離れたところにありますが、静かで清潔な通りで本屋巡りを楽しんでみてはいかがでしょうか。

名前:謎芸館

住所:上海市楊浦区偉徳路48号(地下鉄10号線江湾体育場駅9号出口から徒歩490メートル)

 さて、かなり前置きが長くなりましたが、今回は時晨の新作『侠盗的遺産』を紹介します。

 

 

■弱かった中国を舞台に
 以前取り上げた『偵探往時』のシリーズ第2弾となる本作も、民国時代だった1930年代の中国上海が舞台です。前作同様、当時の探偵小説に登場した架空の探偵たちが活躍しますが、今回は「東方のアルセーヌ・ルパン」と呼ばれる侠盗魯平ルーピン)をモデルにした、羅苹(ルゥオピン)が主人公。
 ここで魯平について軽く触れますと、モーリス・ルブランのアルセーヌ・ルパンシリーズに影響を受けた作家の孫了紅が生み出した架空の怪盗で、「侠盗」(いわゆる義賊)というあだ名の通り、悪人をターゲットに盗みを働くというポリシーを持っています。ここで言う悪人が、単なる悪徳商人や汚職官僚ばかりではなく、当時の日本軍や西洋列強といった侵略者、そして彼らにおもねる売国奴(漢奸)であることがポイントで、その特徴は本作でさらに色濃く反映されています。以下、あらすじ。

 侠盗・羅苹は自分たちの国が欧米列強に食い物にされ、外国人が富み、中国人が貧する現状に焦燥感を募らせていた。そんな中、上海の精神病院がリチャードというアメリカ人に購入されたという話を部下から聞く。それだけなら大したことないが、部下によると、その精神病院には中国の国宝「子乍弄烏尊」(カラスの形をした青銅器の器、実在)が埋まっていて、リチャードはそれを手に入れようとしているらしい。国宝の海外流出を防ぐため、羅苹はその精神病院への潜入を決意。リチャードがちょうど悪魔憑きの患者を治療するためにエクソシストを探していたので、羅苹は張布郎神父(布郎はブーラン、ブラウン神父のオマージュ)に変装し、彼の右腕の阿棄とともに堂々と病院に入った。
 一方、「子乍弄烏尊」を所持していたとされる古美術商の殺害事件を調べる探偵の白沉勇は、現場に残された手掛かりから、羅苹の助手の阿棄が関与していると疑い、彼ら二人の行方を追う。しかし捜査を進めるうちに、同じく羅苹を探しているという女怪盗と知り合い、事件の関係者が姿を消し、自身も何者かに命を狙われるようになる。
 そして精神病院でエクソシストのふりをしながら国宝を探す羅苹にも異変が生じた。一緒に来たはずの阿棄が煙のように姿を消し、時を同じくして、部下が何者かに殺害されたのだ。阿棄はどこへ行ったのか、いや、そもそも彼は実在するのか? 羅苹は自分の足元が大きく揺れるのを感じた——

■怪盗と探偵のダブル主人公
 羅苹パートと白沉勇パートで別々に進むこの物語に、勘のいい読者は違和感に気付くはずです。結局、「子乍弄烏尊」ってどこにあるの?と。殺された古美術商が持っていた文化財が病院に埋まっているということは、容疑者の阿棄が埋めたと考えるのが自然ですが、じゃあわざわざ羅苹を病院にまで探し行かせる必要はありません。しかも阿棄は、「金は奪うが命までは奪わない」を矜持にしている侠盗羅苹に内緒で殺しをしているということになります。だからミステリ小説に詳しい人なら、ちょっと読んだだけでこの本の仕掛けにたどりつくかもしれません。
 実はこの阿棄は本作、ひいては時晨の他の作品にもつながる最重要人物となってくるのですが、ここではこれだけにしておきます。時晨はいままで、孤島の精神病院を舞台にした『鏡獄島事件』、バットマンのジョーカーみたいな密室殺人犯が暗躍する『密室小醜』、そして最近では高齢化社会やDVなどの社会問題を雑に盛り込んだ『梟獍』を書いていて、そういった要素が詰まった本作はある意味、時晨の集大成とも言えます。

 正義を行う侠盗というキャラクター、エクソシストに扮して精神病院に潜入する冒頭、そして怪盗と探偵という真逆の人間を軸とする展開など、どれも興味をそそられる構成になっていますが、本作一番の見どころは、当時の雰囲気と現代の空気感を結びつけている点です。
 作中でたびたび語られるのは、内憂外患の中国の状況です。国内は海外勢力に良いようにされ、国宝は二束三文の値段で海外に持っていかれ、さらには人間すらも奴隷として徴収されるという悲惨な状況で、自国は頼りないし、一部の同胞まで国家の裏切り行為に加担するのだから、侠盗じゃなくとも歯噛みします。そこで、その弱かった頃の中国の悔しさが、強くなった現代中国の自信と作中でシンクロするんですね。

■唐突に出る現代的スローガン
 中盤、羅苹の行方を追う探偵の白沉勇が、探偵小説家が集まる孤島書店で、程小青や趙苕狂といった当時実在した作家たちの鼎談を聞くシーンがあります。海外の探偵小説を読むだけじゃなく、中国の探偵小説をもっと書いて世に送り出そうと話し合う中で、ある作家が中国の物語を伝えようと言います。この「中国の物語を伝える」ってのは、中国が最近提唱しているスローガンの一つで、中国の良いイメージを海外に伝えよう、そして世界に中国を理解してもらおうというのが狙いです。
 もちろん、当時、海外にまで作品を届けてやると考えていた作家がいなかったとも言えませんが、上のセリフって現代中国的政治正確性にかなり沿ってるなと思い、この文章が目に入ったときかなり面食らいました。
 その他、終盤になると、人種差別とか女性差別とか一国主義とか米中関係とかの問題が一挙に言及されて、「これ、喋ってるの現代人じゃないか?」とすら思ったほどです。本書はところどころに上海の方言が出てきて、土着的雰囲気が漂う一方、現代人的感覚が顔を見せるのも事実で、そんなチグハグさがちょっと難点かなと感じました。

■SF的な問題提起も
 先ほど、本書は時晨の集大成とも言いましたが、テーマを何でもかんでも詰め込んでしまう作者の悪癖も出ています。ただ、女性の貧困や高齢化社会を扱うだけで掘り下げなかった『梟獍』よりも、よっぽど社会派ミステリーだと思います。

 民国時代が舞台の作品なのに、思いがけず、現代的なメッセージ性が強い作品でした。日本人的には後ろめたい内容でもあり、鼻白むところも少なくなかったですが、羅苹パートと白沉勇パートが交差して真相が明らかになる瞬間はかなりの衝撃で、その時点でページを読み返してしまったほどです。
 100年ほど昔の人に現代の問題を提起させた本書はSF的ですらあるのですが(本書は実は探偵小説だけではなく、当時の中国SF小説まで参考にしている)、その提起の仕方が政府のスローガンのコピペのようでは片手落ちです。本書は「民国3部作」の第2作目なので、最後がどういう内容になるのか考えると、いまから楽しみです。民国と言いながら舞台が現代になるんじゃないかとさえ思っています。     

阿井幸作(あい こうさく)

 中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

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