■ジョンストン・マッカレー『怪盗ブラックスター』(稲見佳代子訳・論創海外ミステリ)■

 
 論創海外ミステリからジョンストン・マッカレー『怪盗ブラックスター』(1921?)が刊行された。作者は、今世紀に入ってもなお映画化されるなど、不滅のヒーローである「怪傑 (快傑)ゾロ」の生みの親。南カリフォルニアがまだスペイン領であった19世紀初頭を舞台に、大盗賊であり、紳士であった仮面の剣士「ゾロ」の活躍を描いた一連の作品は、1920年からダクラス・フェアバンクス主演で映画化、世界中で大ヒットとなった。他にも、クリムゾン・クラウン(『赤い道化師』)などのスリラーを書いており、我が国では、戦前から、NYの地下鉄専門スリ師の冒険をユーモラスに綴った「地下鉄サム」シリーズの作者としても人気があった。論創海外ミステリでは、うら若き女盗賊マダム・マッドキャップを主人公にした『仮面の佳人』(1920) が紹介されている。
 本書『怪盗ブラックスター』も、戦前 (1930) に『黒星』のタイトルで翻訳紹介されている。巻末の解説によると、戦後になっても、児童物や雑誌付録での刊行があり、こちらで親しんだ世代の方もいることだろう。
 タイトルからいって、怪盗ブラックスターをヒーローにしたルパン譚のごとき作品にみえるが、実はそうではない。本書の主人公は、富豪のロジャー・バーベック。いわゆる高等遊民で、従僕のマグスとともに、世界中で冒険を繰り広げてきた青年だ。
 ある会合で、ロジャーが、数か月前から、宝石盗難等を繰り返し、警察が血眼で追っている怪盗ブラックスターを自分なら捉えてみせると発言。なぜかそれを知った怪盗が部下を使って、それなら捕まえてみろ、という挑戦状を送り付けてくる。犯行現場に必ず黒い星のマークを残す怪盗がロジャーの部屋にも黒い星を残して。怪盗の部下は、あっさり捕まってしまうが、ロジャーは、その男をわざと逃し、敵のアジトをみつける。アジトに隠れたロジャーとマグスは、黒衣と黒い仮面に身を包んだ怪盗がやはり同様な恰好をした配下の者と黒板を使って筆談をしているのを目撃する。互いに正体を知ることのないようブラックスターは、鉄壁の守りを固めを固めているのだ。ブラックスターは、意外にあっさりとロジャーに捕縛されてしまう。しかし、怪盗の鉄壁の守りに、これまでの犯行を裏付ける証拠がないことを知ったロジャーは、自らが黒装束に身を包み、怪盗に変装して、次々と現れる部下に仮面舞踏会での大掛かりな犯行を指示し、現行犯で捕まえることにする (怪盗を早く警察につきだしてしまえばいいのに)。しかし、ロジャーの行動がアダになって、ロジャーの婚約者をまきこんだ苦境に陥る羽目に。特異な伝達システム、探偵の介入という込み入った仕掛けによって、ロジャーが慈善舞踏会に会場に間に合うかというサスペンスは、迫力ある盛り上がりをみせる。
 この後も、二人の闘争は続くが、ブラックスターは、どちらかといえば紳士的な怪盗で、血を流すことは好まず、拳銃よりガス銃を好む。ロジャーにもマグスにも一定の敬意をもっている。現場に、黒星と手紙を残すことにこだわり、時には、マグスの額に黒星を張っていったりする茶目っ気も。警察に包囲され、宝石商の大金庫の中に消えていく場面は、千両役者的雰囲気がある (しかも、密室であるはずの金庫から、ブラックスターは消失する)。
 最初の闘争以降は、犯罪そのものよりも、ロジャーに侮辱を加えることが怪盗の最大の目的化し、犯行を重ねるところは、明智小五郎と怪人二十面相の関係性を思わせる。「怪人二十面相」物のモデルとしてトマス・W・ハンシュー「四十面相クリーク」がよく挙げられるが、クリークが探偵役を務めるこのシリーズより、本書の方が、構造的には二十面相シリーズに近しい。
 よく追う側と追われる側が闘争を繰り返すうちに、トムとジェリー的な「仲良く喧嘩する」状態になることは、グラント・アレン『アフリカの百万長者』(1897) の昔からあったことだが、本書にも、そうしたテイストが色濃い (そういえば、地下鉄サムとクラドック刑事の関係にも)。そこに、そこはかとないユーモアが漂い、怖さは犠牲になるにしても、快活な調子が心地よい。翻訳当時の月報に、「明るい、モダンな、ユーモラスな、ナンセンス味のある
(本書冒頭に引用されている) とあるが、ナンセンスといえば、ロジャーや警察らが怪盗の敷設した電話線を延々と追っていくシークエンスなどは、確かにナンセンス味も感じられる。
 収束に向けては、今では驚く人も少ないかもしれないが、結構大がかりな仕掛けもある。アナクロニズムという勿れ、今読んでも、そこ、ここに興趣がある怪盗物だ。

■吉良運平『吉良運平探偵小説選』(論創ミステリ叢書)■


 なぜ、日本人の書いたミステリがこの欄に出てくるかというと、吉良運平の長編『撮影所殺人事件』(1948) がどうやら海外ミステリの翻案であることが、横井司氏の解題で明らかにされているからだ。
 まず、吉良運平について。別名に江杉寛。1930年代に日本を離れ、三井物産海外駐在員や外務省嘱託として、欧州各地を回る。47年帰国。『女人裸像の失踪』『撮影所殺人事件』の二長編と数編の短編を発表。海外ミステリとのかかわりでは、在欧中に多くの非英語圏のミステリに親しんでおり、オリエント社〈現代欧米探偵小説傑作集〉を企画 (全30巻を予定)したが、デンマークの作家カルロ・アンダーセン『遺書の誓ひ』(1938)一冊で中絶。ほかの翻訳に、イタリアの作家エツィオ・デリコ『悪魔を見た処女おとめ(1940)。その成果は、悪魔を見た処女おとめ  吉良運平翻訳セレクション(論創海外ミステリ280) にまとめられている。
 従来創作として知られている『撮影所殺人事件』が翻案と判明したのは、横井司氏が、作中のアパートの描写などに違和感を覚え、翻案である可能性を考えたところに端を発する。〈現代欧米探偵小説傑作集〉で刊行が予告されたが、未刊行に終わったイタリアの作家アウグスト・デ・アンジェリス『チネチッタ撮影所の怪事件』(1941) ではないかと当たりをつけたところ、同一作品と判明したとのこと。なぜ、同一と判ったかというと、同作品のあらすじを活字化した本が遺されていたからであり、その本は、加瀬義雄 (本文では「加藤」と誤記)『失われたミステリ史 増補版』(盛林堂ミステリアス文庫) である。著者は、海外ミステリ研究誌ROMで活躍された方。元本刊行から70年近くが立ち、しかも、加瀬氏-横井氏というリレーを経て、解明された経緯は、一編の時空を超えたミステリを読んだような興奮を覚える。もう少し、早めに気づく人がいてもおかしくなさそうだが、『撮影所殺人事件』そのものが幻の本だっただけに、いたしかたない。
 翻案を創作として発表するのは褒められない行為だが、吉良運平氏としては、既に翻訳もできあがっている作品を出版社の事情からお蔵入りにするのは忍びなかったとも思える。
 さて、その『撮影所殺人事件』、舞台はすべて日本に置き換えられている。
新興の映画会社で中国を舞台にした歴史劇の超特作「黄河」が撮影中に、世界に名を知られた映画監督と、主演男優が立て続けに殺害される。前者は、離婚状態の妻の家で刺殺され、後者は、撮影中に毒を飲まされる場面で、実際ストリキニーネで毒殺された。捜査に当たるのは、東京に転任してきたばかりの江杉寛警部主任。愛憎渦巻く映画界の住人たちを聴取し、捜査を進める江杉は、次の殺人の発生を推測するが…。
 短い長編で、舞台や題材は面白いのに、人物や描写が平板。犯人の設定に工夫がみられるが、犯人の心理ともども、あまり納得の得られるものではない。分量的に、原作をかなり刈り込んでいると想像され、全体のコクのなさにつながっているのではないだろうか。関係者に思いやりをみせる警部や捜査課長のキャラクターは、良かったのだが。元本のタイトルになっているイタリアの大撮影所チネチッタに興味を惹かれるところだ。
 なお、横井氏の解題によると、もう一方の長編『女人裸像の失踪』も、やはり未刊行に終わったヴィルヘルム・シャイダー『ウィーンで再会した女』の翻案ではないかと推測しているが、内容が不明で、確実に原作とはいいきれないとのことだ。こちらは、ウタマロの女人入浴図を題材に、舞台がウィーンやイスタンブールに設定されたロマンティックで異国情緒ある物語。殺人も出てくるが、事件は自ずと解決し、ミステリとしての妙味には乏しい。

 吉良運平氏、相当に茶目っ気のある人らしく、吉良運平名義の『撮影所殺人事件』に登場する警部が江杉寛で、江杉寛名義の『女人裸像の失踪』の主人公が吉良運平。世界に例をみないような一人二役である。

■都筑道夫(日下三蔵編)『死体を無事に消すまで』(東京創元社)■


 本書は、〈都筑道夫エッセー集成〉全三巻の第一巻。創作・評論・編集で、日本ミステリ界に大きな足跡を残した作家都筑道夫。『黄色い部屋はいかに改装されたか?』『都筑道夫のポケミス全解説』などの評論、解説等はいまだ色褪せない輝きを放っているが、まだまだ、未刊行エッセイが眠っているらしい。
 編者の日下三蔵氏によると、この度の集成三冊で原稿用紙換算三千枚以上となるが、全体の三分の二が、初めて本になるエッセーという。本書と同題のエッセー集 (1973) があるが、内容は、一部が重なるものの、大幅に異なる。全体は三部構成。PART1は、同題エッセイ集の第一部を、PART2は「都筑道夫・イン・EQMM」と題して、ミステリ誌EQMM編集長時代に同誌に連載されて未刊行の匿名コラムや編集後記をすべて収録。PART3にはミステリ専門誌に連載された二つのエッセーに加えてEQMM関連の文書、ジャンル論などを収めている。
 第一部「わがミステリことはじめ」では、中学校で1年間しか英語を学ばなかったのに、ひょんなことからウールリッチの短編の翻訳を頼まれ、文法書と辞書を片手に寝食を忘れて翻訳に取り組み、活字にした経験が語られている。それから一年後には、EQMM日本語版の初代編集長に収まったのだから驚異的な英語能力の向上だ。
 「『七十五羽の鴉』が出来るまで」では、「平凡ではない謎が、緻密な論理でとかれていく物語を、気のきいた文章で書いたもの」が理想の小説と書いており、幅広いジャンルを手掛けた著者の好みの中核は、パズラーであったことが窺える。
 本書の呼び物といえるのは、第二部「都筑道夫・イン・EQMM」で、これまで単行本未収録だったEQMM初代編集長の時代の文章が勢揃いしている。編集長時代は、長いようで実はたった3年半 (1956年7月号から1959年12月号) でしかなかったが、その間の海外ミステリ紹介の熱量は凄まじいものだ。
 最初の編集ノート(1956年9月号)では、雑誌のねらいをこう表現している。
 「日本とアメリカの探偵小説のあいだには十五、六年のひらきがある。その溝を埋めて行くのが、まず当分の日本語版のねらいなのだ」これまでの海外探偵小説の紹介のされ方は、非常にかたよっており、探偵小説の新しい動向から目をそらしてきた。そうした視野の狭さを打開することができれば本望、と書いている。また、〈ぺいぱあ・ないふ〉という海外ミステリの紹介欄では、担当者が完全に読みとおした新しい作品に限り紹介するとし、決して海外の批評の受け売りはしない、と自負に満ちた宣言をしている。
 この文章の中では、この号掲載の日本の読者に新顔の作家として、J・D・マクドナルド、ミニヨン・G・エバハート、フレドリック・ブラウンらが挙げられているのには、時代を感じさせる。有力作家が続々出現し、ジャンルの幅も広がる一方、クリスティもクイーンもカーも、チャンドラーもウールリッチも新作を発表していた時期でもあり、ミステリ界が活況を呈していた時代でもあった。
 また、別の号では、編集者の本音として、有名作家の作家ばかりではなく、未紹介の作家の作品もよく味わってほしい、英米の探偵作家の配置は今やスッカリ変わっている、と書いている。
 1957年7月号には、「この雑誌をマニアだけの玩弄がんろう物にしたくなかった。マニアを増す雑誌にしたかった。ということは、探偵小説を読んだことがないひとにも、面白い雑誌にしなければいけないのだ」と記している。
 海外ミステリの最新動向記事「望遠レンズ」では、アンソニー・バウチャーが挙げた1956年のベスト12作のタイトルを挙げ、このリストにはいわゆる本格探偵小説が一本も入っていないとし、つまりは探偵小説そのものが変わったのである、と書いている。
 入門者向けコラムでは「MYSTERY GUIDE みすてり・がいど」では、「いつのころからか、日本では探偵小説を小説の中の特殊児童のように考える傾向がでてきて、読者もそう思い、作家たちもそうした考えの中に安住してきたのです」とし、「探偵小説は決して特殊なものではありません。やはりまず何よりも、すぐれた小説であることが、すぐれた探偵小説の根本条件なのです」と端的に表明している。
 PART3の「三年半」(「日本探偵作家クラブ会報」に発表) では、さらに雑誌編集の内実を語り、「立派な探偵小説雑誌をつくるより、売れる雑誌をつくろう、という土台の上に、まず設計図を引いた」既に三号までの編集がほぼ出来ていたが、「その三号までの編集を見て、これは駄目だ、と思った。まるきり探偵小説のファン雑誌だったからだ。ファンの興味は本格にある。その数は多くない」「そこでぼくは本格嫌いの人間になりすまし、探偵小説は変わってきたんだとあらゆる機会に叫びながら、ヴィカーズ、ダール、エリン、スレッサーなどの新作家を編集の中心においた」
 「本格嫌いの人間になりすまし」というところが、泣けるではないか。売れる雑誌にするという目的のために、ジャンルの間口を広げる必要があった都筑にとって、作家のチョイスとEQMMに書いた文章は、戦略的なものでもあったのだ。
 1958年には「マンハント」日本語版、1959年には「ヒッチコック・マガジン」の日本語版が発刊という、今では信じられない三者鼎立時代。これらの競争相手が現れるに及んで、設計図は変更を余儀なくされた。「前面に張出舞台を新設し、その上でぼくが踊ってみせることにした。誌面には都筑道夫が氾濫した」と書いている。
 企画面では、EQMMの日本版という制約を抱えながら、海外事情ほか数多くのコラムを自ら連載、松本清張、福永武彦らにエッセイを依頼し、日本版年次コンテストを実施して結城昌治を見い出すなどの成果を上げた。日々の編集、ポケット・ミステリの選書、若手翻訳家の育成の傍ら、これらを成し遂げたのだから、八面六臂の活躍と言うほかはない。雑誌そのものが都筑という存在の発露であったのだ。
 著者のEQMMの編集は、ポケミスの選書と相まって、翻訳文化の向上、日本ミステリの質の向上にも多大な貢献があったことはいうまでもない。著者は、ポケット・ミステリ1500点の刊行に寄せて、「探偵小説は泥くさく、俗っぽいもの、と思い込んでいたひとたちが、洗練された知的なエンタテインメントであるということに、気づいたのだ
 と書いているが、著者はこのEQMMの編集とポケミスの選書を通じて、「価値観の転換」を主導したといえる。EQMM関連の文章からは、実作者であり、批評家であり、翻訳家でもあった著者が、編集者として、強い個性をもって、あの手この手で情熱的にシーンを先導していく姿が浮かび上がってくる。都筑の文章は、熱気に満ちた戦後翻訳ミステリの青春期のポートレイトともいえよう。
 PART3の「彼らは殴りあうだけではない」(1956年)は、日本でかなり早い時期のハードボイルド論であり、「鳴く虫よりもなかなかに鳴かぬホタルが身をこがす」という歌を引き、この歌はハードボイルドの精神を正確に説明しているように思われるとし、「ハードボイルド文学とは、近代社会の要求する人間の組織化に対して、圧迫された個性があげる絶望的な反抗の叫びなのです」と書いている。批評家・都筑道夫の読みの深さ・鋭さを端的に示す一文だろう。
 その他「このあいだのツヅキです」で延々と続くアール・ノーマンの日本を舞台にしたハードボイルドシリーズの紹介に笑ったり、「辛味亭辞苑」における他作家や翻訳家の言葉使いへの厳しい批評に粛然としたり、幽霊実話に驚いたり、様々な刺激を与えてくれる本だ。

 紹介が翻訳ミステリ関係に偏ってしまったが、本書には、ミステリ評論、創作論、創作の舞台裏などが多面的に収められており、都筑道夫という日本ミステリ史上屈指の作家の幾つもの貌を一望できる、愛蔵に値するエッセイ集だ。

ストラングル・成田(すとらんぐる・なりた)
 ミステリ読者。北海道在住。
ツイッターアカウントは @stranglenarita
note: https://note.com/s_narita35/


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