みなさま、こんにちは。再びやって参りました、韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。

 前回は、韓国のミステリー雑誌『ミステリア』13号で組まれた京城特集のざっくりとしたご紹介と、植民地朝鮮を震撼させたカルト宗教団体「白白教」をモチーフとしたト・ジンギの長編小説『ユダの星』をご紹介しました。
 今回はもう一つ、比較的最近の韓国で世間を騒がせたカルト宗教騒動、「携挙騒動」をご紹介しようと思います。 
 
 携挙(ラプチャー)を扱った米国の人気小説『レフトビハインド』シリーズが日本でも翻訳出版、電子書籍化されていることもあり、携挙についてはご存知の方も多いでしょうか。携挙とは本来、「人類滅亡の日に主が再臨し、信心深い者たちだけが主と共に天へ昇ることができる」とされるキリスト教終末論の一つです。米国から広まり、本来、まっとうな宗教的解釈に基づき唱えられていた教えが、韓国では次々とヤバい事態を巻き起こすことになったわけですが、その火種をまいたのは一人の牧師、イ・ジャンニム。もともと伝統的なプロテスタント教会の牧師だったイ牧師が1988年、ソウルに「タミ宣教会」を設立。本来の概念には含まれていない「終末の日」を1992年10月28日と定め、人々の恐怖心をあおったのです。運命の日が近づくにつれ、主婦、学生、教師、公務員など老若男女を問わず、信者数はまたたくまに膨れ上がり、日常を逸脱する者、家を離れ、信者同士の共同生活に入る者、離婚、離職をする者が続出。当然のことながら……というかなんというか、10月28日は何事もなく終了(ちなみに2011年、イ牧師は数人の予言者とともに「世界が終わる日を予測・断言し、数学的仮定を立てる際には気をつけたほうがよいと世界にしらしめた」としてイグノーベル数学賞を受賞)。天を仰ぎながら一心にその「とき」を、主の再臨を待つ信者たちの異様な熱気に満ちた風景は、当時、各種メディアでも報道されました
 主の再臨も携挙も実現することなく終わった騒動ですが、入信による学生の家出、高額献金による破産や、親に入信を反対されたことを悲観した若者の自殺、妻の狂信ぶりを悲観した夫の自殺など、多数の悲劇を生むに至りました。
 


 そんな「携挙騒動」を扱ったのが、昨年出版された小説『携挙 1992』(チョ・ジャンホ著、写真上)。韓国最大手の検索ポータルサイトNAVER、映画配給会社SHOWBOXとヘネム出版社が共同主催した「第1回 NAVERブックス ミステリーコンテスト」の最優秀賞に選ばれた作品です。
 物語の主人公ヒョンシクは24年前、携挙騒動で母親を失いました。心の傷が癒えないまま刑事になったヒョンシクは、まるで携挙騒動の再来のような事件に出くわします。事件現場となった古びた教会。目の前に広がる凄惨な大量殺人現場(映像化すると、結構ゲローーーーになりそうな光景ですが、素敵なことにSHOWBOXへ版権売却済み)。その中に立ち尽くす少年と、瀕死の状態から奇跡的に命を取り留めた前科モノの男、ヒョクセ。事件解決の糸口はこの二人の生存者にありそうですが、少年は意識が混濁した状態が続き、ヒョクセの口からは、真偽のほども定かではない陳述がとうとうと流れ出します。教会へ足を運ぶようになった経緯、教会の隠し財産の在り処や彼が目にした事件の顛末まで、独白スタイルで綴られる陳述は、その内容もさることながら彼の醸し出す雰囲気もまた、読者の背筋に冷風を吹き込んでくれます。捜査の進展とともに24年前の事件がじわりじわりと蘇り、真実に近づくほどに、過去の泥沼に足を突っ込むハメになる捜査陣。人の心に寄り添うはずの宗教が、人の心身を蝕む存在となってしまったあのおぞましい事件は、決して過去の出来事ではなく、これからも起こり得るものだということを警告しているかのような物語です。
 ちなみに、イ牧師に多大な影響を与えたとされる米国の伝道師アーネスト・アングリーの小説『Raptured』(1950)は、韓国では1978年にイ牧師の手により翻訳出版され、その後、コミカライズもされたようです。
 

 さて、本日はもう一つ、別の終末論を扱った小説『神の暦(1・2)』(チャン・ヨンミン著、写真上)もご紹介。こちらはファンタジー色の濃いミステリーといったところでしょうか。
 物語の主人公は、家族を失い、家政婦にも逃げられた孤独な探偵ハワード。ある日、一人の女性がハワードを訪ね、娘の誘拐事件と関わりがあると思われる「サミュエル・ベケット」という人物を探してほしいと訴えます。手がかりといえばその名前しかない突拍子もない依頼ですが、自身の人生をどん底に突き落とした事件とも関連があると判断したハワードは、依頼を引き受けることにします。
 
 旧友の刑事ハリーの助けを借り、修道女らしからぬ言動を連発する修道女リンジーとともに巡るサミュエル探しの旅。サミュエルが残した小さな足跡そくせきを一つ一つ拾い集めながら世界中を飛び回るハワード一行ですが、サミュエルはいつも一足早く、まるでハワードの来訪を待ちかまえていたかのように、するりと姿をくらまします。そして物語が進むにつれ、あんな科学者やこんな偉人、意外な人物たちとサミュエルとの関係を示唆する、何やら怪しげなネタがあがってくるのですが……(これぞファンタジー!)。
 もちろん、サミュエル探しが順風満帆に進むはずもなく、悪の手先に襲われたり、犯罪を犯したり、神の使いを欺いたりしながら、行く手を阻む数々の障壁を乗り越え、やっとつかんだ手がかりは、「人類滅亡の日」を記したマヤの予言書。命がけでたどりついたマチュピチュで出会った少女は何者なのか。中南米の古代文明で崇拝された、青い目をもつ神の存在は何を意味するのか。そして、サミュエルの正体は。
 
 この原稿を書くために、再度、斜め読みしようと開いた本ですが、思わずガッツリ読み込んでしまうほど強力な吸引力。ネタバレ度が高すぎてここでお伝えできないのが残念ですが、とにかく続きが気になる事態が次々と発生します。たった一人の人物を追ってマヤまで行ってしまうというムチャぶりなのですが、読者の目と心をぐいぐい引き寄せるパワーは並々ならぬものがあります(と感じるのは私が古代文明好きなせいかも……)。
 コロンブスにニュートン、アインシュタイン、アウシュビッツで苦難の日々を過ごしながらも必死に生き延びた7人の小人症の家族など実在した人物たちや、ストラホフ修道院の図書館、ヒトラーの地下壕など実在の場所、ロンギヌスの槍、アステカのケツァルコアトル神、チラム・バラムの予言書に、人類滅亡説を予言したと騒がれたマヤの暦「ツォルキン」など古代の遺物が次々と登場する、時空を超えた壮大なファンタジー系ミステリー。読書と併せて、お好みのキャストで脳内上映を楽しめることウケアイです。
 

 著者のチャン・ヨンミンはファクトとフィクションを融合させたファクションと呼ばれるジャンルの作品を得意とする作家。K-BOOK振興会発行の『日本語で読みたい韓国の本――おすすめ50選』第3号では、過去の記憶を消すことができない「過剰記憶症候群」の女と「未来を記憶する」男との崇高な愛を描いたミステリー『究極の子』(写真上・左)を、第5号(……は『50選』ではなくて『30選』なのですが……)では、2000年以上前に作られた6体の木製人形を狙う集団と、それらを正統に受け継いできた日本、韓国、中国の人形師たちとのバトルを描いた『不老の人形』(写真上・右)をご紹介しています。
『不老の人形』も、これまた壮大なファクション。不老不死を追求した始皇帝に兵馬俑、不老草を探しに日本へ渡った徐福など、ファクトも登場させながら、まるで実在したかのような(たぶん架空。)地下に広がる貧民窟「鬼都市」や、何やら謎めいた模様が入った編み物を黙々と編み続ける少女など、ミステリアスな空気を放出する装置も配置。フィクションならではの大規模、かつ意外なストーリー展開も忘れません。人形に隠された謎を解くべく、日中韓を股にかけ追いつ追われつの攻防戦を繰り広げるサスペンスフルなストーリーとなっております。『究極の子』に関しましては、コチラに書籍紹介ページがありますので、ぜひ覗いてみてくださいませ。
 では、また次回、お目にかかれます日を楽しみにしています。
 

藤原 友代(ふじはら ともよ)
 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。
 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。
 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。
 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。

 





 




 


 

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