お久しぶりです。再びやって参りました、韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。本日も韓国ジャンル小説談議に少々お付き合いいただければ幸いです(ジャンル小説ではない書籍も登場しますが)。
 


 今回はまず、前回ちらりとご紹介しました韓国のミステリー雑誌『ミステリア13号』(2017年7月発行)から、創刊2周年を記念して組まれた京城特集をのぞいてみようと思います。
 京城について、また当時発表された推理小説に関しては、すでにこちらのサイトでもたいへん詳しく紹介されており(「韓国ミステリ事情」その1その2その3「キム・ネソン(金来成)と韓国のミステリー賞」)、また、韓国推理小説の父と呼ばれる金来成先生の作品に関してはすでに邦訳出版もされているので(『金来成探偵小説選』 『魔人』)、そちらをご覧いただければと思います。
 
 『ミステリア13号』では京城の風景写真や、地図、絵はがき、広告など挿し絵も豊富に約80ページに渡る京城特集が組まれています。地域ごとの特色や、当時のミステリー作品に隠されている作者の意図など、京城を舞台にした作品を読む際に役立ちそうな知識、情報が盛りだくさん、読み応えたっぷりな内容。目次に沿って(かなり)ざっくりご紹介すると……
 
【京城大解剖】ショッピングにカフェ、映画も楽しめる消費都市「昼の京城」と、その裏に潜む貧民街や阿片窟など、犯罪を生み、闇を映し出す「夜の京城」、京城の二つの顔。(雑誌『別乾坤』1929年9月号)
 

【植民地都市と探偵小説の二律背反】「洗練された雰囲気」と「高度な知識」という、当時の植民地朝鮮においては非現実的とも言える特徴を持つ探偵が登場した背景/19世紀末の大都市ロンドンにおける犯罪多発地帯とホームズが手がけた事件の発生場所、植民地朝鮮の探偵小説内における犯罪の発生場所の比較。(キム・ネソン『魔人』、チェ・マンシク『艶魔』
 
【二つの搭、そして悪魔】探偵のアジトと悪党のアジト、その空間的対立とそれぞれの地域が示唆するもの。(チェ・マンシク『艶魔』
 
【阿片窟、「想像で描かれた」舞台】陰謀と乱闘、犯罪の温床となった阿片窟と「想像」が描き出した恐怖。(ヨム・サンソプ『愛と罪』
 
【京城とトレモロ】探偵小説の挿し絵から見える京城。(パク・テウォン『少年探偵団』『最後の億万長者』
 

【1934年の「科学」探偵】世界的犯罪科学者と世界的ギャングが京城で繰り広げる犯罪劇、その非現実性と、そこに込められた独立への希望。(キム・ドンイン『水平線の向こうに』
 

【さまよう幽霊たち】お岩、お菊など朝鮮に紹介された日本の幽霊と、日本人が京城を舞台に描いた怪談の紹介(村山智順『変わった白首』、松本與一郎『春の怪談―京城の丑三つ時』→こちらは共に、編・訳:ピョン・ヨンウ/中村静代『植民地朝鮮怪談集―京城の丑三つ時』に収録)。
( )内は各章本文中で引用、参照として用いられた主な書籍。
 
 ここに取り上げられた作品の中で個人的に興味深いのは、日本でも『小説家仇甫(クボ)氏の一日』『川辺の風景』など純文学作品の作者として知られるパク・テウォンの『最後の億万長者』。当時公開されたルネ・クレール監督の映画『最後の百万長者』(1934年、邦題『最後の億萬長者』)がモチーフになっているというこの作品の舞台は、仮想の国「トレモロ国」。ある日、トレモロ国には存在しないはずの「蠅」が大量発生し、億万長者アンダンテ・モデラートと娘のアレグロ・ビバーチェが事件解決のためイギリスからホームズとワトスンを呼び寄せます。そして終盤、流星のように現れるヒーローは、朝鮮の青年「小説家クボ」! 彼こそが、パク・テウォンのもっとも有名な作品『小説家仇甫氏の一日』の主人公、クボ! 挿し絵の中の青年がパク・テウォンにそっくり! 著者の豊かな想像力とユーモアたっぷりのファンタジー小説のような『最後の億万長者』。残念ながら今のところ、この作品が収録されている入手可能な書籍はないようですが、いつか邦訳作品のオマケにでもちょこっと載せてくれないかしら……と密かに願っています。
 余談ですが、ウォンビン主演の映画『母なる証明』、ソン・ガンホ、ペ・ドゥナなどが出演する『グエムル―漢江の怪物―』、同じくソン・ガンホ主演の『殺人の追憶』など、少々グロめな作品やとってもスリリングな作品で有名なポン・ジュノ監督は、パク・テウォンのお孫さんにあたります。
 

 さて、「京城」「事件」というキーワードにぴくりと食指が動く方には、『京城奇談』などいかがでしょう。韓国屈指の科学系大学KAISTのチョン・ボングァン教授が、京城で起きた数々の事件について語ってくれます。身の毛もよだつ乳児断頭事件を始め、当時、京城を震撼させた数々の殺人(怪)事件やスキャンダルが収録されていますが、中でも比較的現代まで尾を引き、1992年には映画化もされた白白教事件がスゴイ。
 本来、東学の流れをくむ白道教から派生した宗教団体である白白教ですが、大まかな流れを書き連ねますと――――
 1912年 東学教徒チョン・ジョンウンが白道教を開く
 1919年 チョン・ジョンウン死亡
 1923年 教主の長男・次男・三男がそれぞれ異なる宗教団体を設立。このとき、次男チョン・ヨンヘが起こしたのが白白教。
 1930年 チョン・ジョンウンが生前、4人の信者(という名の妾たち)を殺害したことが発覚。白道教幹部らが検挙され、長男は雲隠れ、白白教も地下活動に入る。
※一部の年号については諸説あるため、ここにあげた年号とは異なる資料もあるかと思います。
 
 ざっと見るとこんな感じでしょうか。
 白白教はまだ教育水準が低かった山奥に住む農民を標的としました。「大洪水で世界が滅びるが、信者だけは救われる」「教主の統率のもと、日本から独立する日が来る。そのとき信者が政府の要人となる」という甘言(という名の妄言)で、なけなしの財産や婦女子を貢がせました。そして、だまされた(゚д゚;)!!と気づいた信者たちは……ひっそりと生き埋めにされるという結末……。1929年から数年にわたり300名以上が殺害されたとされる白白教事件は、1937年、逃亡中の教主チョン・ヨンヘの自殺で幕を下ろします。……が、実はここには残されたナゾが。山中で発見された遺体はすでに顔半分が獣に食いちぎられたような状態だったのにもかかわらず、遺体を目にした息子が「父上!!」と叫び、調べてみると上着のポケットにチョン・ヨンヘの腕時計と財布が入っていた……ということで、つまり、その遺体が本当にチョン・ヨンヘだったのかは定かではなく、チョン・ヨンへと「思われる」遺体だった……という話なのですが、白白教の残党たちが今も地下活動を続けているという噂もあったり……真実はいかに。
 
 さて、先ほども登場しましたパク・テウォンは1938年、白白教事件をモチーフとした『愚か者(愚氓)』の新聞連載を開始します(『愚氓』は新聞連載時のタイトル。単行本化の際に『金銀塔』と改題)。カルト宗教団体の教主として大罪を犯した父を持つ息子の苦悩、カルト集団に土地や財産、家族を奪われた男の苦悩と復讐劇が、実在人物をモデルとして描かれ、読者の人気を集めたようです。その後、パク・ヨングの『鶏龍山』(1964)(1965年に映画化。)、イ・ムンヒョンの『白白教』(1989)など、白白教をモチーフとした小説、映画、ドキュメンタリー番組などがたびたび制作され、近年では2014年、(当時)現役判事小説家として知られた(現在は弁護士)ト・ジンギの『ユダの星1・2』が発表されました。

 主人公は、事務所も構えず、表沙汰にはしがたい事件を「法の盲点をついて」解決してしまうことが得意な「闇の弁護士」コ・ジン。ある日コ・ジンは、人体標本としてホルマリン漬けで科捜研に保管されている白白教教主の頭部について「人道的に間違っている。処分すべきだ」という訴訟が提起されたとの知らせを耳にします。その後コ・ジンは、「木綿の紐」を狙った強盗事件が多発しているという情報を入手しますが、捜査を進めるうちに、その強盗事件と白白教事件とはなんらかの関わりがあるのではないかという疑念を抱き始めます。「木綿の紐」事件は泥沼化し、さらに殺人事件が発生、否応なしにずるずると事件に引きずり込まれてゆくコ・ジン……と教主の頭部……。
 この作品を読んでいる時点では、前述しました『京城奇談』のおかげで白白教に関して認知はしていましたが……まさか……まさか教主の頭部のクダリが実話だとは知りませんでした……。2010年、僧侶を中心とした人権団体が提訴し、頭部は2011年に荼毘に付され、慰霊祭も執り行われたとのこと。
 2014年の韓国推理文学大賞(韓国推理作家協会)受賞作品でもある『ユダの星』。上下巻という長さの作品ですが、展開の速さと、ときおり現れるちょいグロな描写はまるで映画を見ているようで読者を退屈させません。
 

 ちなみに2017年には新たに2冊のト・ジンギ作品が出版されています。
 1冊目の『悪魔の証明』は、過去にアンソロジーや雑誌で発表された7つの短編と書き下ろし作品を含む8作品が収録された短編集。これまでのト・ジンギ作品は、『ユダの星』を除き、比較的淡々とした雰囲気の作品が多かった気がするのですが、この短編集に収録されているホラーはなかなかの味わいです。とても短い、ゲローーー! なホラー作品(途中でなんとなく先が読めてしまうのにウハウハする。)も、ミステリーなのかサスペンスなのか法廷モノなのかよくわからないまま、とにかく最終ページに至るまで続く、じわりじわりと追い詰められる感がたまらないホラー(?)作品もなかなかの迫力。今後のホラージャンルでの活躍にも心よりご期待申し上げます。

 また、その翌月に発売された『砂嵐』は探偵ジングシリーズの4作目。主人公のジングは、類まれな数学的才能をもちながら大学を中退、定職をもつでもなくヤバい事件をこっそり引き受けては、依頼人から大金を巻き上げて生活しています。今回の『砂嵐』では、それまで謎に包まれていたジングの過去を、ジングの彼女ヘミが暴いていきます。なぜ人目を避けるような生活を送っているのか、彼の過去に何があったのか。学生時代のジングの良きライバルでもあった元カノの登場とヘミの執念により、ジングの過去に関する謎が少しずつ解かれていきます。『ユダの星』の映画化、『ジングシリーズ』のドラマ化の話もちらほらと耳に入ってきており、今後もト・ジンギ(のホラー)作品から目が離せません!
 

藤原 友代(ふじはら ともよ)
 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。
 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。
 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。
 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。

 




 



 


 

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