こんにちは。浦和レッズがまったく勝てず、やさぐれているわたしです。こんなときはドタバタしたユーモア小説でも読んで、いやなことはすべて忘れるにかぎります。というわけで、今月はビル・フィッチューの最新作、“HUMAN RESOURCES”(2017)をご紹介します。

 はい、フィッチューさんの作品は以前にも取りあげたことがありますね。あれは、たしか……(と過去ログを検索)2012年10月23日の記事でした。あのときは、すご腕の殺し屋と勘違いされた害虫駆除業者が繰り広げる、すったもんだの大騒ぎをコミカルに描いた『優しい殺し屋』(田村義進訳/徳間書店)の続編、“THE EXTERMINATORS” をご紹介したのでした。えー、今度もまた虫の話なの? そう思う方もいらっしゃるかもしれませんが、ご安心ください。虫は出てきません。今回は臓器移植と臓器の闇市場にまつわるお話です。

 もうね、タイトルからしてすごいんです。human resource という言葉はふつう、企業における人的資源、すなわち、人材という意味で使われます。“ヒューマン・リソース”とそのままカタカナ書きされる例も多いですよね。でもこの本の場合は、ダイレクトに“人間が持っている資源”、すなわち臓器を指しているのです。なんとも不気味で、なんともブラックなタイトル。これだけで、わくわく感が3割増しになりますよね。ね、ね、ね?

 舞台はカリフォルニア州南部。臓器移植コーディネーターのジェイク・トラッパーは、臓器を提供する人と臓器移植を希望する人との橋渡し役として忙しい毎日を送っています。そんな彼がいまいちばん気にかけているのが、エンジェルという少女。重い腎臓病を患っているエンジェルは、いまのところ、週に3度の人工透析でしのいでいるものの、最終的には腎臓移植をしないと助かりません。たったひとりの家族である母ニッキーとはタイプが一致しないため、ドナーが現われるのを待つしかない状態です。けれどもエンジェルの病気は悠長に待っていられる状態ではありません。しかも、母親であるニッキーは娘の病状を深刻にとらえず、というより、深刻にとらえる気がなく、医師との面談もすっぽかす始末。
 そんなわけで、ジェイクは臓器移植コーディネーターとしてだけでなく、親代わりとしてエンジェルと関わらざるをえなくなります。そんな折、富裕層をターゲットにした、人員、設備ともに超一流の臓器移植ネットワークの存在を知ったジェイクは、非合法なのは承知のうえで接触をはかるのです。エンジェルを助けたい。ただ、それだけのために。

 一方、脳死判定を待っている状態の患者が病院内で殺害されて眼球が摘出されたり、移送中の臓器が目的地に到着する直前に奪われたりという事件が発生し、地元警察が捜査に乗りだします。また、連邦機関も臓器の闇市場の観点から捜査にくわわります。ジェイクも臓器移植コーディネーターとして捜査に協力するよう要請されるのですが、エンジェルの付添と殺人事件の捜査、ふたつの異なる案件をあわただしくこなすうち、なぜか連邦捜査官から疑いの目を向けられることに……。

 フィッチューさんは臓器移植についてかなり勉強したそうで、本作以前にも、異種間移植とバイオテクノロジーを取りあげた “ORGAN GRINDERS”(1998)と臓器移植の順番待ちリストをめぐる争いを描いた “HEART SEIZURE”(2003)の2作を書いています。臓器移植をテーマにした小説というと、硬派で社会派な作品をイメージしますが、フィッチューさんの手にかかると、滑稽で楽しい、純粋なエンタテインメントに仕上がるのだから不思議です。いわば、臓器移植シリーズの第3弾となる本作も同様で、エンジェルを誘拐する犯人の間抜けっぷりやら、誘拐犯からの要求額に上乗せして、ちゃっかり金をせしめようとするエンジェルの母親やら、本筋とは関係のないところで、たっぷりと笑わせてくれます。

 もちろん、メインのストーリーも手を抜いていませんよ。臓器移植大国アメリカならではの問題をさりげなく提起しつつ、スピーディに展開します。捜査が進むうち、事件の裏には臓器の闇市場の存在があるとわかるのですが、その驚くべき手口には言葉を失います。フィッチューさんの軽妙な語り口のせいで、荒唐無稽のフィクションと思わされますが、よく考えると、本当にあってもおかしくない話なんですよね。そう思ったとたん、背筋が寒くなりました。
 なんて書くと、重たい話のように受け取られてしまいそうですが、実際には、ちょっとブラックなコメディ映画を観るような感じで楽しく読める作品です。おかげですかっとしましたよ、フィッチューさん! 

東野さやか(ひがしの さやか)
兵庫県生まれの埼玉県民。洋楽ロックが好き。最近のお気に入りアルバムは マイルス・ケネディの 『イヤー・オブ・ザ・タイガー』。最新訳書はローラ・チャイルズ『ロシアン・ティーと皇帝の至宝』(コージーブックス)。その他、ブレイク・クラウチ『ダーク・マター』(ハヤカワ文庫NV)、ダーシー・ベル『ささやかな頼み』(ハヤカワ文庫HM)など。埼玉読書会および沖縄読書会世話人。ツイッターアカウントは @andrea2121

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