前回第43回「2017年版、読むべき中国短編ミステリ」で取り上げた『中国懸疑小説精選』の編者でもあり、編集者・書評家の華斯比が3月某日に「華斯比推理小説賞」という自分の名を冠した推理小説賞を設立しました。

華斯比推理小説賞の概要

 賞を設立した背景は、近年多くのミステリ専門雑誌が休刊になり、現実のメディアのパワーが弱まり、若くて才能がある新人ミステリ作家がデビューするきっかけがなくなったことでした。
 そこで彼は完全に個人的な賞を設立したわけですが、これは出版社や他の著名人も絡まない独立した賞で、今のところ全く権威的な要素がありません。応募作品の定義に「ストーリーのミステリ性が強く、謎解きの論理性が強い」という基準があり、賞の審査員は華斯比一人であるということ、賞金総額が5000元(約84000円)であること、受賞作品が雑誌メディアではなく華斯比の公式微信(中国版LINE)に掲載され、2018年版の『中国懸疑小説精選』に掲載されることが現在分かっている概要です。
 
(ところで、微信(中国版LINE)と書きましたがこれで普通の日本人は分かるんでしょうか。LINEに企業や個人が公式アカウントを作成し、そこでニュース、記事、小説などをアップできる機能があるのか、LINEを使ったことがないのでよく分からないです。要するに、現在の中国で一番使われているSNSが微信で、そこでコラムや小説などを発表している作家も少なくなく、投げ銭機能を設置して読者から金銭を受け取ることも可能です)
 
 華斯比は多くのミステリ小説家と親交があるので作品が集まらないということはないでしょうし、完全に私的な賞であるのでどのような作品が受賞しても文句を言う人はいないでしょう。それに、掲載誌が減りつつある現在、作家にとっては少しでも機会があればありがたいのかもしれません。
 華斯比が賞を設立した動機にも書いてあるように、現在中国でミステリ専門誌や賞が減っており、しかも増える気配はありません。しかし、中国ミステリ業界が縮小している気配はなく、全体的に見ると知名度は毎年高まっているように見えます。それは中国におけるミステリの定着を意味する一方で、人気の出る作品のジャンルが固定化されて作家も読者も特定の内容の作品だけを求めるようになった兆しかもしれません。
 
 今回はあらためて中国ミステリの雑誌や賞の現状を振り返ってみたいと思います。
 

■雑誌■

 断言はできませんが、ここ10年来で5誌ほどあったミステリ専門誌で現在まだ紙媒体の形で残っている雑誌は『推理』『推理世界』の2誌(同じ会社から発行)だけです。しかしこの2誌の一人勝ちとは言えず、『推理世界』はひと月で上下2冊を発行していましたが、2017年頃から1冊だけになって値段は2冊分のままという実質の値上げをしており、景気は良くなさそうです。
 2016年に驚きの廃刊をした『最推理』。雑誌の親会社が投資に失敗した煽りを受けたなどの噂がありますが、出版社の言い分を聞くと作家に払う原稿料どころか会社の電気代なども捻出できなかったとあり、雑誌業界全体の暗い未来を暗示しているような終わり方は作家と読者双方を悲しませました。
雑誌が休刊する一番の理由は販売箇所の減少にあると思われます。ミステリ専門誌は正式な本屋には置かれず、道端の書報亭(キオスク)で販売されていますが全てのキオスクに置かれているわけではなく、例えば学生街ではアニメ系やファッション系の雑誌が多いなどの差があります。そのため『推理』では定期購読の他に電子書籍版に対応しており、新しい読者の獲得に精を出しています。
『懸疑世界』は中国の有名なミステリ作家・蔡駿が監修する雑誌で、ホラーやサスペンステイストの作品が多く連載されていました。調べによると2013年6月の時点ですでに紙媒体の出版を止めて電子書籍一本に絞っているようで、早めに電子書籍に移行して成功した雑誌と言えるかもしれません。
 

■賞■

 台湾で開催され、島田荘司が最終選考人を務めている「金車・島田荘司推理小説賞」はもう6回目を迎えていますが、受賞作品のほとんどが台湾人や香港人作家の作品であり、中国大陸ではほとんど受賞作品が出版されていないということもあり、大陸の盛り上がり方は日本や台湾・香港より劣っているように見えます。
 同じく、台湾で開催され、現在もう16回目を数える台湾推理作家協会賞があります。繁体字中国語(台湾などで使用されている漢字表記)の短編作品を対象にし、台湾以外からも募集している本賞の受賞者の中には日本でも知られる作家がいます。第5回目受賞者の寵物先生(ミスターペッツ)は、第1回島田荘司推理小説賞受賞作品『虚擬街頭漂流記』の作者でもあり、同賞受賞作品『犯罪紅線』は稲村文吾の翻訳により『犯罪の赤い糸』というタイトルで『現代華文推理系列 第一集』に収録されています。第7回目受賞作品『藍鬍子的密室』(青髭公の密室)の作者は、昨年より日本でヒットしている長編香港ミステリ『13・67』の作者・陳浩基(サイモン・チェン)です。
 前述の『推理』が主催する「華文推理グランプリ」は2015年から16年にかけて第3回目を開催し、17年12月にようやく受賞作品を発表しました。そして、13年から14年に開催した2回目の受賞作品の一部を掲載した短編集が17年7月に出るなど、展開の遅さが目立ちます。また、現時点で第4回目の開催は発表されていません。
「全国偵探推理小説大賽」は全国公安文芸芸術連合会や北京偵探推理文芸協会などが主催する小説賞で、公安が関わっていることもありその対象は主に真面目な警察小説です。16年に第6回が開催されたのですが、北京偵探推理文芸協会のホームページが17年のある日に見られなくなってしまい、第7回はもう開かれないのではと個人的に思っています。
「世界華語懸疑文学大賽」は前述の『懸疑世界』も協力した大会で、2016年に第1回の作品募集がスタートし、18年1月に数多くの超長編及び長中短編小説、そして脚本が選ばれ、3月に授賞式が開かれたようです。「世界華語懸疑協会」(WCSA)という組織も主催している本賞は、規模から見ると現在の中国大陸で一番有名なミステリ賞はこれだと言っても構わないでしょう。
 

■総括■

 今の中国で本当に継続的に活動を続けられている賞は、今のところ金車・島田荘司推理小説賞と台湾推理作家協会賞だけのようで、大陸の賞はまだ始まったばかりという状況で、いささか不安定さもあります。雑誌に関してはすぐに休刊、または電子書籍版オンリーになる可能性が拭えません。
 そもそも、数多くの国内外のミステリ小説を出版している新星出版社が何の雑誌も出しておらず、何の賞も主催していない状況を見ると、これらを運営するのは実は非常に難しいのかもしれません(数年前に、島田荘司関連の短編小説賞が出るとか出ないとかいう話を聞きましたが、お流れになったんでしょうか)。
 しかし世界華語懸疑文学大賽が脚本賞にまで手を伸ばしているところを見ると、規模を大きくすれば出版業界以外に映画・ドラマ業界なども巻き込むことができ、儲かるチャンスも増えるので、一社ではなく合同で開催するのであればハードルは低いのかもしれません。
 とは言え、大きくなればなるほど自由度がなくなり、極端な話をすると非常に面白いけど掲載が難しいという作品もあるので、そのような作品の受け皿となるために雑誌や賞は今後も増え、多様なバリエーションを維持しなければなりません。
 
 華斯比推理小説賞が今後どのような実を結ぶのか、長い目で見る必要があります。
 
(2018/03/22 15:50 追記:台湾推理作家協会賞を書き忘れていたため加筆修正を行いました。――筆者)

阿井幸作(あい こうさく)
 中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

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現代華文推理系列 第三集●
(藍霄「自殺する死体」、陳嘉振「血染めの傀儡」、江成「飄血祝融」の合本版)

現代華文推理系列 第二集●
(冷言「風に吹かれた死体」、鶏丁「憎悪の鎚」、江離「愚者たちの盛宴」、陳浩基「見えないX」の合本版)

現代華文推理系列 第一集●
(御手洗熊猫「人体博物館殺人事件」、水天一色「おれみたいな奴が」、林斯諺「バドミントンコートの亡霊」、寵物先生「犯罪の赤い糸」の合本版)

 






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