みなさま、こんにちは。ふたたびやってまいりました、韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。
 


『殺人者の記憶法』(キム・ヨンハ作/吉川凪訳,クオン)が第4回日本翻訳大賞を受賞したニュースは、皆さまの記憶にも新しいことと思います。第1回の『カステラ』(パク・ミンギュ作/ヒョン・ジェフン、斎藤真理子訳,クレイン)受賞に続き、韓国作品、二つ目の受賞! 韓国小説の邦訳出版も相次ぎ、日に日に膨れ上がるK文学の存在感! 韓国ジャンル小説のブレイクも目前! ……であることを信じ、本日のお題。『殺人者の記憶法』につきましては、先日こちらのサイトでも紹介がありましたのでそちらをご覧いただくことにしまして、本日は『殺人者の記憶法』の著者であるキム・ヨンハもかつて受賞した「非ジャンル小説」系文学賞の既受賞者による、ちょっぴりジャンル小説的作品をご紹介しようと思います。
(ご紹介する作品自体は、該当文学賞受賞作ではありませんのであしからず)
 

 まずご紹介するのは、韓国の芥川龍之介とも称される金東仁(キム・ドンイン)の名を冠した「東仁文学賞」受賞作家、キム・ジュンヒョク。2010年度のNHKラジオハングル講座でテキストとして用いられた『楽器たちの図書館』(波田野節子・吉原育子訳,クオン)の著者としてご存じの方も多いのではないでしょうか。作家としてだけではなく、ラジオ、テレビのトーク番組など多方面で活躍するキム・ジュンヒョクですが、彼の長編小説『ゾンビたち』(小西直子訳,論創社)が昨年、邦訳出版されました。

 こちらの作品の主人公は、通信会社に勤務する電波の受信感度調査員ジフン。家族もなく、孤独な日々を送る彼が、調査中に「無通信地帯」のコリオ村にたどりつきます。気配を殺し、幽霊のように歩く住民たちを目にし、なんだか薄ら寒い空気が漂うのを感じながらも、ひょんなことから始まった住民との交流を通して、これまでにない快適な生活と幸せな時間を手に入れるジフンですが、徐々に怪しげな世界に引きずり込まれてゆきます。無通信地帯として孤立しているコリオ村の存在には、どうやら軍の極秘研究が関わっているらしい。その謎の真相に近づくにつれ、ゾンビと人との、そして人と人との攻防戦をはじめ、緊迫感あふれるシーンが押し寄せてくるのですが、そんな中で交わされるウィット混じりの会話に、ゾンビに追われていることを思わず忘れてしまったり、悲しい運命に置かれたゾンビたちに憐憫の情を抱いたりと、笑いと涙が入り交じります。友情と家族愛、そしてゾンビに対する愛情まで抱え、切なさいっぱいで迎えるラストシーンでは、ゾンビに追われながら思わず涙(恐怖の涙ではない)。「ゾンビ=100%悪」ではない、グロ度低め設定、会えなくなった大切な人への思いが募る、優しさ漂う物語です。
 
 韓国のアンソロジーには「恐怖文学短編選」「スリラー文学短編選」などの他に、「推理スリラー短編選」というものがあり、「推理」というタイトルに惑わされ読んでみると「ただのゾンビモノじゃねぇか!」と文句をタレたくなる作品に出くわすことがあるのですが、どうにもゾンビモノが日本より盛り上がっている印象。ZA(Zombie Apocalypse:ゾンビ終末モノ)に特化したアンソロジーや、ZA文学コンテストなんてのもあり、まだまだ未発掘の良質ゾンビモノがあるのではないかと感じています(なかなか読書量が追いつかず、韓国ジャンル小説愛好家としては遺憾の極み)。
 
『チェ・スンドクの聖霊充満記』

 次は黄順元(ファン・スンウォン)文学賞受賞作家のイ・ギホ。イ・ギホの最近の作品傾向としては「そこら辺にいそうな人」「箸にも棒にもかからない人」「なんだかツイてない人」などを主人公とした、ハートウォーミングなものが多いのですが、ジャンル小説好きとして注目すべき作品は、2004年に出版された短編集『チェ・スンドクの聖霊充満記』(文学と知性社)。
 こちらの表題作、ページを開くと段落ごとに数字が振られた横書き2段組、聖書のようなミバ、聖書のような文体になっており、一見、敬虔なクリスチャンの物語……ですが、実はどちらかというと少々お下品なお話で。クリスチャンの方々が見るとどう思われるか、若干、心配にならないでもないですが、敬虔なクリスチャンである両親の元に生まれ育った少女、チェ・スンドクの奮闘記です。幼少時から「不信心な者は地獄に落ちる」と言い聞かされ、並々ならぬ「地獄恐怖症」に陥り、学校生活を放り投げ、信仰ファーストで生きる道を選んだスンドク。そんな彼女が一人の変質者に遭遇し、神から下された自らの使命に目覚めてゆくストーリーとなっております。が、その使命を遂行する方法がヤバい。いやいやいや、それマズいでしょ! 犯罪でしょ! という常軌を逸した彼女の行動と、それを綴る淡々とした聖書風の文体とのミスマッチ具合が、なんとも言えない滑稽な味わいを醸し出しています。
    
 収録作品中には、さらに注目すべき作品が二つ。一つ目は「髪の傳言」。主人公は、寺の和尚の養女としてもらわれてきた少女。彼女の伸びた髪を切ろうと、和尚がはさみを片手に少女に近づきますが……切れません。何度もはさみを持ち直し挑んでみるものの、やはり切れない。実はこの少女の髪にはある奇怪な力が宿っているのです。そのため、少女はいつも重たそうな鉄製の髪留めで髪をまとめているのですが、その髪留めは決して外してはいけないもの。外すと危険です。特に、男性が外すと危険……。妖怪チックに始まり、妖怪チックに終わる作品です。
 もう一つは「バックミラーの男―物体は目に映るよりも近くにある」。こちらもまた突飛な発想、ギョッとすると同時に大笑いせずにはいられない物語。舞台は1980~90年代の韓国。軍事政権に立ち向かう学生たちの街頭デモ、学生たちと警官隊との衝突、催涙ガス……と、笑える背景ではまったくないのですが、何がおかしいかと申しますと……これまた妖怪(バケモノ?)系。幼少時に負った傷が原因で、特殊な「視覚器官」を持つことになった男の物語です。ほぼ文盲の男が、この「視覚器官」を利用して高校、大学へと進学し、学生運動にも参加することになるのですが、その時代、社会背景が抱えた暗鬱たる雰囲気にはまるでそぐわない奇抜な設定が見事に面白い。さらにこの視覚器官が便利なようで不便だったり、副次的な存在だったそれが主役になってしまったりする中で、主人公がさまざまな困難に直面し、人生に落胆しながらも、自分の生きるスタイル(これがまた尋常ではないスタイルではありますが)を獲得してゆく姿が描かれます。その点では、最近の作風にも通じるものがあるかもしれません。
 
 今、読み直しても面白いこの短編集、お子さまに読ませるにはどうかと思うような表現があちらこちらに見受けられはするのですが、韓国文化芸術振興会が選ぶ優秀文学図書(2005年)に選定されています。
 現在、光州大学・文芸創作科教授として教鞭を執る著者は、ジャンル文学需要の高まりを受け、時代の流れに呼応した教育を先取り、「ジャンル文学」創作のための授業を展開し、後進育成にも力を入れています。これまでに「韓国日報文学賞」(既受賞者:キム・エラン、ピョン・ヘヨン、ファン・ジョンウン、チョン・セラン他)「李孝石(イ・ヒョソク)文学賞」(既受賞者:パク・ミンギュ、キム・エラン、ピョン・ヘヨン、キム・ジュンヒョク、ファン・ジョンウン他)など数々の文学賞を受賞しているイ・ギホ。これからさらに世界各国における知名度が高まり、かつて彼が綴った妖怪(バケモノ)系が再び脚光を浴び、新たな妖怪(バケモノ)を生み出してくれるのではないかと……ひそかに期待しています。

藤原 友代(ふじはら ともよ)
 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。
 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。
 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。
 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。
















 

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