この夏は、誠におもしろそうな韓国ミステリーが続々と出版されています。……が悲しいことに、ここのところとんでもなく時間ビンボーで、ちっとも読めていない韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです……。
 
 さて、韓国の夏といえば! 「夏の推理小説学校」! 1988年に韓国推理作家協会の主催で始まり、今年で31回目を迎えることとなった「夏の推理小説学校」。今回は8月18~19日、ソウルから少々離れた古汗コハンウプ(邑=町)という町で開催されました。この古汗、かつては炭坑の町としてにぎわった地域で、近郊にはソン・ジュンギ主演のドラマ『太陽の末裔』のロケ地として使われた炭坑ミュージアムがあったり、坑道をイメージした入り口に、坑道チックなライティングやオブジェを配置した飲食店、商店が建ち並ぶレトロでオシャレな「練炭市場」もあったりで、ちょっとした観光地になっています。
 今年の「夏の推理小説学校」では推理小説家による推理小説講座はもちろんのこと、プロファイラーや骨相学の専門家、本物の探偵さんや犯罪学研究所の所長さんなど、多方面にわたる専門家による講演が行われたもよう。参加者はミステリー同好会の会員、ミステリー好き一家から、ドラマのPDさんやウェブ漫画の作家さんなど、こちらも毛色豊か。一度、参加してみたいなぁ……リスニング能力があればなぁ……。
 今回の開催地「古汗邑」では、全国初の「推理村」造成計画が進行中。韓国推理作家協会との共同事業で、町全体を推理村にしてしまおうという試みです。住民たちを中心とした「推理推進団」が結成され、地域のセンターを利用して「脱出ゲーム」が楽しめる施設を建設、11月の開場を目指しています。そのほか、町を舞台にして描かれた作品が収録されたアンソロジーも出版され、それを活用した全国探偵大会を開催する予定もあるとか。廃坑の持つミステリアスな空気を利用して町おこしを狙う古汗邑、機会があればぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。(北海道にも数多く存在する、旧炭鉱をお持ちの市町村のみなさま、ぜひこちらの方面での町おこしもご検討を……。)
 


 ……と、書籍紹介もしないうちにスペースを消費してしまいましたが、本日は夏ミステリーのご紹介。
 まず一つ目は『夏、どこかで死体が』。こちらの作品は、作者パク・ヨンソンのデビュー作なのですが、作者自身は、かつて私もハマったドラマ『恋愛時代』(原作:野沢尚、主演:カム・ウソン/ソン・イェジン……だけど個人的にはコン・ヒョンジンが好き。)や、『波瀾万丈! ミス・キムの10億作り』(チ・ジニ/キム・ヒョンジュ)、映画『同い年の家庭教師』(クォン・サンウ/キム・ハヌル/コン・ユ)、『彼女を信じないでください』(カン・ドンウォン/キム・ハヌル)など、多数のドラマ、映画で脚本、脚色などを担当してきた人物。最近では、2016年に放映されたドラマ『青春時代』(邦題『恋のドキドキ♡シェアハウス~青春時代~』)のシーズン2が制作されるなど、数々の話題作を生み出してきたモノ書きさんによる作品ゆえ、レビュー数、評価も上々、発売後、程なくして映画版権が売れるなど、ひょっとしたらすでに日本でもどこかの出版社さんがツバつけてるかもしれませんが、とりあえず紹介させていただきます。
 主人公は泣く子も黙るプータロー、カン・ムスン。田舎に住むお祖父さんが、お茶の間で「トンデモドラマ」を見ていて急逝。一族がどやどやと祖父母宅に集まり、葬儀が執り行われますが、誰もが自宅に戻ろうというその日、プータローのムスンは老婆の話し相手として、本人の意思とはまったく関係なしに置き去りをくらいます。こうして、コゴトだらけの祖母とムスンとの気の重~い同居生活が始まります。
 プータロー生活の醍醐味である朝寝もさせてもらえず、田舎暮らしにうんざりしていたムスンが手持ちぶさたに家の中を探索ていたところ、幼いころの自分が描いた宝の地図を発見します。地図が示す宝のありかは、祖母の家から少し離れた本家の庭。そこで宝箱を掘り起こしてみると、中からガラクタに混ざって、精巧な木彫が施されたハンドメイドの人形が出現します。その人形と本家の美しいお坊ちゃまの話から本家のお嬢様の話へ、そこからさらに15年前、ムスンの滞在中に起きた4人の少女の失踪事件へと物語は展開します。当時6歳だったムスンにはほとんど知らされていなかった、少女たちの失踪事件。15年という月日が流れましたが、村をぶらついてきたムスンが祖母に聞かせた何気ない話、祖母が何の気なしに発したひと言が、思いがけずナゾ解きにつながったりして、ムスンは期せずして事件をほじくり返すことになります。あのコの親の挙動が怪しい、あの郵便配達員が怪しい、あのコの弟が……。はたして4人の消息は、生死はいかに。
 80過ぎの毒舌老婆と20代のムスンが憎まれ口をたたきあいながら、ああでもないこうでもない言い争いをする姿がなんとも微笑ましいコージーミステリー。事件解決、めでたしめでたし♪とは言えない結末ですが、数多くの人気ドラマを生み出してきた作家ならではの笑いと誘因剤のバラまき方を感じることができる作品かと思います。


 もう一つ、夏といえば! 納涼! ということで心霊ファンタジー系ミステリーをサクッとご紹介。……といきたいところですが、サクッといけないこちらの作品は『浮遊する魂』。作者のファンヒはゾンビ、ホラー小説を得意とする女性作家で、本作品は「第1回NAVER(韓国最大の検索ポータルサイト)ブックスミステリーコンテスト」優秀賞受賞作品となっています。
 とにかく登場人物(??)が多く、人物相関図必須。東京で姑からの嫁いびりに苦しみながらも、自分を捨てた母親の面影を追い、母親と同じ職業である作家を目指す日本人女性ランコと、韓国で認知症を患う老母の介護問題に悩む韓国人女性ヒジュ。まったく関係がないように見えて、実は奇妙な縁でつながっているこの二人が物語の二本の主軸を成しています。
 一方、突然両親を失ったジュミ、ナヨン姉妹の前に現れた暴漢クァク・セギ。ジュミの中に妻の霊魂が宿っていると妄言を吐き、ジュミに執拗に迫ります。寄る辺なく、宿を転々としながら逃亡生活を送り、クァクの魔手から逃れようとする姉妹。しかし実は、クァクの主張もあながち間違いではない様子。ジュミの手と、クァクの妻の手に彫られた独特なデザインのタトゥーがそれを暗示しています。そしてクァクに追いつめられた「彼女」は、ついに最終手段に出ます。
 無関係に見える人物たちの妙な接点、じわりじわりと近づいては交錯する人間関係、自ら命を絶った彼女たちの死の真実、認知症を患う老母の奇妙な言動の意味。少し(しかしながら決定的な)ネタバレをしてしまうと、こちらは死を選択した人間の肉体に、肉体を求める霊魂が入り込む物語で、つまり一人につき二人の人生が刻み込まれている人物たちが登場するのです。人物相関図なしに混乱しないわけがないのですが、そのこんがらがり具合に脳ミソがかき混ぜられて、非常に心地よい作品です。
 ミステリーとは関係ありませんが、話がかみ合わない老人、コミュニケーションがうまくいかず、ときおり違う世界に行ってしまったかのような言動が見られる老人には、ひょっとしたらこんな現象が起きているのかもしれない。そう思うと、認知症の症状を見せる老人もなんだか神秘的に見えるような、年老いた親を見る視線が少し変わるような、そんな心の持ち方のヒントが込められた優しい作品とも言える気がします。
 ちなみに、「第1回NAVERブックスミステリーコンテスト」最優秀賞受賞作品は、本コーナー第3回でご紹介したチョ・ジャンホ『携挙1992』(写真下)。どちらの作品も、以後、お見知りおきを!

藤原 友代(ふじはら ともよ)
 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。
 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。
 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。
 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。


●韓国推理作家協会関連邦訳作品










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