全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは!
古典と呼ばれる作品を別の作者で受け継いだ続編や、人気キャラクターを使用したスピンオフ的な作品って、元の作者やその作品への愛が激しく感じられて楽しいですよね。以前このコーナーでも取り上げていますが、『カササギ殺人事件』が話題沸騰中のアンソニー・ホロヴィッツによる『シャーロック・ホームズ 絹の家』と『モリアーティ』、美老人ホームズが日本を訪問するミッチ・カリン『ミスター・ホームズ 名探偵最後の事件』(3作とも駒月雅子訳/KADOKAWA)はストーリーも抜群に面白く、オリジナルに慣れ親しんでいるファンにも嬉しい驚きでした。少し前にはマッシュアップと呼ばれる異種格闘技的な作品が次々に生み出され、中でも先陣をきったセス・グレアム・スミス『高慢と偏見とゾンビ』(安原和見訳/二見文庫)は、ジェイン・オースティンの世界観をしっかりと残しつつもバリバリのゾンビサバイバルに仕上がっていて、本も映画も大変面白かったです。
さて、ここで質問です! ロバート・ルイス・スティーヴンソン『ジキル博士とハイド氏』の物語をご存じない方はいらっしゃいますか?
未読だけれども結末(真相)は知っているという方は大丈夫ですが、もし、全然知らない、これから読みたいという方は残念ですがここで一旦ストップし、まずは急いで『ジキル博士とハイド氏』(または『ジキルとハイド』)をお読みください。なぜなら今回ご紹介するダニエル・ルヴィーン『ハイド』(羽田詩津子訳/KADOKAWA)は、オリジナルの『ジキル博士とハイド氏』のラストに至るまでの4日間を〈ハイド氏の視点〉でねっとりと描いた恐るべきサイコ・スリラーなのです!
ヘンリー・ジキルは死んだ。
本書はこの衝撃的な一言で幕を開けます。『ジキル博士とハイド氏』(以下、元本と記します)の最後は、死を目前にしたジキルとハイドというふたつの人格によって綴られた手記で終わりますが、本書はそのラストの悲劇がなぜ、どうして起きたのかを、ハイドの一人称で順を追って明かしていきます。
秘密の研究を重ね、2年前から薬を使ってふたつの人生を生きていたジキルとハイド。穏やかで高潔な紳士のジキルは、夜の帳が降りると粗野で乱暴なハイドに変身していました。変わるのは性格だけではなく、美しい顔に大柄で筋肉質の運動選手のような肉体は、人が目を背けたくなるようなひねくれた顔つきで発育不全の小男に変わっていったのです。ある夜更け、ハイドは突然走ってきた少女とぶつかってしまい、少女の家族や近所の住民たちから非難されます。
元本では、理由もなく少女を踏みつけて逃げ去ろうとした怪しい小男が捕まり、金でその場を収めた非道な事件として描かれていますが、本書のバージョンでは少女がこずるい当たり屋で、踏みつけたわけではなく軽く足で押さえただけだったのに、少女の家族と近所一同がぐるとなってハイドから大金をだまし取ろうとしたことになっているのです。この最初のエピソードから、おなじ出来事でも全く異なった印象に受け取れるような解釈に変えられていて、話が進むにつれて元本の告白文の信頼性もどんどん薄れていくことになります。
とはいえ、もちろん本書でもハイドは明らかな悪人。毒を持って毒を制すというか、ヴィクトリア時代を象徴する暗黒のロンドンの下町に溶けこみ、別人としてジキルの保護を受けながら、悪徳の限りをつくします。一方ジキルはといえば、遺産の全てを赤の他人のハイドに譲ることを公言し、まわりから不審に思われますが、心配してくれる友人たちにさえ言えない変身の秘密を抱えて自分を追いつめていくのです。
このように物語の表面上は元本に忠実ですが、大きな違いはジキルの複雑な生い立ちです。少年時代、絶対的な権力を持った父親から異常な虐待を受けていたジキルは、そのせいで女性とうまく接することができません。ハイドはそんな彼のかわりに欲望を解き放っていたのです。虐待から自分を守ろうとするために別人格が現れることがあるというのは、ダニエル・キイスの諸作などでご存知の方も多いと思いますが、本書のハイドはまさにその役割で存在するように思えます。傍若無人な行いでジキルと周囲の人々を振り回すハイドですが、物語のはしばしにジキルを心配しいたわるような気遣いが見え隠れし、元本の怪物的な人物像よりも人間らしさが強調されています。そこに気がつくと、一人の人間の中に存在するジキルとハイドという別の人格同士が愛憎入り混じりつつも惹かれずにはいられないという、複雑で耽美な感情を斬新に描いているこの小説は、究極の二次創作と言っていいのではないかと思います。
訳者の羽田詩津子氏があとがきで指摘されていますが、カルー殺害事件は本書のおかげで納得のいく動機が得られてたしかにスッキリしました。ヴァン・ヘルシング教授とか『ポーの一族』のジョン・オービンとか、ああいう人って(以下ネタばらしになるので略)。別視点から描くことによって、古典の名作を全く別の解釈で蘇らせた『ハイド』。ふたりの悲しい愛にもらい泣きするもよし、元本と比較してなるほどと頷くもよし。『ジキル博士とハイド氏』がお好きな方はもちろん、大ヒット中の映画『カメラを止めるな!』が面白いと思った方も、ぜひ読んでみてくださいね!
さて、ハイド氏はジキル博士の中に存在していた別人格ですが、とんでもない生き物が勝手に身体に入り込んできて体型も人生も一変した男の悲喜劇(?)をダイナミックに描いた、極悪キャラ大暴れで地球危機一髪の豪快アクション大作『ヴェノム』をご紹介します!
歯に衣着せぬ報道と体当たりの突撃取材で人気のジャーナリストのエディ(トム・ハーディ)は、世界でもトップクラスの若きセレブ科学者ドレイク(リズ・アーメッド)から、自分が運営するライフ財団を記事にしてほしいと依頼を受けます。エディに取材してもらえば宣伝になるという目論見でしたが、エディが引き受けたのは財団の黒い噂を確かめるため。取材は打ち切られ、エディは大きな代償を払うはめになるのです。しかしその少し前、財団の持つスペースシャトルが宇宙から帰還中にトラブルが発生し、マレーシアに不時着した際には乗務員が全員死亡していたのです。
トム・ハーディといえば、『レジェンド 狂気の美学』(2015/英)で実在した双子ギャング、クレイ兄弟を一人二役で演じてファンを喜ばせたものですが、本作も“こんなトムハ”、“あんなトムハ”+“超乱暴寄生怪物”といろんなヴァージョンのトムハが見られてそれはもう楽しいです! 宇宙生物ヴェノムは2007年の『スパイダーマン3』にも出ていましたが、今回はあの時よりもスケールも残虐度も破壊力も億単位でパワーアップ! とりわけクライマックスの凄まじいバトルシーンは、今年もっともCGのありがたみを感じました! 舞台がサンフランシスコなので、あの急な坂の数々を効果的に使ったカーチェイスのシーンもアガリますよ! そして超ニッチな嬉しかったことは、筆者が偏愛するスコット・シグラー『殺人感染』(扶桑社ミステリー)のある場面と全く同じ状況が出てきたんですよ!! 『ヴェノム』を観た後に書店さんで見かけたら絶対買った方がいいと思います(笑)。
リズ・アーメッドの悪役っぷりも見応えがありますし、相手役のミシェル・ウィリアムズがまた最高! 特にクライマックスのあるシーンで拍手する方も多いのではないでしょうか。それにしてもヴェノムのキャラ造形、怖いはずなんですけどなんか愛嬌があるんですよねえ。待望の公開日は11月2日(金)。グッズが売り切れないうちにお早めに劇場へ!
・2018年アメリカ映画(全米公開:10月5日)
・上映時間:1時間52分/2D・3D/字幕・吹替
・字幕翻訳:アンゼたかし
・監督:ルーベン・フライシャー (『L.A. ギャング ストーリー』『ゾンビランド』)
・脚本:スコット・ローゼンバーグ&ジェフ・ピンクナー(『アメイジング・スパイダーマン2』)、ケリー・マーセル(『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』)、ウィル・ビール(『L.A. ギャング ストーリー』)
・キャスト:トム・ハーディ(『マッドマックス 怒りのデス・ロード』)、ミシェル・ウィリアムズ(『グレイテスト・ショーマン』)、リズ・アーメッド(『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』)、 スコット・ヘイズ、リード・スコット
・原題:VENOM
■公式twitter: https://twitter.com/VenomMovieJP/
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■公式サイト:http://www.venom-movie.jp/
11月2日(金)全国ロードショー
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♪akira |
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一番好きなマーベルキャラクターはスタン・リーです。『柳下毅一郎の皆殺し映画通信』でスットコ映画レビューを書かせてもらったり、「本の雑誌」の新刊めったくたガイドで翻訳ミステリーを担当したりしています。 Twitterアカウントは @suttokobucho 。 |