名古屋。それは喫茶店でコーヒーを注文すると頼んでもないのにお菓子がついてくる街。カツもうどんもおでんも味噌で食べる街。スパゲティに薄焼き卵を敷く街。トーストに餡を塗る街。常識の右斜め上を行く食文化の名古屋で、26日(土)夕刻、「ピザを食べながらピザマンを語ろう〜『ピザマンの事件簿 デリバリーは命がけ』」読書会が開催された。これは、課題図書に釣られピザに釣られ美人幹事に釣られ(え?)て集まった若き獅子たち25名の、愛と葛藤の記録である。

 翻訳ミステリー大賞シンジケート事務局・越前敏弥氏は参加者名簿を見て頭を抱えていた。「何という女子率の高さだ!」 幹事・大矢博子も頭を抱えていた。「1枚8カットのピザを25人で公平に食べるには何枚注文すればいいんだ!」

 そんな世話役の懊悩を参加者は知る由もなく、女子20人・男子5人が勢揃いして薄暗いピザ屋の一角で読書会は始まった。ビール&ウーロン茶で乾杯、前菜、ピザ──食べる合間に自己紹介と簡単な感想を一言ずつ発表してもらう。

 実は今回の参加者、高いのは女子率だけではなかった。誰ですか平均年齢だなんて言ってるのは。違いますよ。高いのは初心者率である。翻訳ミステリそのものをあまり読んだことがないという人や、この手のジャンルは初めてだという人が大半で、そのため感想も課題図書そのものを掘り下げるというよりも「そうだったのか翻訳ミステリ・そうだったのかアメリカ」という点に集中した。

「トレーラーハウスっていうから小さいのかと思ったら、4部屋あったりシャワーがあったりして驚いた」「なぜ皆が皆、デッキを造りたがるのか。何かのステイタスなのか」「しかもデッキに風呂桶置くって意味わかんないし」「そういえば知り合いのカナダ人がやたらとデッキ欲しがってた」「だいたい人んちの冷蔵庫を勝手に開けるって何」「でも大工仕事できる男って萌えポイントだよねー♡」「だよねー♡」「やり手の弁護士がゴミ屋敷に住んでるってのも萌えポイントだよねー♡」「いやそれはそうでもない」「モールヘアってどんなの」「ほら、髪をスパイラルタワーみたいに盛ったやつ」「ブルースターでみんなで毎日朝食食べるって、名古屋で言えばコメダでモーニング食べる的な?」

 こんなのでいいんだろうか。読書会って、もっとこう、後期クイーン問題とか話したりするんじゃないのか。話せないけど。定義論争とかするんじゃないのか。したくないけど。少なくとも「なぜそんなにデッキを欲しがるのか」が議論の中心になるとは誰が予想したろうか。わざわざ翻訳家の鈴木恵さんに東京からご足労戴いたのに、がっかりされてやしないだろうか。大丈夫だろうか。

「おったまゲロゲロの原文は何なんですか?」「あ、そこは原文で普通ならshitってなるところがpukeになっててねー、それがゲロって意味で」

 大丈夫みたいだ。

 そうそう、定義論争とまでは行かないが、私が本書を「ガテン系男コージー」と紹介してしまったために参加者に予断を与えてしまったことは反省せねばなるまい。翻訳者の鈴木さん曰く「コージーではないと思う」とのことだが、このタイトルでこの表紙でこの版元ならコージーってことにしてもいいんじゃないか──と私が言うと

「コージーにしてはピザのレシピがない! そもそもピザが出てこない!」「ヴィレッジブックスでピザ屋が舞台なら巻末にレシピが欲しいよね」「ジャガイモの切り方しか出てこない」「だからほら、男コージーだから料理はポイントじゃないんだよ」「ああ、その代わりにあるのがデッキ作りなんだ」「そうか!」「だったら巻末にデッキの作り方が載ってないと」「風呂桶の置き方も!」

 結局デッキか。デッキなのか。記念すべき第一回名古屋読書会は「デッキってそんなにいいものなのか」という結論。L.T.フォークス氏もまさか自著がこんなふうに議論されるとは思ってもいないだろう。

 しかしデッキ問題に終始した一次会終了後、25名中16名が流れた二次会の場で事態は思わぬ展開を見せるのである。(後編に続く)

後編はこちら

大矢博子(おおや ひろこ)。書評家。著書にドラゴンズ&リハビリエッセイ『脳天気にもホドがある。』(東洋経済新報社)、共著で『よりぬき読書相談室』シリーズ(本の雑誌社)などがある。大分県出身、名古屋市在住。現在CBCラジオで本の紹介コーナーに出演中。ツイッターアカウントは @ohyeah1101