2019年7月27日に開催された第24回名古屋読書会からすでに1年と少し。何やらで直接会って話したり盛り上がったりができない中、ミーティングツールなどを用いて円滑に読書会が運営できないか、名古屋では水面下で計画と実験が繰り広げられていました。ようやくもろもろめども立ち、さる2月28日、『時の娘』(ジョゼフィン・テイ)で第25回名古屋読書会開催ということに相成りました。時は来た。それだけだ。

 当日の進め方としては、Zoomのミーティングルーム機能を使って36人の参加者が4グループに分かれ、前半後半でメンバーを組み替えるというもの。オンライン読書会だと1グループ10人程度が仕切れる限界ですしね。

 手短に課題作『時の娘』のあらすじを紹介しましょう。犯人追跡中にケガをし入院生活を送る警部グラントは、病室で手慰みに本を読んでいたところ、ふとしたはずみである男の肖像画を見かけます。長年の経験から悪者の顔をそれとなく見分けられるようになったグラントは、肖像画の男を「神経質そうだが悪人ではない」と判断しますが、じつはその男こそ、イギリス史で稀代の悪人と称せられたランカスター朝第3代目の王、リチャード3世なのでありました。偶然知己を得た歴史研究生キャラダインの助けを得ながら、グラントは「リチャード3世は本当に悪人だったのか」を探っていきます。

 やはりというかなんというか、題材であるリチャード3世の時代について「馴染みがないので取っつきづらい」「リチャードとエドワードとヘンリーしかいなくて混乱する」という意見が目立ちました。「前史である百年戦争から薔薇戦争前半にかけての流れを把握していたほうがよい」という意見はまさにその通りなのですが、薔薇戦争自体、各勢力が集合離散を繰り返していて複雑なのですよね。両派閥相手に婚姻政策を結んだキングメーカーとかいう存在もいますし。「てことは薔薇戦争って応仁の乱みたいなもの?」「南北朝でしょ」「そもそもプランタジネット朝内での『白薔薇』ヨーク家と『赤薔薇』ランカスター家の争いと考えると、プランタジネット朝は徳川宗家で、ヨーク・ランカスターは紀伊藩・尾張藩」「悪人のイメージを逆転させるのは日本でもあるよね。明智光秀とか吉良上野介とか」などの感想もありましたが、そんなこんなで日本史に寄せないと分かりづらいのも歴史ものあるあるですね(今思い返すと、薔薇戦争は源平合戦にもちょっと似ているかもしれません。日本史で紅白といえば源平合戦だし、キングメーカー北条氏がいるし)。

 肝心の捜査パートについては、「前半は看護師とリチャード3世の話をしているだけなので暇」「キャラダインが出てくるまでが冗長」という感想が多く見られました。グラントの代わりに博物館やらに行ってくれるキャラダインがいないと、どうにも話が動いていきづらいですしね……。「今ならスマホで調べたりできるよね」。うんうんそうだね、時代を感じさせる名作だね。「根拠のない噂ほど広まりやすかったり、信憑性のない通説が一般化したりは実際にあることなので、それをひっくり返すさまが痛快」という意見には、まさにそれが目的の作品で、『時の娘』はかなりの割合でそれに成功していると言えましょう。一方、小説の構造や前提について「『リチャード3世は悪人じゃなかった』という結論ありきで動いているのが気になる」「そもそも肖像画は実物や写真とは異なり描いた人の意図が反映されるものなので、それをもって善悪を判断するのは伝聞証拠で善悪を判断するのと一緒なのでは?」などの意見もありましたが、それを言っちゃあしょうがない、というものです。

 また、「ジョゼフィン・テイの他の作品では、グラントは足を使って捜査するタイプなので、『時の娘』はむしろ異色作」「真実は見たまんまじゃないというのは、彼女の作品では共通したテーマ」という指摘もあり、他のテイ作品も読んでみたくなりました。ただ、品切れのものが結構多いのは残念なところです。

 訳については、「小泉訳は他の訳と比較しても非常に読みやすい」という意見のかたわら、「訳語に時代を感じる」という意見もありました。ヨーク朝の次のテューダー朝のことをチュードル朝って書いてますし。ただ、「原書からして言葉のセンスが独特で、難しい作家」という指摘もあり、新訳されないのにも理由があるのかなあと思います。

 恒例の「次に読む一冊」としては、本作と同じつくりの『オックスフォード運河の殺人』(コリン・デクスター)や、昨年出た歴史ミステリ『指差す標識の事例』(イーアン・ペアーズ)、松永久秀が主人公の歴史小説『じんかん』(今村翔吾)などが挙げられました。薔薇戦争を題材とした作品としては、漫画『薔薇王の葬列』(菅野文)や映画シリーズ「ホロウ・クラウン」。人物の把握が難しいので、こういった視覚メディアがあるとありがたいですよね。関係ないところで「東京創元社から同名のSFアンソロジーが出ていて一瞬びっくりした」という感想があったのですが、編:中村融のアンソロジーに外れなしなので、こちらも読んでくれるとSFファンとしてはありがたいです。

 自制心のスイッチが外れたスタッフたちのおかげでpdfレジュメがやたら長大化したり(「テイ作品解説」「安楽椅子探偵もの・歴史もの紹介」などがワッと出たせいか「次に読む一冊」の挙がりが少なかったという弊害も)、読書会後のリモート懇親会でわいわいやったりなども、オンライン読書会ならではの特徴といえるかもしれません。次回は対面式読書会の時と同様、前半グループトークで後半全体トークとなる予定ですが、いろいろ試行錯誤してよりよい読書会を作れていけたらよいですね。ではまた、第26回名古屋読書会でお会いしましょう。

片桐 翔造(かたぎり しょうぞう)
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ミステリやSFを読む。『サンリオSF文庫総解説』(本の雑誌社)、『ハヤカワ文庫SF総解説』(早川書房)に執筆参加。《SFマガジン》DVDコーナーレビュー担当。名古屋SFシンポジウムスタッフ。名古屋市在住。

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