ギムレットには神様が多過ぎる

前編ここ

 料理班がオムレツをひっくり返していた頃、隣室ではギムレット班がへべれけになっていた。

 こちらの課題図書もどき(誰も読んできてない)はレイモンド・チャンドラーの『長いお別れ』。あの有名過ぎるセリフ「ギムレットには早過ぎる」が出てくる話ですね。あの中で、始めから6%くらいのところ(手持ちが電子書籍なのでページが言えない)に、「本物のギムレット」についてテリーが語るこんなくだりがあります。

「本当のギムレットはジンとローズのライム・ジュースを半分ずつ、他には何もいれないんだ」

 ボクこれが飲みたいんです耳クソほどにも興味のないコージーに付き合うんだからこれくらい譲歩してくれてもいいじゃないですか飲むなというのはわずかの間死ぬことですよ、とチャンドリアンのK幹事が煤けた背中で訴え、ぶっちゃけ大矢も料理より酒のクチなので、ではその企画をやりましょうということになった。が。ここに問題が。

 ローズのライム・ジューズとやらは日本では入手不能。

 Amazon UKでなら買えるが、品物は安いのに送料がバカ高い。

 あっさり頓挫したかに見えたこの企画、思わぬ場所から救いの神が降臨。ツイッターでぼやいたところ、「なんとかしましょう」とパリ在住のYさんが手をあげて下さったのだ。ロンドン留学中の息子さんにジュースを買わせ、パリに”帰省”ついでに持ってこさせ、ご主人の東京出張のときに運ばせるという、なんともドメスティックにしてグローバルな協力体制でみごとローズのライムジュースが届いたのである! ありがとうYさんご一家。「犯人役に僕の名前を使ってほしい」という息子さんS太君のご希望、黒田研二・水生大海両氏にしかと伝えた、伝えたよ!

 本物のギムレットの材料はこちら。

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 本物はステアするだけだが、どうせなら普段飲んでるギムレットと比べてみたい。ってことで普通のギムレットの材料も準備したものの、そっちはシェイクせねばならん。どうすんのシェイカーなんて誰が振れるの、と探していたらここにも思わぬ場所から救いの神が。

 バカミスすれすれのトリックとリリカルな青春ミステリがビミョーな、じゃなくて絶妙な融合を見せた『ナナフシの恋』がどこか一部で絶賛発売中らしい在名ミステリ作家・黒田研二氏が「俺、学生時代、バーテンのバイトやってたけど」と申し出てくれたではないか。

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 蝶ネクタイのバーテンスタイル!

 かくて参加者は「あたし本物の」「俺は普通のと本物のを1杯ずつ」「ライムジュース舐めたい」「ジンをロックで」「それギムレットじゃねーし」「おつまみもあるよー」「ギムレットのつまみが鶏皮…だと?」「酒がなければ生きていけない。ミステリを読まねば生きる資格がない」「見て見て、iPad mini買ったのー」「っていうか『長いお別れ』の電子書籍、誤植があるんですけど」と大盛り上がり。

でもってこちらの企画は「ミステリ・ルートマップ」。『長いお別れ』から『ゴミと罰』を経て、参加者である水生大海さんのデビュー作『少女たちの羅針盤』まで連想ゲームで繋ごうという趣向。『ゴミと罰』『少女たちの羅針盤』

『ゴミと罰』→ドストエフスキー『罪と罰』→野田秀樹『贋作・罪と罰』→(演劇つながり)→『少女たちの羅針盤』

とすんなり決まったが、『長いお別れ』『ゴミと罰』をつなげるのに一苦労。

「パロディ方面だと黒川博行『二度のお別れ』ってあったね」「矢作俊彦とか東直己とかもオマージュ書いてる」「酒つながりで藤原伊織『テロリストのパラソル』は?」「そこから【ネタバレ】つながりで高村薫『マークスの山』」「山とくれば真保裕一『ホワイトアウト』」「真保裕一と言えば二文字タイトル」「二文字タイトルと言えばディック・フランシス」「ディック・フランシスのどれよ?」「うーん」

「じゃあ逆に『ゴミと罰』から広げてみよう」「掃除人が出てくるんで近藤史恵のモップ探偵とか」「登場人物にヴァンダインって人がいるから『樽』とか」(←この恐ろしい間違いに誰一人その場で気付かなかったという事実が、名古屋読書会における黄金期本格への弱さを浮き彫りに!)「主人公が未亡人つながりでドロシー・ギルマン『おばちゃまは飛び入りスパイ』」「スパイつながりでル・カレ『寒い国から帰ってきたスパイ』」「MI6とくれば007シリーズ」「この007とディック・フランシスがつながればいいんだよな」「いやまだちょっと遠いでしょ」「そもそもディック・フランシスのどの話かも決めてないし」

 ここに再び、神が降臨した。

「あ、できた」「え?」「007ってイアン・フレミングでしょ。フレミングと言えば左手の法則、左手と言えば『利腕』でディック・フランシス!」

「……天才現わる!」「もはや神の域!」「素晴らしい!」「電・磁・力!」「酒飲んでないと出ない発想だ!」「なんてアクロバティックな論法」「ミステリ的などんでん返し」「ミステリ読みたるもの、かくありたいものよ」「さすがサイコメトラーが主人公の最新刊『てのひらの記憶』が絶賛発売中のミステリ作家だけのことはある……」「電・磁・力!」「電・磁・力!」「ばんざーい」「ばんざーい」

 さりげなく宣伝を混ぜながら、ミステリ・ルートマップは大団円を迎えたのであった。よく考えたら「フレミングの左手の法則」そのものはミステリと何の関係もないんだが、小さいことは気にするな。

 そしていよいよ二班が結集しての読書会が始まるわけだが、それは後編で。

後編ここ

大矢博子(おおや ひろこ)。書評家。著書にドラゴンズ&リハビリエッセイ『脳天気にもホドがある。』(東洋経済新報社)、共著で『よりぬき読書相談室』シリーズ(本の雑誌社)などがある。大分県出身、名古屋市在住。現在CBCラジオで本の紹介コーナーに出演中。ツイッターアカウントは @ohyeah1101

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