全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは!

『SHERLOCK』ロケ地ガイドに引き続き、趣味に走った持ち込み企画でこのたび連載枠を頂きました! 題して【読んで、腐って、萌えつきて】、大好きなミステリを腐女子目線で味わう楽しさを皆様にお伝えできれば嬉しいです。どうぞよろしくお願いします。

 栄えある第一回目は、今や 『SHERLOCK』が天下統一の勢い、さらにタランティーノの新作『ジャンゴ 繋がれざる者』は西部劇……まさに機は熟した! と、この時期ぴったりな既刊シリーズ2冊、スティーヴ・ホッケンスミス『荒野のホームズ』『荒野のホームズ、西へ行く』を全身全霊でお勧めしたいと思います。

 舞台は1892年、モンタナの大西部。洪水で家族を失い二人きりとなった赤毛のアムリングマイヤー兄弟は、流れの日雇いカウボーイ。兄グスタフは通称“オールド・レッド”、弟のオットーは“ビッグ・レッド”。寡黙でシャイで老人並みに偏屈な兄と、あだ名のとおり長身でがっしり体型、でもずっと社交的で天真爛漫な弟…というキャラクターにワクワクしない(腐)女子がいるでしょうか! たとえ「イケメン」と書いていなくともそこが小説のいいところ!! もう好きなだけ盛って下さい(笑)。

 長編一作目『荒野のホームズ』では二人の生い立ちが語られます。子沢山の貧しい一家に長兄として生まれたグスタフは、幼い頃からカウボーイとして働き家計を助けます。一方末っ子のオットーは、家族の願いから一人だけ学校に通い事務職もこなした程のインテリ。兄弟の運命を変えたのは、カウボーイ仲間が二人をからかおうと引き合いに出した古雑誌の小説…それはドイルの『赤毛連盟』でした。探偵本人と捜査術の素晴らしさに兄グスタフは一瞬にして心を奪われ、自分も探偵を目指そうと決心。それからというもの、オットーは字が読めない兄のために何度も何度も読み聞かせます。こんな遠く離れた外国、しかも見渡す限り牛か馬しかいない西部のカウボーイが英国一の名探偵の熱烈なファン! なんと斬新で夢のある設定でしょうか!

 物語は、牛の群れに踏み殺された死体を片づけるところから始まります。2人が雇われカウボーイとして行った牧場には、英国から牧場主とその連れ数人がやって来ますが、働き手を必要としない時期の雇用や貴族の滞在理由など、謎だらけ。ひとくせもふたくせもある登場人物に囲まれ、やがて死体は2つに増えて…。

 かくして、本家ホームズの捜査方法に忠実に従う探偵役と、字の読めない相棒を手助けする記録役のコンビが誕生。ここで普通なら「な〜んだ、実の兄弟ならBLじゃないじゃん」となるところですが、そこは腐女子ワールドの可動域の広さ!<? イケメン兄弟が悪霊を倒す米TVシリーズ『スーパーナチュラル』というホラーアクションをご存じの方も多いと思います。そのドラマ内でアメリカ腐女子事情を垣間見ることができますが(*注)、兄弟だろうがなんだろうが男2人組がいる限り、国籍年齢に関わらず腐女子の妄想あり(笑)。

 その頃、英国はヴィクトリア朝。オスカー・ワイルドやラファエル前派が象徴する耽美な時代とは正反対の本書の舞台。誰もが銃を携帯している大西部、ましてや牛の大暴走などベイカー街ではけして起こりえない状況で、カウボーイとしての経験と知識を駆使し、グスタフは一途に“シャーロックする”のでした。正典と同じく書き手はオットーなので、その目線で、生まれて初めて兄と別れて心細くなったり、「俺にしかわからないウィンク」をされたりと、腐った目で読むとそれはそれは一大事なのですが、実は一番のポイントは何をも凌駕する兄のホームズ愛!!!

 文中、グスタフはシャーロック・ホームズのことを「あの人」と呼びます。正典をご存じの方ならすぐピンとくるように、本家ホームズが「あの人」と呼ぶのは…そう、アイリーン・アドラーです!! 当代きってのホームズ研究家でもある、訳者の日暮雅通さんに伺ったところ、本書の原文は The man 。正典で「あの女(ひと)」と呼ばれたアイリーンは The woman なので、作者のホッケンスミスはそんなところにも目配せを盛り込んでいたんですね。日暮さんも原書を読まれてすぐに The man ←→The woman とメモされたとのことです。

 兄弟ということでマイクロフトとシャーロックを連想する方もいらっしゃるでしょうし、ホームズ的主人公が敬愛する対象が、好敵手ではなくホームズその人という凝り具合もファンには大変興味深く楽しい設定だと思います。BBC版ではホームズの女嫌いとワトスンの女好きが強調されていましたが、女性の出番が少ない本書では、全裸どころか露出箇所皆無な服を着た女性が同じ部屋にいただけで硬直するという純情(?)な2人。そこらへんの会話の可笑しさも読みどころの一つです。

そしてもちろんキャラ設定だけに頼らず、西部劇の醍醐味も存分に堪能できます。男気満点のカウボーイ魂が炸裂した殴り合いや、銃が掟だ!とばかりに強引にカタを付けられそうになったりと、臨場感溢れるアクションシーンが満載。しかし肝心の推理劇も忘れてはいません。なんとクライマックスは容疑者一同を集めての謎解き!!! 

 このように、推理物であり、アクション物であり、なおかつBL要素も濃厚(と思える人限定)な、いろんな意味で最高に楽しめる読み物です! 続く長編2作目『荒野のホームズ、西へ行く』では、遂に念願の探偵職についた2人の活躍が描かれます。ここまで読んで下さった方はもうアムリングマイヤー兄弟の虜のはずですので(笑)、詳しくは読んでからのお楽しみにして頂きますが、ちょっとだけ。冒頭、列車のデッキで思い切り吐くグスタフの背中をさするオットーという兄弟愛シーン(笑)で幕を開けます。今度は2人にちょっかいを出すアイリーン・アドラー的女性も出てきて、列車酔いで苦しむグスタフは二重の苦労を強いられながらも、ひたすら“シャーロックする”ことに専念しようとしますが…。1作目の西部劇要素に加えて、冒険活劇のスピリット満載な2作目。『007 スカイフォール』でもありましたが、列車アクションはいつの時代もワクワクしますよね! 筆者のイメージとしては、『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』から『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』に移ったような感じとでも申しましょうか。どちらも甲乙つけがたいほどの面白さは保証します! 最後に腐女子の方向けに小さい声で言いますが、なんとオットーがグスタフをお姫様だっこ(半魚人持ちとも言う)する場面もあります(!)。1作目、2作目ともども、ぜひ皆様、読んでみてください! そして続編が出るよう、早川書房に熱いラブコールをお願いします!

(注)自分たちの一挙一動がシリーズ小説として出回っていたことに気付いた主役兄弟が、その作者に会いに行き…というメタ展開のエピソード。ネット上での腐女子の盛り上がり(シーズン4、18話)とか、二次創作に打ち込む腐女子代表の生態(シーズン5、1話)などが描かれていて非常に興味深いです(笑)。

♪akira

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  BBC版シャーロックではレストレードのファン。『柳下毅一郎の皆殺し映画通信』でスットコ映画レビューを書かせてもらってます。トヨザキ社長の書評王ブログ『書評王の島』にて「愛と哀しみのスットコ映画」を超不定期に連載中。

 Twitterアカウントは @suttokobucho

当サイト掲載 【特別寄稿】SHERLOCK聖地巡礼ガイド(執筆者・♪akira)前篇

当サイト掲載 【特別寄稿】SHERLOCK聖地巡礼ガイド(執筆者・♪akira)後篇

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