全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは!

 少しずつ秋の風を感じる今日この頃、ちょっと寂しい気分に浸る余裕が出来たかも…ということで、今回はアーバン・ウェイト『生、なお恐るべし』(新潮文庫)をご紹介します。

 主人公のフィル・ハントは、シアトル郊外の小さな牧場で妻と二人、馬の飼育で生計を立てています。実は彼は若い頃、老商店主を殺害し、服役したという消せない過去の持ち主。シャバに出てきても当然職は無く、酒浸りになっていたところ、メキシコ人のエディと知り合いになり、借金の取り立てやら麻薬の運び屋など胡散臭い仕事を請け負うことに。そんな生活を20年も続けながら常に後悔に苛まれ、人生にリセットが効かないことを痛感している激渋野郎。

 ある日久々の大仕事が舞い込み、エディが連れてきた出所したての若僧と大量の麻薬を運ぶことになりますが、カナダ国境近くの山中での取引を地元の保安官補に目撃されてしまいます。乗馬の名手であるフィルは逃げおおせたものの、雪深い山、おまけに乗馬に不慣れな若僧はあっさり捕まるはめに。奴がしゃべったら取引はおろか、クライアントにも逮捕の手が伸びる…と、焦るエディですが、フィルは自分だけが逃げたことをひたすら悔やみます。

 若僧を逮捕したのは保安官補のボビー。実は彼も辛い人生を送っていました。保安官だった父親が現職時に麻薬の取引に関わり、現在も服役中。それで大学生活もあきらめ、父の名誉挽回をすべく同じ保安官としての道を歩むという、なんともやるせない業の背負いっぷり。父の犯罪が生活のためとわかってはいたものの、やはり許せない。しかし逃亡したフィルと父親がほぼ同年代、そして同時期に仕事をしていた商売敵だったと知り、妙な親近感を覚えます。これ以上罪を犯させたくないとばかりに、まわりの冷たい視線も気にせず、「俺が捕まえねば!」とがむしゃらに突っ走るボビー。

 そこに現れるのが「調理師」と呼ばれるブロンドの殺し屋グレイディ。その名の通り、仕留めた獲物を鮮やかなナイフ捌きで解体するのが趣味という危険人物で、取引の黒幕である弁護士から依頼を受け、フィルを殺しに向かいます。実はこの男、結果オーライが信条。ヘロインの密輸に人間コンテナーとして使われたアジア人を、生きて引き渡すはずが、どうせ相手が欲しいのは中身だからということで勝手に処理してしまうという鬼畜。さらに証拠隠滅にはやはり爆破、とそこらへんは抜かりがありません。もちろん、邪魔する奴には容赦ない攻撃。この小説、けっこう全編に残虐描写がちりばめられているのですが、中でもグレイディがじわじわと獲物をいたぶるくだりはサイコ感炸裂。この3人が主軸となって、死体の山を後に残しながらの追跡劇が繰り広げられます。

 有名な所では銭形のとっつぁんとルパン三世、もしくは映画『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』のトム・ハンクスとディカプリオ、最近ではTV『ホワイトカラー』のFBIピーターと詐欺師ニールの関係のように、

 元来敵同士で追う者と追われる者の立場だったのが、いつのまにか追うことが任務以上、てかどう考えても好きで追ってるんじゃね? 

 みたいな、微妙にスリリングな腐展開がこの作品でも見られるわけですよ! しかもそれが、警官(30歳、もと運動部)と、殺し屋(ブロンド、神経質そう、多分30代)が、主人公(54歳、アウトドアタイプ、しかもハンサムで引き締まった顔<原文ママ)を取り合うという、大変好ましい三角関係(?)が読みどころになっております。本書中には他にも、グレイディにフィルの居場所を聞かれたエディが、「(殺すなら)長引かせないでやってくれ」と頼んだり、グレイディがある人物を殺す際、「人を殺して辛かったのは初めて」と、人間らしい感情を表すシーンなどもあったりして、腐女子心をくすぐることうけあいです!

 そしてクライマックスは、雪深い山中での激しい銃撃戦! フィルが選ぶのはボビーかグレイディか?  ……じゃなくて、果たしてフィルは生き延びることが出来るのか? ボビーはフィルを助けられるのか? そしてグレイディは? 手に汗握る展開をお楽しみください。ラストの余韻も心に残ります。

 しかしこの著者、こんな渋い作品を書いていながら、なんと1980年生まれ! 次作の『訣別のトリガー』も最近めでたく邦訳が出ましたが、こっちも主人公がやはり50代という……たそがれ世代に憧れがあるんでしょうか。今後も期待できます(笑)。ちなみに『訣別のトリガー』は映画化が決まったそうです。元殺し屋の主人公は、敵の報復による交通事故で妻を失い、同乗していた一人息子には重い障害が。仲の良いいとこ(男←ここ重要)の人生も狂わせてしまったが、家族を守るためにもまだこの仕事から足を洗えないという、前作同様「しがらみノワール」とでも呼びたい渋いテイストの物語です。誰が演じるのか楽しみですね!

 さて、ここまで読んで頂いて、これ、寂しい話なのかなあ…と思ったあなた、正解です! 実はこの小説の中で、ダイレクトに「寂しい」と書いてある箇所があるのですが、それはなんと、保安官補ボビーの頭髪!!! ざっと再読して気が付いただけでも、「薄くなりかけた」とか、四ヶ所で言及してありました…。ちなみに著者近影は髪の毛フサフサに見えるんですけど、いったいなぜ(笑)。

♪akira

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  BBC版シャーロックではレストレードのファン。『柳下毅一郎の皆殺し映画通信』でスットコ映画レビューを書かせてもらってます。トヨザキ社長の書評王ブログ『書評王の島』にて「愛と哀しみのスットコ映画」を超不定期に連載中。

 Twitterアカウントは @suttokobucho

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