『三秒間の死角』という本があることを知ってほしい。そしてあなたも読んでほしい。

 これほど、たくさんの受け継がれたバトンの存在を感じる本を、私は知らない。

 遠く北欧はスウェーデンから日本の書店に並ぶまでの間、バトンは途中で何度も落とされそうになり、見過ごされそうになった。しかしそれでもバトンリレーは続いた。今度は作品のファンとなった読者たちが拾い上げ、次のひとに渡そうとしている。

 そのバトンを受け取るのは、あなただ。あなただ。あなただ。

 お久しぶりです、あるいははじめまして、猫谷書店です。以前こちらのサイトで「『死刑囚』売り上げ100冊できるかなっ?」という記事を書き、『死刑囚』を勤務先の本屋にて仕掛け販売を実施した、本屋に勤める従業員です。

 先日の翻訳ミステリー大賞の授賞式、事務局のみなさま、ご参加のみなさま、お疲れさまでした。とても素晴らしい会となったようで、興奮がひしひしと伝わってきます。

 大賞に選ばれたスティーヴン・キング『11/22/63』(白石朗訳、文藝春秋)、おめでとうございます! 私も大好きです(ルートビアを箱買いしました)。

 閑話休題、本題に入りましょう。

 さて、以前私が仕掛け販売を試みた『死刑囚』は、日本での刊行順における『三秒間の死角』の前作に当たります。だから、というだけではないのですが、再び、もしかしたら最後となる登場を果たすべく、参上した次第でございます。

 本が売れない。実際、数字は下がっているし、出版不況はもはや常態化しつつあります。

 売れなければ会社は潰れる。これまでなら出版できた本が、世に出なくなる。

 とりわけ翻訳小説は、海外への憧れや関心が薄れ、「言語や文化、人名の違い」を壁と感じる人が多くなった今の時代、もっとも苦境に立たされている部門となってしまいました。

 まさにそんな過酷な状況に翻弄され、日本での刊行が危ぶまれた本があります。シリーズ最高傑作と謳われ、本国では最優秀犯罪小説賞を、英国でも高く評価されCWAを受賞した作品が、日本では版元の倒産という憂き目に遭い、あわや日本の読者に読まれない事態となるところだったのです。

 その本こそ、アンデシュ・ルースルンド&ベリエ・ヘルストレム著、『三秒間の死角』(ヘレンハルメ美穂訳、角川文庫)です。

 今こそ、邦題がつけられ、はっとするほど美しくてしかも親しみやすい文体で翻訳された文庫本となり、入手することができるようになりました。

 この本が刊行されるまでどれほどの苦労があったかは想像することしかできませんが、すべては、倒産した版元 から企画を引き抜き、持ち込んだ編集者の不屈の精神と、翻訳者の熱意、そして企画を受け入れ実現した出版社の厚意のおかげなのです。

 しかし残念なことに、不運は続いてしまいます。発売日が10月25日、各種年間ミステリランキングの対象日にぎりぎり組み込まれてしまう上に、投票締切りまで残すところあと数日という、売り出すには分が悪すぎるタイミングでの刊行でした。

 出版部数が少なく、大型書店に行かなければ買えないことの多い翻訳小説において、年間ランキングの上位に入れるか否かというのは、かなり重要なことです。

 裏では諸々の事情があったのでしょうし、ただの部外者のわがままになりますが、刊行があと一ヶ月早ければもう少し多くの投票者に読まれただろうし、あと一週間遅ければ丸一年間の余裕があったのだけれど……結局、主要ランキングでは下の方にちらりと名前が載る程度の扱いとなってしまいました。

 ところが、『三秒間の死角』のバトンリレーはまだ続きます。先日4月19日に開催された翻訳ミステリー大賞授賞式&コンベンションにおいて、一般読者の投票によって決定される「第2回翻訳ミステリー読者賞」に『三秒間の死角』が選ばれたのです! 詳しくはこちらをお読み下さい。

 しかし「よかったね」だけで終わりにしてはいけません。

 みなさんご存じの通り、どんなに良い本でも、どんなに裏方の血のにじむような努力があろうとも、売れなければどうしようもないのです。

 さて、私の仕事は何でしょう……はい、本屋に勤めているスタッフです。本屋は本を売るのがお仕事ですね。しかも私ってば担当が文庫なんですよ。

 これはもう俺、仕掛け販売するしかないでしょう!! おおよ、任せろ!!!

 これは同情か? 不遇な目に遭ってれば本を売りたくなるのか?

 もちろんそんなわけございません。こちらも商売ですから、売った後のことも考えます。

「この店のおすすめは信用できない」と思われてはいけません。売り場を任されている以上、本への同情だけでお客様との信頼を崩すわけにはいかぬのです。けれど『三秒間の死角』は間違いなく面白い。多くのお客様に喜んでいただける自信があります。

『三秒間の死角』のどこが面白いのか、ご案内いたしましょう。

『三秒間の死角』には、ふたりの主人公がいる。

 ひとりは、麻薬密売組織を内部から壊滅させるために極秘の潜入捜査を任じられた男、ピート・ホフマン。彼が身分を装って組織に潜入している最中、買い手として現れた男が別の潜入捜査官だと判明し、ホフマンの制止もむなしく男は組織の人間に殺されてしまう。

 潜入捜査が見破られれば己も死ぬ。しかし、更に踏み込んだ危険な任務を遂行しなければならない。ホフマンにはかけがえのない家族がおり、絶対に失敗できない。

 もうひとりの主人公は、その事件の担当となった警部、エーヴェルト・グレーンス。シリーズの主人公でもあり、偏狭で人間嫌いではあるが、心に傷を負い、犯罪に対しては己の論理を曲げない「決して諦めない男」と評されている。

 エーヴェルトはホフマンが潜入捜査官であることを知らず、彼を凶悪な犯罪者と認識して捜査を進めてしまう。

 ホフマンが組織に見破られないよう布石を打った偽装が完璧であるほど、警察に追い詰められる。エーヴェルトが捜査を進めれば進めるほど、ホフマンの脅威となる。

 それでもホフマンは最後にして最難関の任務を果たすべく、刑務所へ潜入し、ある計画を実行に移すが……

 この潜入捜査官ホフマンがものすごくいいキャラクターなのですよ。正規の警察官ではなく、すねに傷も持っているけれど、奥さんとの出会いもじんとするし、息子を愛する、普通の良いパパなんです。だからこそ、つらい。絶対助かって欲しいと願ってしまう。

 元々エーヴェルトが好きなんですけど、今回ばかりはエーヴェルトを止めたくなりましたね……

 それに真相がわかったとき、絶対エーヴェルトは苦悩するだろう、とわかるんですよ(前作までのシリーズを読んでいなくても、大丈夫! 偏屈で不器用すぎる性格のエーヴェルトが実はすごく正義感が強くて優しいひとだとわかるように、ちゃんと書かれているので)。

 だからもうむちゃくちゃに ハラハラする。中盤は息ができなくなるくらいに心拍数が上がるし、終盤はもう座って読んでられない! そして読後は……感無量。

 あとね、刑務所に潜入するための技の数々がすごいんですよ。目から鱗ボロボロ。

 素晴らしいエンターテイメント小説です。まじで面白いから読めって。

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 ところで、この記事を読んで下さっている方々の中に、書店勤務の方はいらっしゃいませんか?あるいは、知人が書店員だよ、という方。

『三秒間の死角』をあなたも推してみませんか。

 何十冊売ろうとかしなくても、平積み+POPだけでも!

「文庫担当に口出しできない……」という方は、ここに名古屋読書会でご活躍されている加藤篁さんが作って下さった超素敵なフライヤーがあるので、これをプリントアウトして店頭配布して下さってもいいと思います!

20140423120552.png 2014大賞・読者賞フライヤー.pdf 直

(ダウンロードの際は右側の矢印をクリックして保存してください)

 今回は『三秒間の死角』について書いてますけど、本当はもっといろんな翻訳小説を売っていきたい。本屋大賞だって、翻訳小説部門の企画を来年も存続させてほしいですし!

 翻訳小説に興味がなかったひとも、ぜひぜひこれを機に読んでみて下さい。「売れる商品だけを売る」とパイはどんどん狭くなります。右も左も同じような本ばかりじゃつまらない。小さな芽を大切に育てなければならない時代なんだと思います。

 正直、『死刑囚』の時は様々な要素が重なって無事100冊以上販売することができましたが、今回も同じことができる自信はありません。

 でも推したい気持ちは何倍も強い! 傍観しているのは嫌なんです。私の手は小さいですが、ひとつひとつ目の前のできることをやっていきたい。

 そして、その小さな手がたくさん集まれば、もっと大きな力になります。

 今後、「この翻訳小説を仕掛けてますよ!」という書店スタッフの声がばんばん出てくることを願って。

 これからも「良いものは言語や文化の壁を超えて良い」と主張し続けていきたいです。

 バトンはまだまだ引き継がれていきます。次はあなたのもとへ!

猫谷書店(ねこやしょてん)

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翻訳小説、特にミステリーが主食の本屋店員。最近ぎっくり腰が再発しかけています。ぎっくり腰なキャラクターが登場する翻訳ミステリーって何かありましたっけ……。

【『三秒間の死角』キンドル版】



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