マライは見た!
第六回翻訳ミステリー大賞授賞式&コンベンション
敢えて踏み込んだ所見や裏話など

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 こんにちは。ドイツ人のマライです。

 先日の翻訳ミステリー大賞授賞式&コンベンション(4/25)では、いろいろと皆様にお世話になりました。

 先日、ドイツ大使館の文化サイトに当日のレポートを書きました(【翻訳ミステリ最新動向!〜第6回翻訳ミステリー大賞コンベンション参戦記〜】 )……しかし当然ながら、一般向けの記事で深々度なアレコレを述べるわけにもいかず、今回、こちらのほうに書かせていただく次第です。

(写真上:© 永友啓美)

●1「全然覚えてないんだよなー」のココロ!

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 恒例! 開票前の七福神鼎談にて。

 杉江松恋氏:「えー、2013/11のトコで『三秒間の死角』を1位に入れてらっしゃいますが、ポイントはどのへんでしょう?」

 北上次郎氏:「全然覚えてないんだよなー」(一座爆笑)

 ……と、見事なツカミの北上氏。これは「老人力」の発露なのか! という説も一部にありましたが、その後のマーク・グリーニーに対するもどかしさの発露の内容からみて、とてもじゃないけど単に忘れっぽくなった人には見えません。

(写真上:© 永友啓美)

 そこで単純論理を超えて気づいたのが、北上さんが愛してやまない冒険小説、これのまとまった メディア的受け皿が実は今存在しないのではないか? ということです。ハヤカワ文庫でいうと、HM系はミステリマガジンが、SF系はSFマガジンが定番的な「本拠地」だけど、NV系はどこに行けばいいのよ? という話ですね。

 うーむ、北上さんは意外とアウェイな環境でいつも戦っているのかもしれない……

(↑※個人の感想です)

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 だから『三秒間の死角』については、プロの書評家として自信を持って推したけど、決して自分の血肉になったわけではないんですよ……という重要なサムシングがあって、それが化学反応や脳内関数によって変換、昇華した最終結果が「全然覚えてないんだよなー」というコトバなのでは? と思ったりしました。

(↑※あくまで個人の感想です)

(写真右:北上次郎氏/事務局)

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 冒険小説はミリタリー誌の書評コーナーで取り上げられる例がありますけど、スプリングボードとしてそれで充分かといえばたぶん微妙だ……。翻訳ミステリー大賞の根本路線に影響する話ではないにしても、何かいい突破口はないのかなー、と考える今日このごろです。

(写真左 ©Marei Mentlein)

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(当日会場で配布した「七福神選出作品一覧(2013年11月度〜2014年10月度)

●2 燃えよ場外乱闘! のココロ

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 今回、最高にインプレッシヴだった場面は? とアンケートを取れば、たぶん間違いなく「杉江松恋氏のニック・ハーカウェイ推し演説!」という回答が圧倒的でしょう。あの瞬間ツイッターもそれで埋まってましたし(笑)

(現場にいらっしゃらなかった方のための補足:ビブリオバトルでハーカウェイの近刊『エンジェルメイカー』を紹介する予定だった早川書房の編集者さんが来れなくなったため、急遽、杉江松恋氏が登壇。しかし松恋氏は『エンジェルメイカー』未読だそうな。一体どうするのか? 議場の注目が彼に注がれた!)

(写真上:© 永友啓美)

 ……結果、杉江松恋氏の演説は反則負けでビブリオバトルの評価対象外となりました。が、彼の萌えて燃えまくるパフォーマンスが聴衆を圧倒し魅了したのは事実。まさに「記憶が記録を凌駕した」名場面と申せましょう。

 ミステリ界で認知度の低いハーカウェイの、しかも未読書を魅力的に紹介しろという、そもそも論理的におかしい要件を120%成し遂げたのが凄いです。「あれを見ただけでも遠くから来た甲斐があった!」という参加者の声を聞きましたが、確かにそういう特別なひとときでした。

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 それにしても、何が杉江松恋氏をあそこまで突き動かしたのか?

「アクシデントを場の盛り上げに転化する」という、主催者としてのサービス意識もあったでしょう。しかしおそらくそれだけではない。あのパフォーマンスの奥底には、もっと確信犯的で深い伝道意識があったに違いない! というのが、当方、ドイツミステリ参謀本部の結論です。

 その意識の核心は一体何か? 餃子屋さん懇親会の場での取材などから得た情報を総合すると、それは、「ホンモノのおバカっぷりとホンモノの知性の並立・融合、そういう知的愉悦があってもいいじゃないか!」という魂の叫びであるように思われます。ニック・ハーカウェイという作家はこの精神的ベクトルを体現した作家であり、今のわが国読書界における彼への無理解はもったいない。俺は吼えるぞ! もし必要ならば脱ぐぞ! だからみんな読んでみてね、という思いがそこに感じられます。

 つまり、元来的なローカルルールを上回る文化発動マインドがあったゆえ杉江松恋氏は「反則負け上等!」の気概で登壇したわけで、ビジュアル的にはズバリこんな状況です。

 これが、あの瞬間リングサイドで我々が目にした「熱気」の本質です。

(写真右:ビブリオバトル表彰式/ ©Marei Mentlein)

 もちろん誰もが論理的に理解・納得できるものじゃないかもしれない。だけど皆のココロに何かが残る、という超伝道術……すごすぎるぞこれは!

●3 ミステリ読書マインド普及のためには? のココロ

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(写真上2枚 ©Marei Mentlein)

 今回、私自身は小部屋企画、「マライが行く! 世界ミステリ見聞録〜北欧:瑞典を読み解く!〜」を担当させていただきました。

 この企画の狙いは、上記YGレポート記事にも書いたように「ミステリ読者の皆様に、リアル舞台背景のビジュアルや空気感、生活感といったものをご紹介し、比較文化的な知的好奇心を刺激できればいいな」という点にあります。

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 ある文化ジャンルの拡充発展を考える際——

  • ジャンル外の人を、内部に取り込む
  • ジャンル内の人に、外向きな視座を持ってもらう

 ——という2種類の流れが存在すると思います。今回の私の企画は、直接的にはその後者に該当します。

なので、ミステリ原理主義的にひたすらギミックの追究を行うタイプの人よりも、知的好奇心の外部コネクタを複数持っているタイプの人向けのイベントになったのではないかなー、と思う次第で、そういう皆様に楽しんでいただけたのであれば幸いです。

(写真右 ©Marei Mentlein)

 知的好奇心のレンジが広い人は、ジャンル極め系の人よりも、「異ジャンルの企画に顔を出す」可能性が高いと思うのですよ。たとえば大使館の文化イベントに遊びに行ったりとか。その立食パーティタイム(大使館イベントだと絶対ありがち)とかで、文化的雑談になった際に……

「そういえば北欧って、寒期に道路に滑り止めの砂をまくから、春先は埃っぽくてけっこう大変なんですってねー」

「へええ、そんなのよくご存知ですね。スウェーデンに行ったことがあるんですか?」

「いえ、まだ行ったことないですけど、北欧ミステリの紹介イベントに行ったときに、そういう話を聞いて……」

 ……という流れになれば、「北欧ミステリ? What?」もしくは「北欧ミステリ! Oh!」という起点から、外部の人をハッピーな形でこっちの世界に誘うことが出来るかもしれない。

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 と、そんな双利的な文化拡充のきっかけのタネをまくお手伝いが出来れば嬉しいし、やっているほうも楽しい! これが今回企画のマインドです。ありがたいことに、趣旨を理解していただいた上で「楽しかった!」との感想をけっこう頂いたので、今後も継続的に頑張りたいと思います。

 とはいっても、定型をひたすら繰り返すだけでは、いまどき商売になりません。たとえば今回の北欧部屋の成功は、スウェーデン大使館のアダム・ベイェさんのキャラあってこそ! という認識なので、いかにプラスアルファ的な要素を基本内容に絡めるか、常に意識しながら展開したいと考えています。

(写真上:スウェーデン大使館のアダム・ベイェさん/事務局)

 ……ちなみにベイェさん、今回、上記の文化的「二の矢」となるはずのスウェーデン大使館の配布用文化・観光パンフレットやフライヤーのたぐいを、持参する途中で代々木公園に置き忘れてしまうという痛恨事があったそうで、大変残念がっておられました。ひょっとして、あらためてこの場でも別途その案内をする機会があるかもしれませんので、どうぞよろしくお願い致します^^

■まとめ■

 私が担当した北欧部屋が、いうなれば「非・極め系」の可能性を追究したものだったのに対し、たとえば同時に展開していたハードボイルド部屋では、おそらく「極め系」の濃厚さが満開だったに違いない。

 といってもそれは決して体系的な知識の羅列の場ではない。杉江松恋氏と永嶋俊一郎氏、この両者の「魔境をあたかも桃源郷のように見せてしまう」言霊マジックあってこその文化的味わいであり、価値なのだ……

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(写真:ハードボイルド部屋、下:フランスミステリの小部屋/事務局)

 ということで翻訳ミステリー大賞コンベンション、業界的な価値観の年次総決算であるとともに、いかに翻訳ミステリをお題にした「一芸」を展開するか、という面が多層にわたって問われる場になっていたように思います。俺得な瞬間を見つけて&つくりだして満喫するセルフプロデュース性が大事、といえるかもしれません(笑)

 そういう意味でも今回は充実していて良かったかなと。

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 懇親会で大いに話題となった「趣味業界の裾野をいかに広げるか?」というテーマについて。個人的には、各地域での読書会をどういう方向で充実させるか、がひとつのカギとなるように思います。内輪の盛り上がりを基本としながらも、外部からのお客さんが入ってきたとき、いかに疎外感なく楽しんでもらえるかという点ですね。

 まずは外向的なキャラの常連さんがうまく立ち回るといいんですよねー、などと言っているばかりでは始まらない。実際向いているかどうかはわかりませんが、ドイツ系のお題を中心に、機会があれば私もぜひそういうお手伝いをしたいと思います。

(写真:懇親会風景/事務局)

 あ、最後になりますが、今回、宿泊形式でなく単独日開催にしたことによるデメリットは、個人的にはあまり感じませんでした。成功ではないでしょうか?

 ということで関係者の皆様、特に、北欧部屋の企画運営でお世話になった杉江様、小塚様、若林様、宮澤様、佐々木様、本当にありがとうございました。この場をお借りしまして、改めて御礼申し上げます。

(2015.05.09 マライ・メントライン&神島大輔)

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(写真上:会場案内/事務局)

マライ・メントライン(Marei Mentlein)

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 ドイツ最北部、Uボート基地の町キール出身。実家から半日で『ヴァランダー警部』シリーズの舞台、イースタに行けるのに気づいたことをきっかけにミステリ業界に入る。ドイツミステリ案内人として紹介される場合が多いが、自国の身贔屓はしない主義。猫を飼っているので猫ラブ人間と思われがちだが、実はもともと犬ラブ・牛ラブ人間。

 ツイッターアカウントは @marei_de_pon

神島 大輔(かみしま だいすけ)

 無芸大食・賞罰無し。

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