全3回/その3 第14回『シャイニング』

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大矢:さて溜め込んでたレポもついにこれで最後ですね。片桐くん、よろしく!

片桐:6月20日に開催された第14回名古屋読書会の課題作は、スティーヴン・キングの『シャイニング』でした。『ウィンブルドン』の主人公の名前がキングだったから……ではなく、ちょうど続編の『ドクター・スリープ』も出るし、というのが大きな理由ですね。

大矢:ゲストは『ドクター・スリープ』を翻訳された白石朗さんと、文藝春秋の担当編集者・永嶋俊一郎さん。「白石女子」と呼ばれる白石ファンたちが目をキラキラさせておりました。けれど白石のいるところには永嶋あり。白石女子たちの目を幻惑するその双子っぷりは健在です。てか、ここまで似てるならどっちでもいいんじゃないかと思うが、白石女子に言わせるとそんなことはないんだそうだ。

片桐:ではあらすじを。コロラド山のリゾートホテル、オーバールック。冬になるとこのホテルは雪に包まれ、外部と行き来ができなくなるため、休業期間となってしまいます。ここにやって来たのが、冬の間管理人として働きつつ、カンヅメになって戯曲を書き上げようという元教師ジャック・トランス。それからその妻ウェンディ、息子のダニーのトランス一家です。しかし彼らを待ち受けていたのは、ホテルに蠢く悪霊どもが引き起こす、身も凍るような超自然的恐怖でした——。

大矢:この課題図書を発表するなり「怖いの?」「怖いのダメだよ読めないよ」「だって怖いから!」と一部の常連組の腰が引けまくり。これまでほぼ皆勤だったメンバーまでも「怖いから」という理由で出席を断念するという事態に! 残虐な死体は平気なくせに幽霊は怖いのかオマエら。その分、遠方から熱心なキングファンや読書会初めてという人の参加も多く見られました。てかさ、怖いって、たぶん映画の印象だよね?

片桐スタンリー・キューブリックによる映画も有名な本作。自然と感想は映画との違いが中心となりました。「映画のほうが怖くない?」「映画はとても怖かったけど、小説の方はそれほど怖くなかった」「小説も上巻はバスタブの幽霊やらが怖かったけど、下巻はそうでもなかったよ」など、映画と比べるとあまり怖くないという方が多かったようです。和ホラーに慣れた参加者からは「ホテルの悪霊、ぶっちゃけ弱くね?」「肉弾戦ができると怖さ薄れるよね」なんて意見も飛び出しました。

大矢:うん、和ホラーとはあきらかに怖がらせ方が違う。永嶋さんは××から紙吹雪が出る場面が怖かったって言ってたけど、あたしは同じ箇所で、北島三郎が浮かんで仕方なかったもん。だって紙吹雪だよ? めでたくない? ……それほどまでに怖さのツボって違うのね、と思った一件でした。

片桐:怖かったという感想の中でも、「ホラーの怖さというより、人間の心の方が怖い」という意見が多くみられました。これについては、「ゴシック・ホラーは超自然の恐怖を描くけど、キングに代表されるモダン・ホラーは現代人の心理描写など普通小説的な要素を入れたうえで、そこにひそむ恐怖を描くことが多い」という永嶋さんの解説が腑に落ちるものだったのではないでしょうか。超自然的要素はあくまで呼び水、ということですね。

大矢ゴシックってのはそもそも空間を描く文学なんです。エミリ・ブロンテの『嵐が丘』にしろブラム・ストーカーの『ドラキュラ』にしろヴィクトリア・ホルトの『流砂』にしろ、ゴシック小説はまずはいわくのある館や古城が必須だもん。だから本書の場合、幽霊ホテルという設定はゴシックホラーを踏襲しているのね。でもそこに「社会病理」というモダンホラーのモチーフを持ち込んだ、というところに面白味があるわけ。

片桐:「人間の心の怖さ」といえば、なんといっても一家の父ジャック・トランスです。一見良き父に見えながらも、酔った勢いで我が子ダニーの腕を折るような激情家の側面も持っているジャック。彼については、「ちょっと承認欲求が満たされてないだけのおじさん」という比較的好意的な評もあれば、「いや最初からわりと嫌なやつだったよね?」「なんかいいお父さん演じようとしてるみたい」など散々に言われることもありました。いずれにしろ、心の弱さを抱えた彼がホテルの悪霊に惑わされるシーンは、作中でも印象的な場面だといえるでしょう。

 彼の性格については、「そういえばこの小説って、売れなかった頃のキングの実体験がちょっと反映されてるんだっけ」「人に頭を下げる描写が真に迫ってるのはそれでか!」「息子にキレそうになった自分に驚いて『シャイニング』書いたってどっかで読んだ覚えある」「ああ、それで息子のジョー・ヒル・キングに献辞が……」など、ちょっとヒドい感想が飛び出したりも。

 もう一人の重要キャラ、息子ダニーに関しても、いろいろな感想がありました。「ちょっとこの5歳児賢すぎない?」「確かにこの年の男児なんてカブトムシのことしか考えてないし」「いやでもさ、この子テレパシーとか持ってるわけじゃん。その分人生経験が豊富なわけ」「なるほどなー」「そういやダニーにいろいろ教えてくれるトニーってなんなの? 他人には見えないんだよね?」「水子の兄だと思ったさ」「イマジナリーフレンドってやつじゃね」「成長した自分、とか」などなど。

大矢:……いつも思うんだけどさ、ホント言いたい放題だよねこの読書会。どんな小説であっても、登場人物を「会社の隣の部署の人」くらいの距離感で話すよね?

片桐:個人的に一番印象深かったのは「ウェンディが夫のことで悩むシーンが発言○町(主婦の悩み相談サイト)みたいでちょっと笑ってしまった」というひとことでした。「『何度言っても夫がお酒をやめてくれません(泣)実家とはトラブルがあって頼れないんですが、私はどうすればいいんでしょう?』みたいな相談ありそう」「そうそう」「『夫が息子の腕を折りました……もう我慢の限界です!』」「完全に○町だわ」という一連の流れはいたく心に残っております。

大矢:そしてトピ主さんが逆に叩かれるパターンね。「まずはあなたが経済的に自立することが必要です」「DV夫か実家の二択って何? 働けよ自分で」って炎上必至。でも考えてみたら、これ77年の作品なのよ。当時のヒロインとしては普通の設定だったとも言えますね。

片桐:話の構造や演出についても何点か。「序盤に出てきたスズメバチの巣が悪霊の集うホテルのメタファーになっている」、永嶋さんがおっしゃっていた「終盤読者とダニーがシンクロした状態で、伏線が開示されるのが非常に上手い」という指摘が興味深いものでした。キングは細かい描写を書き込む作家というイメージがありますが、それだけではなく、こういうきちんとした仕事が名作を生んでいるわけですね。キングの作品全体を見た場合、「光(シャイニング)と闇の戦いという要素が前面に押し出されていて、ターニングポイント的な作品」という意見もありました。言われてみれば閉鎖環境要素なんかも、この後『クージョ』やら『ミザリー』やらに受け継がれていく、といえるのかもしれません。

大矢:みなさん、読みました? こういう分析は、大矢がレポを担当していた時代には1ミクロンもなかった部分ですよ! これからのレポは期待していいよ!

片桐:恒例の「次に読む一冊」は、キング作品では『ザ・スタンド』『ミザリー』、〈超能力を持つ子ども〉系の『ファイアスターター』など。もちろん続編の『ドクター・スリープ』も挙がりました。他には屋敷ものでシャーリイ・ジャクスンの『丘の屋敷』、ルース・レンデル『ロウフィールド館の惨劇』。ゴーストホラーでは小野不由美『悪夢の棲む家』など。「寒いところで嫌なことが起こる」つながりでアーナルデュル・インドリダソン『湿地』も挙がりました。

大矢:「寒いところで嫌なことが起こる」って、ざっくりしてんなあ! 北欧ミステリはたいがいそうだし、『マッチ売りの少女』だって『南極物語』だって入るじゃないか。

 さて最後に。二次会では、「白石さんと写真撮りたいけどお願いするの恥ずかしい」「じゃあみんなで撮ろうよ」「あ、あたし撮ったげるよケータイ貸して?」「はい並んで並んで〜、いくよ〜、はいチーズ」と言いつつ、周囲を上手にカットして白石さんと白石女子だけのツーショットにするという、学園のアイドルに憧れる女子高校生のような微笑ましい場面があったことを紹介して大矢は退場いたします。長らくのおつきあいありがとうございました。次回から、片桐くんをよろしくお願いいたします。

 あ、告知は今まで通り私がやるよ。次は『ゲルマニア』読書会の告知で会うよ。意外とすぐだよ!

大矢 博子(おおや ひろこ)

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書評家。著書にドラゴンズ&リハビリエッセイ『脳天気にもホドがある。』(東洋経済新報社)、『読み出したら止まらない! 女子ミステリー マストリード100』(日経文芸文庫)、共著で『よりぬき読書相談室』シリーズ(本の雑誌社)などがある。大分県出身、名古屋市在住。現在CBCラジオで本の紹介コーナーに出演中。ツイッターアカウントは @ohyeah1101

片桐 翔造(かたぎり しょうぞう)

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ミステリやSFを読む。『サンリオSF文庫総解説』(本の雑誌社)、《SFマガジン》(早川書房)「ハヤカワ文庫SF総解説」に執筆参加。たまに書評同人を作る。名古屋市在住。

ツイッターアカウント: @gern(ゲルン@読む機械)

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