2015年末から中国国内で上映され、2016年1月11日の時点で売上が6.5億元を突破したサスペンスコメディ映画『唐人街探案』は俳優の陳思誠が『北京愛情故事』(北京ラブストーリー)の次に制作した2作目となる監督作品ということもあり公開前から話題性抜群でしたが、公開後にも主にスキャンダルの面で話題に事欠いておりません。

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 まずは年明け早々に、同時期に上映されている映画『悪棍天使』を『唐人街探案』と比較してけなす“非公式”なポスターが出回ったり、以前から陳思誠とは犬猿の仲である脚本家・李亜玲が陳思誠の創作方法を暴露して陳思誠が彼女を名誉毀損で訴えたりと炎上マーケティングかなと疑ってしまうようなニュースが次々に出ました。

 そんな中、陳思誠は映画のインタビューで自身が東野圭吾の特に『容疑者Xの献身』が大好きだと答えました。このように、中国でミステリを語る時に東野圭吾の名前が挙げられることは珍しくありません。タレントの黄磊は「若いころにアガサやホームズ、東野圭吾などのミステリ小説を読んでいた」と語りましたし、2015年11月に起きた女子生徒飛び降り事件では生徒が東野圭吾の小説が好きだったことと自殺を結びつけるような新聞記事がありました。

 また、陳思誠は同じインタビューで今後はミステリ映画を撮りたいと語っているので、もしかしたら賈樟柯(ジャ・ジャンクー)や蘇有朋(アレックス・スー)に続いて彼も東野圭吾作品映画化レースに参加するのかもしれません。

 2016年になっても中国では『ミステリと言ったら東野圭吾』という認識に変化は起きないでしょうが、在中日本人の私は変わらず中国のオリジナルミステリを応援します。

 さて今回は、本コラムの第9回で取り上げた亮亮『季警官的無厘頭推理事件簿』の2巻が出たのでそれの紹介をしようと思います。

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 本シリーズのあらすじを説明しますと、季警官という正義感と情熱があるけど自信家でもある警察官が事件に遭遇して自信満々に推理を披露しますがその推理が的外れで真相に辿り着いていないのにも気付かずに事件を終わらせてしまうというものです。しかし、犯人側もそんな季警官の迷推理に振り回されて右往左往し、最後に真犯人に美味しいところを掻っ攫われるという憂き目に遭い、読者はそんな空回りする季警官と慌てふためく犯人たちのドタバタっぷりを楽しみます。

 本書でも勘違いが更なる誤解を生むドタバタ劇は健在で、事件の進展の混乱が季警官らにまで波及するという内容が楽しめますが、本書の見どころは自分の推理が完璧だと思っている季警官の天敵ともいうべき本当の探偵の素養を持ったキャラクターが登場するところです。

 表紙右側にいる女の子が事件を本当に解決してしまう探偵の王小貌です。本シリーズではこれまで季警官以上の探偵役がいなかったため、彼の推理が表面的には非常に道理に合ったロジックであることから、たとえ間違っていても誰もそれに異を唱えませんでしたが、彼女は第2話の『離職前請勿殺人』(退職前に殺人をしないでください)で季警官の推理に真っ向から反論します。

 今まで季警官が迷探偵でもない単なる狂言回しであることは読者にだけ伝えられていましたが、ここで作品内でも実は季警官の推理が間違いであることが明かされてしまいました。

 ここで注目すべきは季警官の反応で、彼は王小貌の指摘に怒りを隠しきれず彼女の推理に反駁します。結局、彼女の方が正しくて事件が無事に解決するわけですがこれはまさにミステリ小説によくある名探偵と迷探偵の間で生じるやり取りと一緒です。

 私は、このシリーズの1巻を読んだ時から作者・亮亮は既存のミステリ小説の探偵が嫌いなんじゃないかと推測していましたが、その推測は本作及び季警官とは別シリーズの新作『把自己推理成凶手的名偵探』(自分が犯人だと推理してしまった名探偵)を読んでますます確信へと強まりました。

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『把自己推理成凶手的名偵探』は探偵の才能がないのに事件に遭遇しては迷推理を披露する探偵の狄元芳と、その探偵を犯人だと誤解して事件の度に彼を逮捕する警察官の薛と、そんな探偵を名探偵だと信じていて作中では名探偵の役割を担っている女子生徒の羅小梅が毎回同じパターンを踏むユーモアミステリです。

 ここでは探偵と警察官双方を無能に描いていますが、2つの作品で共通するのは推理する人間がとにかく空回りして周囲に迷惑をかけるというもので、季警官の方は王小貌による指摘で、狄元芳は薛警官による逮捕という形で天誅を受けます。

 作者・亮亮に直接聞いたわけではありませんが、満足な推理も出来ないのに名探偵ぶって無実の人間を犯人だと指摘して、結果間違っていることがわかっても謝罪をしない探偵に対して何か思うところがあるように感じられます。

 さて、2話目でミステリ小説としての常套的な展開を見せた本書はこのまま通常のミステリとして落ち着くのかと思いきや、第3話から王小貌を中心に据えて時間軸を前後させた潜入捜査(スパイ)ものが始まります。ただ、ここでも亮亮の巧緻な筆が光り、潜入捜査官として自分を雇った担当の警察官が死んでしまったことで他の警察官に自分が仲間だとわかってもらえないどころか逆に殺人犯として手配されてしまったスパイや、担当者が死んで一体誰が仲間のスパイなのかわからず窮地に陥る警察官などの挽回劇がテンポよく描かれています。

 そして本コラム第10回のインタビューで本シリーズのタイトルが日本の有名ミステリ小説のタイトルのパロディになっていることを書きましたが、本書でもその遊び心は健在です。

 第1話の『凶手還没出手又死了』(犯行に及ぶ前にまた犯人が死んだ)は蒼井上鷹の『偵探一上来就死了』(最初に探偵が死んだ)だけではなく、同シリーズ1巻の『凶手還没出手就死了』(犯行に及ぶ前に犯人が死んだ)のパロディでもあります。第2話の『離職前請勿殺人』(退職前に殺人をしないでください)は恐らく東川篤哉の『請勿在此丢棄尸体』(ここに死体を捨てないでください)でしょうし、第6話の『今天不宜発伝単』(ビラ配りには向かない日)は『今夜不宜犯罪』(交換殺人には向かない夜)、そして上述した一連のスパイシリーズの副題『完美破案需要幾個線人』(事件を完全に解決するにはスパイは何人必要か?)も東川篤哉の『完全犯罪需要幾只猫?』(完全犯罪に猫は何匹必要か?)から取られています。

 本シリーズは本書が2巻目ですが、なんと本書に掲載されている作品の一覧表によると既に4巻までの出版の構想があるそうです。しかもネットドラマ制作まで進んでいるようで、本書は中国のユーモアミステリの代表として着実にその知名度を高めています。もしかしたら小説ではなく映像という形で日本人の目に触れることになるかもしれません。

 最後に宣伝になりますが、本書には私が中国語で書いた推薦文及び本コラム第10回のインタビューの中国語版が掲載されています(どちらも編集者・華斯比と作者・亮亮による中国語校正あり)。

 機会があったら『把自己推理成凶手的名偵探』と一緒に手にとって見てください。

阿井 幸作(あい こうさく)

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中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

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