第17回名古屋読書会の課題図書は、ギャビン・ライアル『深夜プラス1』(ハヤカワ文庫NV)。もともと菊池光訳がハヤカワ・ミステリ文庫で出ており、冒険小説の名作として評価の高い作品ですが、今年4月に新訳が出たこともあり課題図書として選ばれました。当日のゲストは、翻訳家の林啓恵さんとミステリ作家の福田和代さん。新訳を担当された鈴木恵さんは諸事情によりいらっしゃいませんでしたが、後日メッセージを頂きました(後述)。ご参加とメッセージ、ありがとうございました。

 まずはざっとあらすじ紹介を。

 ルイス・ケイン。第二次世界大戦時、イギリス人エージェントとしてフランスのレジスタンスを支援した過去を持ち、現在はフリーの便利屋として活動中。彼が今回引き受けた仕事は、アメリカ人ガンマンのラヴェルとともに、フランスからリヒテンシュタインまで実業家マガンハルトを送り届けること。どうやらこの実業家、会社乗っ取りを企む敵によって犯してもいない罪を着せられ、指名手配されている模様。しかし、護衛役のラヴェルは元アル中で今ひとつ頼りにならない。敵の送りこむ凄腕ガンマンたちやフランス警察の包囲網を抜け、ケインはマガンハルトをタイムリミット——3日後の0時ちょうど——までにリヒテンシュタインへ送り届けられるのか。

 読書会の感想で多かったのは、キャラクターに着目したものでした。特にドライバーのケインとガンマンのラヴェル、このくたびれコンビについては、誰もが何かを言いたくなったよう。「元恋人に匿ってもらおうか悩むケインが可愛い」「ラヴェルに見えないようお酒をひっかけに行くケインが可愛い」「それにしてもアル中ガンマンにみんな配慮し過ぎじゃない?」などなど。

「自分の分野外のプロフェッショナルとして内心敬意を抱きつつ、相棒として3日間の苦闘をともにしていたからこそ、二人の最後のやり取りが心に迫る」という感想もありました。もっともこの最後のやり取りに関しては、参加者の中でも賛否両論が分かれたようです。

 旧訳と新訳を読み比べた参加者の感想は、「旧訳はラヴェルがカッコいい。新訳はケインがカッコよくて、あとかわいい」とのこと。「旧訳はシャープ、新訳はソフト」という感想もありましたし、新訳でクローズアップされているのは、主人公ケインがキツい状況に狼狽しつつも頑張るさまなのだといえそうです。

 禁酒中のガンマン、ラヴェルはともすれば主人公以上の人気がありました。「禁酒やめたときは、そりゃそうなるよねーって」「弱点もあるぶん、ラヴェルのほうが主人公より印象的」「でもコイツの一人称だと多分中盤から小説にならないよ。飲む→潰れる→起きてドンパチ、の繰り返しになる」「『お酒飲んで気付いたらリヒテンシュタインに着いてたんですけど!』みたいな」

 また、主人公コンビ以外にも関係する特徴として、「結局これに出てくる男性陣って、ほとんど全員が自分たちの活躍してた時代に取り残された古い人達じゃん。いってしまえば『真田丸』のお父ちゃんみたいな」という指摘もありました。確かに、敵側のガンマンとして登場するフランス人コンビ、後半に出てくる情報屋のフェイ将軍など、新しい時代に適応できない人物は多く登場しています。

 これに関連して、タイトル『深夜プラス1』の意味は「最終パラグラフが0時01分であること」以外に、「ピークを過ぎた人たちの物語」という意味もあるのではないか、という指摘は興味深いものでした。

 そして、マガンハルトの秘書ジンジャーや、途中で一行を匿うケインの元恋人ジネットといった女性たち。その描かれ方については、肯定的な意見がかなり多くを占めました。

「いやーこういう小説って大抵、どっかで無意味に女キャラが捕まってイライラするんだけど、これは全然そんなことなかったね!」「絶妙のタイミングで邪魔するお姫様ヒロインみたいなのがいなくて、女性含めて登場人物がきっちり自分の仕事をしてる」

「ジネットさんといえば、結局酒飲んで暴れだしたラヴェルのところに行って銃を構えるシーンがカッコいい」「『連射になってるわよ、ラヴェルさん』って、やる気満々だしさすが元レジスタンスの闘士だけある」「これ旧訳だとどうなってんの」「……『全自動になっているわ、ロヴェルさん』」「……洗濯機かな?」「生きるか死ぬか選択の機会を与えるというやつ」

「ジンジャーもケインの代わりにドライバーやるし有能」「でもアル中ラヴェルに惚れるってだめんずウォーカーの素質あるよこの子!」「まあそれは……」

「ちょっと待って。さっき姫キャラいないって言ったけどいたわ。マガンハルト」「あー」「指名手配されてるのはお前だってのに、髪型変えるのは嫌がるし。そのせいで主人公が苦労するはめに」「まさかマガンハルトがヒロインだったとは……」

 マガンハルトの脳天気お姫様ぶりはともかく、女性陣の描写がパターンに陥っておらず、彼女たちを含めた登場人物のほとんどがプロの仕事に徹しているため、本作は嫌なストレスを感じさせない作品になっているといえましょう。

 プロの仕事といえば、「ドライバーやエージェントとしての役立つ小ネタがちょいちょい挟まれるので、お仕事小説としても読める」という意見もありました。確かにこの種の描写があると、馴染みの薄い世界をリアリティあるものとして捉えられますし、物知りになったような気もしてお得ですね。また車が破壊されたせいで交通手段が頻繁に変わるところなどは、「仕様変更の嵐みたいでつらい……」という身に染みる意見もありました。『深夜プラス1』はタイムリミット・サスペンス。予期せぬ仕様変更はあっても、締め切りは決して伸びないのです。

 また、本作においてリアリティを感じさせるポイントといえば、物の描写は外せません。「冒頭のファッションショーのシーンに、一行のご飯シーン。とにかく物を描写するんだけど、それが邪魔になってない」「物の描写で情景が浮かんでくるのもあるけど、キャラの持ち物でその性格を説明してたりもする」などなど。ケインが愛用する古めの銃や、ラヴェルと情報屋のお爺さんの武器談義はその最たるものでしょう。ただキャラの描写については、「経歴の説明や回想がそれほどなく、立体感はあまりない」という指摘もありました。みんなプロなので、余計なしがらみとなる過去のことはあまり考えないのかもしれません。

 ミステリとして本作を読む際のポイントは、「秘密裏に移動しているにも関わらず、主人公たちが毎度のごとく襲撃される」こと。そこからの内通者探しや終盤のどんでん返しや、騙し騙されの頭脳戦要素に興奮を覚える参加者もいたようです。もっとも、「ミステリとしては若干薄いよねー」という意見や、「敵の正体よりも、ケインの話のほうが衝撃」という意見もありました。

 解消されずに終わった素朴な疑問もいくつか。

「島国に住んでるせいか国境を越えるってあんまりイメージ湧かないんだよね。ディズニーランドのゲートみたいなのがぼんぼん立ってるの?」「今はユーロだからそういうのはなくて、代わりに道路の敷石で分かるらしい」「あー名古屋市からちょっと出て○○市に入ると舗装がガタガタみたいな」なんて会話もあれば、「なんでハヤカワ・ミステリ文庫からNVになったんだろ?」という疑問も。本作以外でもレーベル間の移動はありますし(レイ・ブラッドベリ『華氏451度』がNV→文庫SF、など)、判断基準は気になるところです。

 恒例の「次に読む一冊」は、タイムリミットものの名作としてウィリアム・アイリッシュ『暁の死線』。エージェントものではテリー・ヘイズ『ピルグリム』やスティーブン・L・トンプスン『A-10奪還チーム出動せよ』。アル中と古い男つながりでローレンス・ブロック『八百万の死にざま』。ギャビン・ライアル作品のお勧めとしては『ちがった空』に、『影の護衛』にはじまる〈マクシム少佐シリーズ〉。また、オマージュ作品として志水辰夫『深夜ふたたび』(表紙も旧訳と似ている)などが挙がりました。

 読書会後には鈴木恵さんから、読書会参加者の疑問に対するアンサーや、新訳にあたって気づいたポイントなどを知らせていただききました。タイトルの解釈については、「タイムリミットの後も人生は続く、という含みがあるかも」。また、「年代からすると作者の自己投影的なキャラはケインではなく、一行と途中の村で会い、ケインに憧憬の念を抱く自動車修理工の若者であろう」という指摘は、なるほど頷けるものでした。確かに本作における古い男たちの描写は、憧れを滲ませつつも少し引いた視点のように感じます。憧憬と冷静さを兼ねた記述により、本作は時代を超えて読まれる力を備えた名作となっているのでしょう。

片桐 翔造(かたぎり しょうぞう)

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ミステリやSFを読む。『サンリオSF文庫総解説』(本の雑誌社)、『ハヤカワ文庫SF総解説』(早川書房)に執筆参加。名古屋SFシンポジウムスタッフ。名古屋市在住。

ツイッターアカウント: @gern(ゲルン@読む機械)

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