フィデルマちゃんかわいい!

 というわけで第18回名古屋読書会、課題本は中世アイルランドの修道女を探偵役とするピーター・トレメイン〈修道女フィデルマ〉シリーズの長編第1作(訳された順では4番目、短編集を入れると6番目)、『死をもちて赦されん』でした。ゲストとして〈カミーユ〉三部作の訳者にして〈修道女フィデルマ〉の大ファンでもある橘明美さん、文藝春秋の永嶋俊一郎さんをお迎えし、たいそう盛り上げて頂きました。ありがとうございました。

「そろそろ歴史ものがやりたいよねー」「そうねえ」というノリで決められた課題本でしたが、歴史ミステリらしく会場はいつものビルではなく名古屋能楽堂。普段と会場が変わると気分も変わるものです。能楽堂の前に加藤清正像があったり、少し背を伸ばせば名古屋城のシャチホコが見えたり、否応なく積み重ねられた年月の風情を感じさせますし、歴史ミステリに取り組もうという気にもなるものです。そして周囲にたくさんランドマークがあるということは、ポケストップもたくさんあるということ。読書会に参加したポケモンGO勢もやる気満々です。あれ……?

 気を取り直して『死をもちて赦されん』のあらすじをば。

 7世紀中盤、ブリテン島のノーサンブリア王国。キリスト教の宗派のうち、アイルランド系アイオナ派とローマ派のどちらを取るかという会議が開かれ、アイオナ派の修道女フィデルマもざぶざぶ海を渡って会議に参加する羽目に。会議のメンバーである両派の聖職者たちや、ノーサンブリアの王族たちはどれも曲者ぞろい。そんな中、アイオナ派の修道院長が何者かによって殺害されてしまいます。法廷弁護士の資格を持つフィデルマは、ローマ派から選ばれた修道士エイダルフとともに国王の命令で調査を始めます。

 歴史ミステリということで、中世ヨーロッパ、それもブリテン島という舞台設定についてはさまざまな感想がありました。「フィデルマが『ここはゴミゴミしてて嫌だ……文化的なアイルランドに早く帰りたい……』ってなるじゃん。このときはアイルランドのほうが進んでたっていうのが今のイメージと違ってて新鮮」「つーかこのシリーズはアイルランドが舞台ってイメージがあったからびっくりした。ブリテン島だし」など。やはりフィデルマ=アイルランドというイメージは強かった模様です。訳者あとがきにもありますが、第1長編である本作の翻訳が後に回されていたのは「アイルランドが舞台の巻を先に出したほうが、日本の読者は取っ付き易いだろう」ということらしく、うまく版元の戦略に乗せられていた感があります。

 才気煥発な女性主人公、修道女フィデルマの造形については賛否両論ありました。「フィデルマちゃんかわいい!」「でもナチュラルに見下してくるよこの子」「いわゆる京都人のステレオタイプ」「『はぁ、田舎の方は元気があってよろしおすなぁ』みたいな?」「それそれ」「でも後半はトゲが取れてきてるよね。あと優等生だけど恋には臆病なところは好き」「あとの巻だともっと人間が丸くなってたりするの?」「実は偉いさんの娘なのでアイルランドに戻ったらアレよ、水戸黄門よ」「まじかよ」「ピンチらしいピンチに陥らないからあんまり応援しようって気が起きないんだよなー」と、よくよく思い出してみましたら、両論というより否が8割位でしたな。「王様にも臆せず意見をはっきり言うところはポイント高い」という意見もありましたけれども。

 また、本作の特徴はフィデルマとエイダルフのバディものという点でもあります。「廊下でぶつかって二人が出会う、って日本だけじゃなかったんや……」「対立派閥からそれぞれ選ばれてバディ組まされた割には、二人が衝突するシーンがないしバディものとしては物足りないかなあ」「どちらかというと二人で足りないものを補い合っているタイプのコンビ。才覚のフィデルマと人格のエイダルフみたいな」「フィデルマちゃん王様に無礼カマしまくりだし、エイダルフいなかったら絶対無礼討ちにされてるよね」「エイダルフはハイスペックのイケメンだけど主人公の邪魔はしないし、ロマンス小説の様式っぽい」など、二人の関係性に着目した感想も多くありました。フィデルマのエイダルフへのスタンスの変化に惹かれたという意見もあり、エイダルフいてこその作品なのかとも思います。しかしこのエイダルフ君には誰もが目を背けていた事実があったのですが、それは後に述べましょう。

 肝心のミステリとしてはどんな感想が出たのでしょうか。多数を占めたのは、「筋書きは非常にシンプルで、舞台を現代にそっくり移し替えても成り立つ」「犯人当てとしてはかなりバレバレ」と、少し物足りなさを感じたというもの。肯定派としては、「指紋捜査すらなく、最新技術が筆跡鑑定という不自由さがまさに歴史ミステリの醍醐味である」という意見がありました。また、「さりげない小道具の説明があとで伏線だったと分かるのが上手い」という指摘は、歴史学者としても活動している作者の経験が反映されたものといえましょう。

 意図せざるものかもしれないけれど、笑えるシーンがちょくちょく挟まってくるという意見もありました。「真犯人がフィデルマちゃんにナイフ投げてからのくだりでお腹抱えて笑った」「王族が一人死ぬシーンもコントっぽい。でも真面目な文章なので笑って良いものか迷う」「そうなると三人目の死に方もギャグじみてる」「さっきも言ったけどさー、エイダルフ君とぶつかってからフィデルマちゃんが『はっ、この感情は一体なんなの?』ってなるとこ、パンくわえてたら完璧だよね」「修道士の髪型、トンスラだっけ? どっちの派が正しい髪型かって喧嘩するの笑えない? どっちでもハゲだよ?」「ということはエイダルフ君も美男子イメージだったけどザビエルスタイル……?」「うわ冷めた」などなど。「トンスラに人権はない」。そんなコメントが忘れられません。

 恒例の「次に読む一冊」は、キリスト教色のある歴史ミステリの中から、ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』やエリス・ピーターズ〈修道士カドフェル〉シリーズ。女子探偵+男子ワトスンのシリーズとして、S・J・ローザン〈リディア・チン&ビル・スミス〉、パトリシア・コーンウェル〈検屍官〉シリーズ、田中芳樹〈薬師寺涼子の怪奇事件簿〉シリーズなど。アイルランド分を補給したい人には、ケルトファンタジーのケヴィン・ハーン『鉄の魔道僧』や、アイルランドミステリのシェイマス・スミス『Mr.クイン』が挙げられました。

 そういえば、印象的だった感想が一点。

「アイオナ派とローマ派ってどっちが神の心に忠実かって争ってるけど、ようは三河と尾張の争いみたいなもの? 家康は三河生まれだ調子のんな、みたいな」。かつてはボストン=名古屋説も出た名古屋読書会。ボストンはアイリッシュが多いといいますし、アイルランドと名古屋の秘められた類似性が次第に明らかになりつつある、のかもしれません。

片桐 翔造(かたぎり しょうぞう)

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ミステリやSFを読む。『サンリオSF文庫総解説』(本の雑誌社)、『ハヤカワ文庫SF総解説』(早川書房)に執筆参加。名古屋SFシンポジウムスタッフ。名古屋市在住。

ツイッターアカウント: @gern(ゲルン@読む機械)

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