みなさま、こんにちは。韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。読書の秋です。学生時代からミステリーばかり読んできましたが、最近、ふとしたシーンで思わず本を閉じてひと休みしたくなるほどゲロっとくるのは、トシのせいでしょうか。それとも、韓国ミステリーのゲロ度が向上(?)しているせいでしょうか。本日は、そんな「ちょいゲロ」が魅力の作品をご紹介します。


 1冊目は、Kスリラーシリーズとして出版された『イレ』(キム・ダルリ)。こちらの作品、『目覚めるんじゃなかった』(キム・ハリム)が大賞を、『悪母』(イ・ジウン)が優秀賞を受賞した「Kスリラー作家公募展」において、最優秀賞を受賞した作品で、ベールに包まれた療養施設「シャンティ」に監禁された女子高生が繰り広げる命がけの脱出劇を描いた長編サスペンス・ホラーとなっております。

 期せずして恋人の子を身ごもってしまった女子高生、イレ。身寄りもなく、友人のピョンギョンと暮らす彼女は出産を熱望するが、恋人のドフンはためらいを隠せない。だが身重の彼女を突き放すこともできず、出産までの間、医師である母、ソギョンが運営する療養施設「シャンティ」で過ごすことを勧める。
 「富裕層向けに作られた会員制の高級療養施設」ということしか情報がない「シャンティ」。そんな怪しげな施設に行くべきではないとピョンギョンに猛反対されながらも、シャンティに向かったイレが目にしたものは、敷地内で何かに怯えたように身を潜める女。うつ病を患った職員だとソギョンは言うが、助けの手を差し伸べるどころか冷ややかに彼女のそばを通り過ぎる。
 豪華な建物の中は、静寂に包まれていた。自室として通された3号室の壁紙は赤黒く、どこか血生臭い気がする。喉の渇きを覚えて廊下に出てみるが人の気配はなく、やっと見つけた二つの人影は、柱の陰に逃げ込んでしまった。恐る恐る声をかけてみると、柱の向こうから二つの顔が現れる。焦点の合わないうつろな瞳。毛髪のない頭部、額から頭頂部に続く醜い傷跡。恐怖におののきながら逃げ帰った自室には、小さなメモが残されていた。
「一週間 逃げろ」

 さて、ここからイレの逃亡劇が始まるわけですが、頭部に醜い手術痕を残した「ダミー」たちの存在や地下牢などはもちろんのこと、敷地内にある「死亡事故が多発したために閉鎖された廃病院」や「成人男性の腕ほどもある鯉が泳ぐ池」など、グロな雰囲気を盛り上げる装置が豊富。そして、池の中を泳ぎ回る巨大鯉を眺めていたイレが池の中央に何やら発見。あれはまさか、ひ、ひ、人の……! とっとと逃げねば! と手当たり次第に荷物をまとめて脱出を試みたものの、どこからともなく現れた屈強な男たちに羽交い絞めにされ、首元にブスリ。救出に来たピョンギョンも捕まり、脱出は困難を極めます。
 さらにこの作品、なんとも悪者(もしくは悪そうな人)が多い。まずは、冷酷そのものの医師ソギョン。あわよくば彼女の地位と財産を頂戴してしまおうと企む夫のジェシク。さらに、ソギョンの父親の代から居座り、職員を取り仕切るヒウォンも怪しく、ソギョンの右腕となり不法な医療行為(「ダミー」の存在のおかげで予想も容易かと。そのシーンのゲロ度もすばらしい)を担当するキム博士なんかは悪役に違いない。そして、2号室の療養者で元マラソンランナーのジェイクも、いい人そうだけどどこか怪しい。下半身が不自由で車椅子生活であるということ以外は健康なのに、なぜこんな怪しげな施設に入所しているのか。そこにはある重大な理由(というよりもむしろ物語の核心)が隠されていました。
 もう少々ネタバレをしてしまうと、ドフンの家系には致命的な遺伝病の血が流れていて、それがソギョンの狂気を呼び覚ます要因に。すべては息子の命を救うための蛮行だったわけですが、邪魔者はバッサバッサと容赦なく抹殺、ラストにはドキリとするイヤミスがしっとりと仕込まれていて、意外などんでん返しに思わず軽いめまいさえ覚える作品となっています。
 

 さて、お次は約70ページという分量にショートショート12作品が詰め込まれたアンソロジー『怪談』(キム・ヒソン、パク・ソリョン、イ・ユリ、イム・ソヌ、ソン・ヘナ、ナムグン・ジヘ、ムン・ジヒョク、イ・ヒョクチン、ナ・プルム、チャン・ジニョン、キム・オムジ、イ・ジャンウク)。
 のっけから、

よく聞けよ。これは怪談なんかじゃない。

 ……と始まる怪談集。ショートショート一つ一つに起承転結があるので、多彩なグロやゲロが楽しめます。ショートショートゆえ、わずかなネタバレも命取りになりかねないので、感想と一緒に数作品のみ、さらっとご紹介。

◆「これは怪談じゃない」(キム・ヒソン)
 話者である「俺」による回想物語。修学旅行で「俺」が乗ったバスが事故に遭い、ホラー並みの無残な光景を目にした。30年の月日が経ち、この『怪談』への寄稿依頼を受け、改めて事故に関する情報を集めてみると、腑に落ちない事実が発覚する。当時の事故では、生徒全員が死……(以下自粛)。
→何の変哲もない回想と思いきや、凄惨な事故現場の描写(滴る髄液とか血まみれの毛髪とか)も、ラストで明かされる事故の真相も不気味そのもの。

◆「フジツボ」(イ・ユリ)
仲睦まじく、防波堤を散歩していた「僕」と恋人のヨンヒ。ところが、はしゃぎすぎたヨンヒが転倒し、そこら中にへばりついていた無数のフジツボが刺さって足が血まみれに。その日以来、連絡がつかなくなったヨンヒの家を訪ねた「僕」は、変わりはてたヨンヒの姿、ヨンヒの声に凍り付く。
→ただの怪談ではなく、愛の怪談。でも、フジツボをすぐに思い描ける読者にとっては、タイトルだけでグロい。

◆「壁」(イム・ソヌ)
 消毒業者の恐怖体験談。依頼を受けた家屋を消毒作業中、不自然なほど巨大な白い壁が裏庭にあるのを見つける。窓を開けた途端、その壁の向こうから強烈な悪臭が襲ってきたため、早急に消毒作業に取りかかろうとするが、依頼人夫婦がそれを承知しない。彼らは「あの方」にお仕えしているのだという。作業員が梯子に上り、壁の向こう側を覗き込もうとしたとき、彼の体がふわりと宙に浮く。「あの方」と称された壁は、ただの壁ではなかった。
→妖怪系怪談。作業員に迫る壁の描写がゲロそのもの。食事中に読むことはオススメしない。

◆「おまえの背後から」(イ・ジャンウク)
 大学時代の友人4人が集まり、学生時代に宿泊した民宿へ向かう。思い出話に花を咲かせながら酒を酌み交わすうちに、当時の遊びを再現することになった。真夜中に灯りを消した部屋で、4人それぞれが部屋の角に立つ。暗闇の中、壁を頼りに歩き、次の角にいる友人の背を叩く。叩かれた者は同様に次の角に向かって歩き出し、次の友人の背を叩く。それを延々と繰り返し、4人が部屋をぐるぐると回る。ただそれだけの遊びで、若い4人は夜を明かしたのだが。改めて考えてみると、この遊びには、当時は気づかなかった妙な点があった。
→詩人でもあり、大学教授として文芸創作学科で教鞭をとる著者の文章は、ホラー小説の中でも詩的で美しい魅力を放つ。そしてグロでもゲロでもない怪談で、読者の背筋を凍らせる。

 ちなみにこのショートショート集、昔懐かし「風呂単」「風呂熟」のような防水素材で作られていて、シャワーの間にちょっと一作品、のような楽しみ方を念頭に作られたようです。スキマ時間を使ってでも読書を楽しみたい方に最適な一冊かと思いますが、優雅なリラックスタイムにはならないかもしれません……。

 今年も韓国ジャンル小説にお付き合いいただき、ありがとうございました。来年も、1冊でも多くご紹介できれば幸いです。何かと気忙しい季節がやってきますが、みなさま、どうぞご自愛くださいませ。少し早いご挨拶となりますが、来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

藤原 友代(ふじはら ともよ)
 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。
 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。
 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。
 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。






















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