タコとフグで有名なH島に集められた、40名近くのミステリファンたち。互いに顔見知りな者もいれば、誰とも初対面という者もいる。彼らがここに集まったのは、アガサ・クリスティー『そして誰もいなくなった』の読書会に参加するためだった。
 読書の嗜好はともかく、実生活では虫も殺せぬ善男善女たちの集まりに思えた読書会は、しかし旅館大広間でのオープニング、諸注意のコーナーにてひと波乱を迎える。課題本『そして誰もいなくなった』を想起させるかのごとく、参加者の一人にU.N.O….氏からの招待状が突然届けられたのだ。招待状に添えられた、名状しがたいアラビア数字と冒涜的な抽象画に色めき立つ参加者たち。一方その頃、旅館ロビーに置かれた参加者人数分のタコさん人形は、ひとつその数を減らしていたのだった……。
第20回名古屋読書会は、かくしてその惨劇の幕を開ける。

 というわけで、さる7月15・16日、愛知県は日間賀島にて、「名古屋読書会第20回記念イベント『そして誰も日間賀島合宿』」が開かれたのでありました。島の旅館を貸し切りつつ、ご存知アガサ・クリスティー『そして誰もいなくなった』読書会をやろうというこの企画、高い参加費にもかかわらず早々と定員に達したとのことで、女王クリスティーの人気が伺えます。でももしかしたら、みんな島に行きたかっただけなのかもしれません。

 やや辺鄙な場所からさらに船に乗る必要があるということで、交通面での混乱も危惧されましたが、当日は重大なトラブルもなく(ちょっと遅刻しかけたとか港の駐車場が全然空かなかったとかくらい)、無事皆時間内に島までたどり着くことができ、まずは良かった良かった。
 図ったようにお天気も快晴、「人殺しより紫外線のほうが怖い」とお姉さま方がつぶやく中、釣り人や海水浴客で日間賀島は大盛況。「孤島もの読書会だってのにこりゃ普通に観光地じゃんね」「えっここが『すべてがFになる』の舞台のモデルなんですか」「FはフグのF」「港からも近いし、スポーツマンなら泳いで行けるかもしれん」「話変わるけどさっき乗った水上タクシー、デコトラみたいだったね」と好き勝手なことを言いつつ、読書会メンバーは旅館に荷物を置いたり、腹ごしらえをしたり、買い出しのお店を確認したり、抜かりがありません。読書会とは……? と思いつつも、合宿イベントだし、そうなりますよな。

 そして大広間でのオープニングにて、冒頭に書いたように「U.N.O….氏からの招待状」が発見されます。どうやらこの「招待状」には暗号が隠されており、解読者には豪華賞品が与えられるとかなんとか。レクリエーション要素というのも、やはり合宿イベントならではのものでしょう。

 それはともかく読書会が始まります。念のため、『そして誰もいなくなった』のあらすじを振り返っておきましょう。
 ある者は知人の紹介で、またある者は「U.N.Owen」なる人物からの招待状を受け取り、出自のバラバラな十人の男女たちが孤島の館に集う。しかし、面識のない者同士和やかに打ち解け合っていた夕食の席上、彼らが過去に犯した殺人を告発する声が響き渡る。そして、十人の男女たちは一人ひとり順番に殺されていくのだった……。
 つまり、オープニングで自分に届けられた「招待状」を発見したB女史は、被害者リスト1番目ということだったわけですね。

 『そして誰もいなくなった』はオールタイムベスト級の作品ということもあり、再読者の多い作品です。なかでも「前読んだときはインディアン島だったけど、兵隊島に変わっててびっくりした」という意見は頻出。また、「改めて読むといろいろな作品の元ネタだと分かる」「初読時はホラー色のあるサスペンスとして楽しめるし、オチを知った状態だと真犯人まわりの記述を楽しめる」という意見は、多くの人が賛成するところでしょう。

 他メディアでの展開が多い作品でもあり、それにまつわる感想も多くありました。戯曲版でのエンディングの違いは皆「何それ……?」となったポイントで、ぜひ一度見てみたいものです。
 今年春放映のテレ朝ドラマ版については、「おかげでキャラクターのイメージがはっきりした」「見てからだと大体ヴェラは仲間由紀恵で脳内再生されるよね」「ドラマは渡瀬恒彦がもうね……」などなど、登場人物のイメージづくりに影響されたようです。やはり印象的な映像があると、読者の受け取り方も異なってくるということですね。

 クリスティーが本作に込めたトリックについては、「これってありなの?」という意見がやはり出てくるものです。「旧訳と新訳との違いで、新訳だといろいろ改善されてる」というところから、「いわれてみればフェアかもしれないけど、解かせる気はなさそう」「謎解きの論理性というよりも、サスペンス演出のほうを重視してる」という感想がありました。そこのところを考えてみますと、本作は再読性の高い作品――というより、むしろ再読前提の作品といったほうがいいのかもしれません。

 翻訳業を営む方が多く参加されていたこともあり、原語版についての話題も発展しました。たとえば、「日本語だと一人称が男女で違うから、複数人のモノローグでも大体誰が誰か分かるけど、元だとどうなの?」という疑問には、「元軍人のフィリップは言葉遣いが荒いのですぐに分かる」という回答。それに関連し、フィリップは執事を見下すような言葉遣いがなかなかエグく、原語で読むと階級社会的なニュアンスがより分かるという指摘もありました。

 大体そのような流れで、読書会はお開きとなりましたが、合宿イベント自体はまだまだ続きます。お風呂入る、ちょっと買い出し行く、島一周してくるよ、などなどするうち、「U.N.O….氏からの招待状」は着々と届けられていきます。あるときは荷物の中、またあるときは客室のテーブルの上。「あーこりゃ死んだね」「死んだ死んだ」「今誰と誰が死んだの?」などと不穏な会話が飛び交い、旅館スタッフの怪訝な視線にも負けず、そこかしこで暗号解読に熱中する人の姿が見受けられます。大抵読書会のあとは言い切れなかったことやあとから思いついたことをちょいちょい話すものですが、今回は特にそういうこともなく、でもまあそうなりますよね、仕方ない。
 結局この暗号は「招待状」を受け取った参加者の自己紹介文中の文字に対応していたことが分かり、見事解読を果たした参加者には「トールサイズも入る! タコさんワッペン付き特製ブックカバー」などが授与された次第です。

 夕食は海産物で有名な日間賀島らしく、エビカニ刺盛りゆでダコその他色々、豪勢なメニューでございました。なお、togetterにてフォトジェニックなもろもろがまとめられております。
 その後、エビがびちびち暴れだしたり、仁義なき戦いの渡瀬恒彦の真似をしたり、酔っ払った人が酔っ払った人に落書きされるなど細かな惨劇もありましたが、おおむね平和に事態は推移していきました。我々も大人になったことでありますな。
 翌朝はところどころヘロヘロになった人々も見受けられましたが、朝食をもっちゃもっちゃ食べ終わると、そこかしこから話し声も聞こえて参ります。
 このあとどうすんの、即帰りますわ、んじゃー観光組はこっちね、あっ味のり美味しかったからあとで買ってこ等ガヤガヤしつつ、参加者は旅館から三々五々散り散りになり、そして誰もいなくなった――という塩梅にて、このたびの「そして誰も日間賀島合宿 U.N.Ohyaからの招待状」は幕引きと相成ったのでありました。

 

片桐 翔造(かたぎり しょうぞう)
 ミステリやSFを読む。『サンリオSF文庫総解説』(本の雑誌社)、『ハヤカワ文庫SF総解説』(早川書房)に執筆参加。《SFマガジン》DVDコーナーレビュー担当。名古屋SFシンポジウムスタッフ。名古屋市在住。
 ツイッターアカウント: @gern(ゲルン@読む機械)

 

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