翻訳ミステリー大賞授賞式&コンベンション恒例の「イチ推し本バトル」。ご存じない方のために説明しますと、翻訳ミステリーを刊行している出版社の編集者たちが、これから出るイチ推し本のプレゼンを3分間行ない、全社聞き終えたのちに、聴衆の皆さんが「これを一番読みたいと思った」ものに挙手。最多得票となったものを顕彰する、というものです。
今年の出場者は(出版社名50音順)、小学館、東京創元社、ハーパーコリンズ・ジャパン、早川書房、文藝春秋、以上5社。
まずは順番を決めるべくじゃんけんを行ない、勝った者からプレゼンの順番を決めてゆきます。かくして決まった順番は以下のとおり。
1 ハーパーコリンズ・ジャパン 新田磨梨 2 小学館 皆川裕子 3 東京創元社 佐々木日向子 4 文藝春秋 永嶋俊一郎 5 早川書房 根本佳祐 |
この5名が社運をかけて、これまで数多の編集者たちの血を吸ってきた闘技場へと進み出ることになりました。
近年もっとも精力的に翻訳エンタメを刊行しているハーパーコリンズ・ジャパンが推すのはカリン・スローターの新作! 海外で高評価を受けつつも日本ではなかなか翻訳紹介が進んでいなかったスローターですが、ハーパーBOOKSにより一気に紹介が進みました。この日も、本企画に先立つ「書評七福神」のコーナーで、北上次郎氏が熱くスローターを推していました。スローターはいい作家だと僕も思います。
6月16日刊行予定の新作では、なんと主人公の捜査官ウィルの父親が刑務所から出てくる! しかもお父さんはシリアル・キラー! という衝撃の作品なのだそうです。主人公の上司である硬骨のベテラン女性捜査官アマンダ(近作『血のペナルティ』でもその過去が紹介されてましたね)の若き日の活躍も描かれるとのこと。シリーズの節目になりそうなオーラの漂うこの作品の物語と魅力が着実に語られ、時間ピッタリで終了。
●参考(当日配布資料)●七福神選出作品一覧(2016年11月度~2017年10月度)
私事ながら僕はこのイチ推し本バトルの皆勤賞なのですが、小学館の皆川さんも皆勤ではないにせよ、ほとんど毎回出場なさっているのでは。ベストセラー『ロボット・イン・ザ・ガーデン』(デボラ・インストール)を仕掛けた歴戦の闘士がご紹介するのは、おおハーラン・コーベンだ! 気のいいスポーツ・エージェントと暴力担当の美形青年のコンビをフィーチャーしたシリーズでデビュー、近年では単発のノンストップ・サスペンスでベストセラー作家となりました。
5月上旬発売の新作の主人公は元特殊部隊のパイロットだった女性。二週間前に夫を殺された彼女でしたが、殺されたはずの夫が生きているかもしれないという事実が。海外ミステリー・ファンの堂場瞬一さんが評するに、「玉ねぎみたいな」「疑惑の多層レイヤー的サスペンス」。広げまくった風呂敷をきっちり畳んでみせる!との由。コーベンは巧いですからねえ。これも大いに期待です。
ロバート・ロプレスティ 高山真由美・訳
東京創元社からは立て板に水のセールストークをかます宮澤正之さんが出場することが多いのですが、今年は佐々木さん。ドット・ハチソン『蝶のいた庭』のあの帯を書いたひとです。敵に回したくない編集者ですね。プレゼンするのは、お恥ずかしながらまったくノーマークだった作家、ロバート・ロプレスティ。翻訳者の高山真由美さんによる持ち込み企画なのだそうです。
主人公にして探偵役はミステリ作家のシャンクス君。この「翻訳ミステリー大賞授賞式」のようなコンベンションで起きる事件があったり、ダシール・ハメット『マルタの鷹』初版本が盗まれたり、といったミステリ系の事件もあれば、「日常の謎」系の作品もあるという全14編の短編ミステリ集。フェアプレイの本格ミステリもあると聞けば、買わずにおれない方も多いのでは? 僕は「取材を受けている最中に犯罪の発生を見抜く」というやつが読みたいです。
ということで僕です。このバトルも皆勤なので、もうすっかり老兵ですね。ご紹介したのはイギリスの新人作家、C・J・チューダーのデビュー作。5月下旬に発売です。イギリスでは出版社数社による白熱のオークションとなり、世界36か国に版権が売れたという話題作ですが、日本と海外のトレンドは結構ちがうもので、「話題作」をスルーすることは少なくありません。そんな中でこの作品の版権を買ったのは、以下のような理由からでした。
(1) 子供たちの交流を描いた青春小説をスティーヴン・キングの『IT』の要領で殺人サスペンスと組み合わせた巧さ (2) それを通じて浮かび上がるトマス・H・クックを思わせる喪失と悔恨のドラマ (3) それまでの物語の質感が一気に転換するラストの一撃 |
これです。ちょっと前にスティーヴン・キング御大が「わたしの小説が好きなら、きっとこれも気に入るはずだ」とツイートしていた逸品です!
Want to read something good? You won't find it on the front bestseller table at your bookstore, but it's new, and will be there. THE CHALK MAN, by C.J. Tudor. If you like my stuff, you'll like this.
— Stephen King (@StephenKing) 2018年2月20日
最後を飾るのは最若手、早川書房の根本青年。こないだ僕は、すごい面白い犯罪小説の版権のオークションで競り負けたんですが、その作品がこの日に配られた早川書房の「隠し球」のリストにもう載ってるんですよ。で、その担当がこの根本君だというじゃないですか。どうです、いけ好かないでしょう? そんな彼が涼しい顔で出してきたのは9月刊行の華文本格ミステリ! トレンドを押さえて来てるのがまたいけ好かないですね。
舞台は前漢の時代。長安で学問を修めた娘が、かつて国の祭祀を担っていたという地方の旧家を訪れる。するとそこで密室状況の殺人事件が――という本格ミステリなのだそうです。不可能犯罪! 読者への挑戦! しかも読者への挑戦が2回! ミステリ・マニアを殺しにかかるパワーワードが連打されます。面白そうじゃないですか。落ち着き払ってプレゼンをする根本君へのいけ好かない思いを圧して、猛然と読みたくなってきました。
以上5名による5作のプレゼンが終了し、お客さんたちによる冷厳な挙手が行なわれます。もっとも多くの票を集めたのは――
小学館 ハーラン・コーベン『偽りの銃弾』!

そして何と同じ数の票を集めたのが、
早川書房 陸秋槎『元年春之祭』!

バトル6回目にして初の2作受賞となりました。どちらもすごく面白そうで、今年の海外ミステリも大いに期待できそうです。えっ僕ですか。ええ負けましたがそれが何か? あのですね、カリン・スローターもロバート・ロプレスティも面白そうなんですよ! C・J・チューダーも面白いんですよ! だから皆さんもこれが縁だと思って全部読みましょう。いいですね。来年のバトルまでに5作全部読んでくださいね。約束ですよ。
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