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 いやあ、どんでん返しに触れずネタバレせずの箇所だけ抜き出してもけっこうネタがあるもんですね読書会。いまさら感心してどうする。しかし今回は、幹事グループの中でもW氏の功績抜きには語れまい。読書会2週間前、レジュメ担当幹事K氏が大矢にこんな相談をしてきたと思いねえ。

「今回は翻訳家と編集者と文庫解説担当者が揃ってるから何でもその場で聞けるわけで、レジュメに書くネタがないんですよ。何か載せてほしいネタ、あります?」

「森の地図と逃走経路(ずばっ!)」

 いや自分でも無茶ぶりだと思いましたよ。もともと架空の舞台なんだし、この長大なテキストの中から立体的平面的に位置を把握して地図を書き、そこに逃走経路を載せるなど、いくらなんでもそりゃムリだろうと。

 したらばさ。いやあ、何でも言ってみるもんだね。K氏はW氏に相談したのだ。W氏はもともと漫画やイラストのお仕事をなさっている方で、しかもいつもかなり瑣末まで読み込んでらっしゃるので、こういう作業にはウッテツケなのだった。湖に夕日が沈むという描写から別荘と湖の位置関係を割り出し、各所に出てくる立て札や距離表示から縮尺を考え、気の遠くなるようなチェックを繰り返した末に、地図が完成したのである。その地図はレジュメにも掲載された。読書会参加者からW氏に惜しみない賛辞と拍手が贈られたことは言うまでもない。

 しかしそれだけではない。単なる地図にあきたらずW氏は、事件の発端となる別荘地を「スタート」に、この攻防の最後の場面となるある場所を「ゴール」に、ブリンとハートそれぞれのルートを辿る『追撃の森双六』を作ってくださったのだ!

 いや奥さん、これがすごいのよ。よく見るとあちこちに作品に出てきた小道具のイラストまで入ってるのよ。でもネタバレなのよ。だからここには載せられないのよ。どうしよう、リンクだけして読んだ人だけクリックして見られるようにする?

 結末まで読んだ人だけ、拡大してクリック!

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 ちなみにこの双六、担当編集者の永嶋さんを介してディーヴァーさん本人にも届けられることになりました! 実はブリンの側の説明文に一部間違いがあったのだが、ディーヴァーさん日本語読めないから問題無し!

 そしてせっかく翻訳者と担当編集者がいるのだからと、ここぞとばかりに質問が飛ぶ。

「ブリンの職業は保安官補ですが、保安官と警察は何が違うんですか?」

「保安官は昔ながらの自治体警察のようなもの。警察は都市警察で、FBIは州をまたぐ連邦警察で、つまり保安官が出てきたら、ああこの小説の舞台は田舎なんだな、って考えればいいんです」

「日本の小説に比べて商品名やメーカー名などの固有名詞がばんばん出ますね」

「何を使ってるか、何を食べてるかというのが、その人物の階級や生活環境を表すという面がありますね」

「でも携帯端末のブラックベリーと、ブリンが身を潜めるブラックベリーの茂みが両方出てくるのはわかりにくいです」

「携帯端末の方は、最初の一回だけ『携帯端末』って書いてブラックベリーにルビを振ったんですよ。で、二回目からはブラックベリーで」

「原文がblackberryっていう固有名詞だったら、それを安易にスマホだの端末だのの一般名詞に変えるのは、翻訳としてどうなのかという問題がね」

「英語って男性言葉と女性言葉の区別がありませんけど、このミシェルのむかつく女言葉とか、どういうふうに加減してるんですか?」

「原文の雰囲気をなるだけ出すように考えるけど、でも過剰な会話文の性差は出さないようにしてます。だって日本でも現代女性は『〜だわ』なんて言わないでしょう?」

「名古屋は言うよね」

「それは名古屋弁だわ。むしろおっさんも言うわ」

「ブリンのルックスを表現するときにサイズ8というのが出てきますが、日本だと7号か9号相当でしょうか。こういう単位を日本のものに直すということはしないんですか?」

「そこは難しいところで、身長のフィートや距離のマイルはメートル法にする人もいますね。逆に、読み手としてはどちらがわかりやすいですか?」

「わかりやすいのはそりゃあメートル法だけど」

「でもそういう単位も含めて、翻訳小説の雰囲気を読んでる部分もあるし」

「わからないなりに読んでて、それがいつの間にか掴めてるってこともあるし」

 なんという成長でしょう名古屋読書会! 過去、ゲストでいらっしゃった翻訳家さんたちに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。だって皆さん、覚えてますか。第一回の『ピザマンの事件簿』では鈴木恵さんに「おったまげろげろって原文は何ですか?」と訊ね、第二回の『クリスマスのフロスト』では芹澤恵さんに「イギリスの浣腸は指は何本使うんですか」と訊ねた連中が、今、こんなアカデミックな、こんなテクニカルな質問をするようになるとは! 人間とは何歳になって成長するのだ。あきらめたらそこで試合終了ですよ!

 さてさてすっかり長くなってしまいました。今回もレジュメ担当K氏、受付担当S嬢、会計担当I嬢、宴会担当T嬢、そして双六製作W氏の、幹事団の皆さんのご尽力と参加者の皆さんのご協力で無事終了。差し入れもいっぱいもらったよありがとう!

 このあと、ミニスカのバドガールがいるビアガーデンで、レジュメ担当K氏がバドガールからゆで卵をぶつけられ「私はドMです」と書かれた絆創膏を額に貼ってヤニさがっていたことは、また別の話……。

(写真は2グループ統合後のQ&Aの風景)

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大矢博子(おおや ひろこ)。書評家。著書にドラゴンズ&リハビリエッセイ『脳天気にもホドがある。』(東洋経済新報社)、共著で『よりぬき読書相談室』シリーズ(本の雑誌社)などがある。大分県出身、名古屋市在住。現在CBCラジオで本の紹介コーナーに出演中。ツイッターアカウントは @ohyeah1101

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