第11回名古屋読書会『長いお別れ』『ロング・グッドバイ』レポート前編「遺恨の行方」

 話は2年前に遡る。

 ジル・チャーチル『ゴミと罰』を課題図書に、料理研究家・貝谷郁子先生をお招きしての調理実習企画となった第5回名古屋読書会。コージー好き女子が多数つめかけ、大盛況のまま幕を閉じた──ように見えた。そう、ただひとつの遺恨の萌芽を除いては。

 調理実習で作った「ジェーンのスパニッシュオムレツ」を食べながらの読書会で、コージーを初めて読んだという男性陣から、こんな意見が出たのである。

 「主婦が延々お喋りしてるだけじゃん!」

 「ニンジンサラダのレシピとか、どうでもよくね?」

 「推理なんかしとらんがや」

 やあねえ、それこそコージーの醍醐味じゃないの。わかってないわねえ、と和やかに言い合ったコージー女子たち。だが、その様子を見ていた者がいたら気付いたことだろう。そう話すコージー女子たちの目が、誰ひとりとして笑っていなかったことに。

 そして、時は流れた。『ロング・グッドバイ』がドラマ化されると聞いたとき、私は躊躇無く決意した。「5月の読書会は『長いお別れ』『ロング・グッドバイ』でやります」──『ゴミと罰』をメッタ切りにしたチャンドラリアン加藤幹事が泣いて嫌がったことは記しておかねばなるまい。しかしその当時、世を席巻していた流行語が私を後押しした。曰く、やられたらやり返す。倍返しだ。

 ところが。恨みを晴らさんと爪を研いでいたコージー女子に思わぬ逆風が吹いた。なんとなれば──ドラマ『ロング・グッドバイ』がすっげえええ良かったのだ。浅野マーロウがチョーカッコ良かったのだ。綾野テリーが萌えどころ満載でキュン死続出なのだ。「嘘でしょ、マーロウってかっこいいじゃん」「どうしよう、あたしマーロウは撃てても綾野剛は撃てない」「やだ、『ロング・グッドバイ』の悪口言ってるの綾野剛に知られたら嫌われちゃう」「落ち着け、綾野剛はここ読んでないから」「大矢さん、無理です、あたし綾野剛に迫られたら拒めません」「大丈夫、絶対迫らないから!」

 しかもコージー女子への打撃は更に続く。5月17日、読書会当日。チャンドラリアン加藤幹事が用意したレジュメに、コージー女子は立ち尽くすことになる。「何これ、田口俊樹・加賀山卓朗・横山啓明の〈チャンドラー翻訳こぼれ話〉ですって……?」「この三人が、名古屋読書会のためにわざわざエッセイを寄稿して下さったって言うの?」「なんという贅沢な」「なんて罰当たりな」「……やだ、ちょっと、これチャンドラリアンへの援護射撃じゃないの!」「ほんとだ!」「ずるい!」「田口さんと言えば、競馬読書会にご参加いただいた恩が」「加賀山さんと言えば、ルヘイン読書会で泣かせた借りが」「こ、これは攻められない」「さらに、長澤教授によるハードボイルド文体論が」「加藤幹事畢生のハードボイルド史のページも」「ああっ! 渡米中の読書会メンバーxixiさんから、『長いお別れ』の舞台を巡る旅レポートが見開きで!」「写真までついてる……」「ギムレットのレシピまで載ってるよこれ」「しかも駄目押しに、綾野テリーと浅野マーロウの宣材写真が」「何なの、この攻撃型ボディアーマーみたいなレジュメは!」

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 ※レジュメ表紙上部2行に、虎の威を借るチャンドラリアンの叫びが見える。

 敵は脇を固めてきた。参加者だけでは弱いと見たか、まさか田口俊樹・加賀山卓朗・横山啓明の三氏を盾にするとは。アメリカにまで手の者を派遣するとは。レジュメには〈こっち派〉のページはないのか? いや、ある。名古屋読書会メンバーびりぃさんによるハードボイルドとコージーの比較エッセイ、同こいんさんによる腐女子目線の「マーロウ君のLOVEなお言葉」集、そして大矢セレクトの「萌えてよし腐ってよしの男の友情ミステリーブックガイド」がレジュメの後半を固めるが、しかし敵のメンツに比べ、これでは射程距離が短すぎる。バトル開始前からいきなり土俵際に追いつめられるコージー女子。

 さらに追い打ちをかけたのは、コージー女子の一派だと固く信じていたメンバーの裏切りであった。上京時、早川書房で開店中のBAR「ロング・グッドバイ」に行ったという読書会メンバーゆ〜たんは、早川書房営業担当のO氏に名古屋読書会のことを話したのだという。すると「ぜひ会場の飾り付けに」と、ドラマのポスターやパネル、そして「皆様1枚ずつ」とマーロウ名文句の入ったコースターを人数分、名古屋読書会に寄贈して下さったというではないか! 「ゆ〜たん、あんた寝返ったのね!」「え……だって……とてもありがたいお申し出ですし……」「でもこんなことしていただいたら、気持ちが、気持ちが揺らいで、あああ浅野忠信かっこいいよう、かっこいいよう(ポスターに頬ずり)」「しっかりして、それが敵の手よ! 罠にかかっちゃダ……ちょっと、その〈ギムレットには早過ぎる〉のコースターはあたしが貰うんだから手を出さないでよ!」コージー女子の戦意、最早風前の灯。

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 そんな葛藤を抱えつつ、準備はさくさく進む。加藤幹事がホチキス忘れるとか、ホチキスだけならまだしもなんと参加者の名札を忘れるとか、だもんだから慌ててコンビニまで名札の紙を買いに走るとか、頼んだホワイトボードが片面しか使えないものだったとか、受付&会計担当いつみ嬢が持病の喘息を発症し、それでも職務を全うせんと息も絶え絶えに「領収書は……領収書は要り……ます……か(ぱたり)」とまるでプルシェンコのラストステージのような見事な仕事ぶりを見せるとか、そんなお茶目なトラブルもあったが、それはそれ。相変わらずの見事な分業&チームワークで準備完了だ。

 いつものようにテーブルをみっつに分け、13名ずつ着席する。そしてゲストの司城志朗さん(『ロング・グッドバイ[東京編]』が絶賛発売中)と早川書房・小塚さんが登場。レジュメにも寄稿して下さった椙山女学園大学の米文学教授・長澤先生とあわせてこの三名が、それぞれのテーブルにゲストとして参加されます。大矢の開会宣言のあと、段取りの説明。前半は3テーブルに分かれてのグループディスカッション、休憩を挟んで全体討論、そして推薦文コンテストの結果発表という予定。ここまで充分なボディブローを食らってきたコージー女子も、開会の声に再度、気合いを入れなおす。思い出すんだ、『ゴミと罰』読書会のときの、あの屈辱のコメントを。いよいよグループディスカッションがスタートだ。さあ行け、コージー女子よ!

 「男が延々自分語りしてるだけじゃん!」

 「ギムレットのレシピとか、どうでもよくね?」

 「推理なんかしてないじゃないの」

 戦いの火蓋が、切られた!

                  (中編(1)に続く)

大矢博子(おおや ひろこ)。書評家。著書にドラゴンズ&リハビリエッセイ『脳天気にもホドがある。』(東洋経済新報社)、共著で『よりぬき読書相談室』シリーズ(本の雑誌社)などがある。大分県出身、名古屋市在住。現在CBCラジオで本の紹介コーナーに出演中。ツイッターアカウントは @ohyeah1101

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