第11回名古屋読書会『長いお別れ』『ロング・グッドバイ』レポート中編(1)「マーロウという男」

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 今回の読書会はゲストを含め、総参加者数42名。上は64歳、ロマンスグレーのおじさまから、下は未成年の大学生という幅の広さだ。男性と女性の比率は1:2と、これも過去最高に男性陣の多い陣容となった。『長いお別れ』が往年の名作ハードボイルドであることは論を俟たないが、なんせ60年前の作品である。それを今の読者はどう読むのか。世代による違い、性別による違いは果たしてどう出るのかというのが今回のポイント。

 今回も3テーブルに分かれて行なわれた議論の板書と聞き取り調査を総合し、後半の全体討論を加えてレポします。なお、参加者の大半は「特にハードボイルドのファンではない」というメンツです。そういう一般人(?)がどう読むか、というのが本稿には表れているわけですが、フィリップ・マーロウが大好き・チャンドラーが大好きな人は、本稿を一気に読むと体と心に受けるダメージが大きいと思われます。一応、バランスをとるよう心がけたつもりですが、できれば体調のいいとき、メンタルが好調なときに用法用量を守って服用して下さい。──ま、いつものことですけどね。名古屋読書会は。

 まずはマーロウのキャラクタについて。

「ハードボイルドのヒーローって寡黙なイメージだったんだけど、マーロウってずいぶん喋るんですね」「それ思った。ただでさえ饒舌なのに一人称だからずっとマーロウが喋ってるイメージ」「しかも皮肉が遠回しで長くて……こういう皮肉の言い方って、おばちゃんぽくね?」「脱線が多いのもおばちゃんぽい」「おばちゃんって言った? 俺のマーロウのことを、おばちゃんって言った…?(呆然)」「予想以上に感情を表に出すよね。ハードボイルドって喜怒哀楽を見せないもんだと思ってたんだけど」「すぐに人につっかかるし、我慢がきかないし」「警察や作家や弁護士に対しても必要以上に攻撃的だし」「あ、そこはね、50年代っていうのは富裕層や権力に対してぶつかるのがヒーローだったんですよ。公権力に対抗するのがかっこいいとされた時代」「ああ、なるほど!」「ならわかる。今のヒーローは公権力を利用するもん」「警察だって弁護士だってたいへんな仕事なんだから、もうちょっと敬意を持って欲しいな」

「細かいことだけどさ、マーロウってやたら女性のファッションチェックをするよね」「思った! おまえはピーコかと」「あの金髪談義!」「あそこは飲み屋でオヤジが語るセクハラ女性論に近いものが」「まあそれも昔だからね」「でもって女性に対してはかなりキザ」「でもセリフはかっこいいと思ったよ」「僕ね、あそこが好きなんですよ。マーロウとリンダがシャンパンを飲む場面。リンダが突然部屋に来たのに冷えたシャンパンがあって、『なんのためにしまっておいたの』と聞いたら『君のためさ』と」「「「うげぇぇぇ!」」」「え、何だよその反応! かっこいいだろ? シャレた大人のジョークだろ? 女性はメロメロになるとこだろ?」「いや、その、えっと」「むしろちょっと引く…」「っていうかキモ…」「キモいって言ったか? キサマ今キモいって言ったか?! 表に出ろ!」「いや、そうじゃなくて、自分が言われたらと思うと、いたたまれないというか」

 はい、注目。「自分が言われたら」──これ、司会をしていて、女性に多い読み方のように感じました。他にも「現実にいたら」という感想も頻出しましたね。無意識のうちにマーロウが自分の知り合いのように想定して読む。そうすると「関わると面倒くさそうな男だなあ」となるわけです。そのあたり、レジュメに掲載されたびりぃさんの「ハードボイルドのヒーローとコージーの主婦が結婚したら」という妄想エッセイが、鋭いところを突いてます。そしてひとつの証左が、読書会が済んだあとで出た、こんな感想でしょう。

「あの『君のためさ』っていうセリフね、相手がリンダじゃなくてテリー・レノックスなら、素直にうっとりできたかもしれない」

 男の友情(もしくはそれ以上)になると、そこに「自分」は介在しない。だからピュアにフィクションとして味わえる。そういうことではないかしら。腐女子の皆さん、いかがです? え、何ですかチャンドラリアン諸君。「マーロウはてめえを口説いたりしねえよ!」──わはは、そりゃそうだ。でも、そういう読みをしちゃうんだよねえ。男性陣だって、自分をマーロウに重ね合わせてないとは言わせないぞ?

「(気を取り直して)生活感がない。月収の話は出てくるけど、どういう生活してるのか見えてこない」「マーロウってお金受け取らないよね。潔癖なの?」「もしかしてお坊ちゃんなんじゃ」「ああ、なんか挫折知らずな感じするー」「青いまま大人になった感じ?」「うーん、むしろ大人になりきれてないというか」「子どもっぽいって指摘される場面は複数あったよね」「つまるところ中二病のコミュ障…」「言うな! それ以上言うなあああ!」「お金を受け取らないのはシリーズの中でも本作くらいだよ」「そうなの?」「五作通して読むと、マーロウの行動理念はわかると思う」「最後まで信念貫くのはかっこいいよ! そこだけはかっこいいと思ったよ!」「…だけは?」「現実にいたら(出た!)面倒くさい男だけど、でもブレずに信念貫くところはマジかっこいい」「でもさ、信念のために他人に迷惑かけるのはどうなの?」「うーん」「うーん」「うーん」

 もうやめて! チャンドラリアンたちのライフはゼロよ!

「色々出たけど、つまるところ、マーロウはあんまり好きじゃないって人が多いのかな」「いや、それは違います。そうじゃないです」「えっ、じゃあ好きなの?」「好きかと言われると困るんだけど──決して嫌いじゃない」「男性陣が言うような〈かっこよさ〉は正直感じないんですよ。ただ男性陣がマーロウを〈かっこいい〉と思うのは分かる」「ダメな男だと思うんだけど、でも嫌いじゃない」「ダメだし面倒くさい男なんだけど、でもそれを含めてかっこいいというか」「ツンデレ? もしかしてキミたちツンデレ?」「この子どもっぽくて面倒くさいところが……強いていえば、可愛い、かな」「ああ、そうだ、可愛いわ」「張らなくていい意地を張って、でも頑張ってそれを通しちゃうのが可愛いね」「うん、可愛い」「可愛い…? 俺の憧れのマーロウが、子どもっぽくて可愛い…?」「俺の孤高のヒーローが、可愛い…?」「違う、そんなふうに認めて欲しいんじゃないんだ…」

 あっ、チャンドラリアンたちが息してない。

 ではマーロウ談義はこの辺にして、次にいきましょう。他のキャラクター、物語の構造、そして二種類の翻訳についてなど。そこを掘り下げれば、もしかしてこの解釈の齟齬の理由が、もっとよく見えてくるかも?

                  (中編(2)に続く)

大矢博子(おおや ひろこ)。書評家。著書にドラゴンズ&リハビリエッセイ『脳天気にもホドがある。』(東洋経済新報社)、共著で『よりぬき読書相談室』シリーズ(本の雑誌社)などがある。大分県出身、名古屋市在住。現在CBCラジオで本の紹介コーナーに出演中。ツイッターアカウントは @ohyeah1101

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