そういう方向けの連載が今回から月イチで始まります。犯罪小説が大好きでしかたがないという小野家由佳氏が、偏愛する作家・作品について思いの丈をぶつけるコラムです。どうぞご期待ください。(事務局・杉江)
去る1月18、19日に当欄「乱読クライム・ノヴェル」が連載4周年を迎えたのを記念して、過去の回をキャッチコピーで振り返る企画をお届けしました。キャッチコピーを読んだ方がどの作品を読みたくなったかを問うアンケートを併せてtwitter上で実施いたしましたが、1位から10位の作品について魅力をさらにお伝えするために、「過去のその名作が気になる人への、現代作品のお薦め」を小野家氏に選んでいただき、レビューしてもらいました。ここからお気に入りの犯罪小説を探してみてください。
4周年企画「キャッチ・コピーで見る乱読クライム・ノヴェル」前編
4周年企画 「キャッチコピーで見る乱読クライム・ノヴェル」後編
4周年企画「キャッチコピーで見る乱読クライム・ノヴェル」アンケート結果 前編
4周年企画「キャッチコピーで見る乱読クライム・ノヴェル」アンケート結果 後編
1位:37ポイント
■「強盗をするのに最も相応しい職業は警官だ」
ドナルド・E・ウェストレイク『警官ギャング』(1972)
カーク・ウォレス・ジョンソン『大英自然史博物館 珍鳥標本盗難事件 なぜ美しい羽は狙われたのか』(2018)
綿密な作戦を遂行するプロフェッショナル、あるいは想定外な出来事の連続で計画が狂っていく素人……ドナルド・E・ウェストレイクはどちらのタイプの犯罪者も書きこなす稀有な作家です。
『警官ギャング』はそんな作者の本領発揮といえる逸品でしょう。犯罪を取り締まるプロの警官が強盗をするという設定の妙により二つの犯罪者像を同時に描くことに成功している快作です。
業界を熟知したアマチュアがプロ顔負けの犯罪を行うという構造は実は現代でこそリアルなのかもしれません。読後そう思ってしまうのが本書『大英自然史博物館 珍鳥標本盗難事件』です。
実際の事件を題材にしたノンフィクションなのですが、何故盗むのかという動機からその手段に至るまで奇想天外。犯罪小説顔負けの面白さなのです。
アマチュア犯罪者の横顔を描く手つきも抜群で、この辺り『警官ギャング』をはじめとするウェストレイク作品に通じると僕は感じてしまいます。
2位:27ポイント
■「一夜限りの犯罪が夢見る青年の人生を狂わせる。世界一頼りないクライム・ノヴェル」
ジョン・ビンガム『第三の皮膚』(1954)
E・R・ブラウン『マリワナ・ピープル』(2013)
『第三の皮膚』の主人公レス・マーシャルは、頼りない。
年齢に心が追いついていない。大人でも子供でもない期間を引き伸ばして夢ばかり見ている。
そんなレスとは真逆でモラトリアムを持つことすら許されなかった少年の物語が『マリワナ・ピープル』です。
テイトはカナダの田舎町でバリスタをしている十七歳。気軽なアルバイトではなく家計を支えるために働いています。
望んでしているわけではない。頭も要領も良い自分はもっとやれることがあるはず。鬱屈していた彼の日常はある日を境に一変します。
破格の仕事に誘われたのです。マリワナの製造と流通という……。
実年齢に対する精神年齢は大違いですが、レスとテイトは中途半端な立場ゆえに気軽に犯罪へ手を出してしまう部分は同じで、共通の頼りなさがある。そして、どちらの作者もそこを焦点として見事な犯罪物語を作り上げている。
いずれも埋もれさせるのは惜しい青春犯罪小説です。
3位:25ポイント
■「裁判の進行と共に露わになる事件の恐ろしい真相。人間という怪物のためのサスペンス」
マーガレット・ミラー『これよりさき怪物領域』(1970)
アンジー・キム『ミラクル・クリーク』(2019)
医療施設〈ミラクル・サブマリン〉で発生した火災は、死亡した患者の母親が放火したということで一旦ケリはついている。
だが一年後、公判のために集まった関係者たちの表情は暗かった。それは彼らが暴かれたくない秘密を持っている為で……。
『ミラクル・クリーク』は『これよりさき怪物領域』と共通点の多い小説です。法廷小説で、キャラクターの多くが心に闇を抱えている。
しかし今回並べたのはこの二冊が似ているからではありません。むしろ本質的なところで真逆ゆえに合わせて読んでもらいたいのです。
『これよりさき怪物領域』は読み進めていくうちに登場人物が怪物であることに気づかされていく小説でした。
対し『ミラクル・クリーク』は恐ろしい奴だと思っていた人たちが普通の人であることが分かっていく小説なのです。
ただし人間心理を解体していく一流のサスペンス小説であるという点は共通している。
是非、読み比べてみてください。
4位:23ポイント
■「ただの犯罪者を書かせたら天下一品の作者による〈詐欺という仕事〉についての小説」
ローレンス・ブロック『緑のハートをもつ女』(1965)
ローレンス・ブロック『殺しのパレード』(2006)
ローレンス・ブロックは本連載で取り上げてきた中だと数少ない現役作家です。
ただ書き続けているだけではなく作品の質も下がっていない。研ぎ澄まされてさえいる。
そんなブロックの近作の中で『緑のハートをもつ女』の直接的な系譜に連なるのが『殺し屋』から始まる《殺し屋ケラー》シリーズです。
一見どこにでもいそうな中年男性で、実際にその通りの人間。ただ一点、殺し屋を生業にしているということ以外は……ケラーは何十年もの間ブロックが書き続けてきた〈ただの犯罪者〉の極地のようなキャラクターです。
あくまで仕事として人を殺す。
業務だから嫌なことでもやるし、ワークライフバランスも気にする。
読みながら親しみを覚えてしまうくらいどこまでも等身大の社会人として彼は描かれます。
『殺しのパレード』はシリーズの短編集で珠玉の作品が並ぶ一冊です。
ゆったりとした気分で、職場へ向かう途中にでも読み始めてみてください。
5位:21ポイント
■「たとえば隣の家のブランコ、たとえば深夜の高速道路。すぐそこから始まる冒険小説」
ジャック・フィニイ『夜の冒険者たち』(1977)
フランシス・ハーディング『カッコーの歌』(2014)
『夜の冒険者たち』は大人は本来もっと自由に生きられるんだということを思い出させられる小説だと思います。
行われる冒険は物理的には簡単なものばかりです。けれど心理的なハードルがあって普段は中々できない。
そうしたしがらみを捨てていき、自分たちはなんでもできることを証明していく。そういう本です。
翻って考えてみると子供であることは大概不自由です。
肉体的あるいは金銭的な事情でやりたいことができない。代わりに精神的なしがらみはないかというと……そうでもない。子供だって色々ある。
そんな不自由さをどう乗り越えるかが冒険になっているという意味で『カッコーの歌』はまさに少年少女の冒険小説です。
大人たちが勝手にかけた魔法のせいで、とてつもない困難に遭う二人の少女。周囲のもの全てが敵になり何もかもが思い通りにならない状況を乗り越えていく物語は切実で、読者の胸を熱くさせる。
煌めくような本だと思います。
■「善人は時に悪人の何倍もタチが悪い」
シャーロット・アームストロング「あほうどり」(1957)
T・J・ニューマン『フォーリング―墜落―』(2021)
ちょっとは非があるかもしれないけど別に私が悪いってわけではないはず。でも、あんなに良い人である彼女のことが嫌いってことは、もしかして。
「あほうどり」の要は自身の善人性が揺さぶられる嫌な感覚だと思います。
「自分は善人だ」という素朴な気持ちを焦点にサスペンスが展開されるという意味で似た読み味があるのが今年訳出された航空冒険小説『フォーリング―墜落―』です。
家庭内で話が完結している「あほうどり」とは対照的にスケールの大きな作品です。
何百人もの命を背負う立場のパイロットが家族を人質に取られ、いま操縦している飛行機を墜落させろとテロリストに脅迫される。
一見、善悪のはっきりした粗筋に思えるのですが実はそうではないというのが本書の肝。
百パーセントの善意で動いている登場人物について「余計なことを!」と苛立ってしまってからハッとする、絶妙な居心地の悪さを味わってみてください。
7位:20ポイント
■「ハードな鬼ごっこの果てに、追う者と追われる者の境界線は衝撃とともに消え失せる」
ジョー・ゴアズ『マンハンター』(1974)
ヨルン・リーエル・ホルスト『警部ヴィスティング カタリーナ・コード』(2017)
心理描写を排し客観的な行動描写だけで物語を綴っているという意味でジョー・ゴアズの作品はまさしくハードボイルドです。
『マンハンター』はそうした手法の一つの究極ともいえる作品でした。追う者追われる者という構図を動的に描いた作品としてこれ以上のものはない。
ここでは違う方向を突き詰めた作品として『カタリーナ・コード』を並べたいと思います。
二十四年前の未解決事件を老刑事が今になって追うという粗筋からも察せられる通り、この作品で描かれるのは現在進行形の鬼ごっことは真逆の静的なマンハントです。
遺されたものを拾い集めていき、ようやく真相が見えてからの対決はハードな展開はないけれどスリリングで思わず手に汗を握ってしまう。現代ミステリはここまで書くのかと唸る小説です。
ゴアズは元私立探偵でしたがホルストは元捜査官。作風は違えど共に作品にずっしりとしたリアリティがあるのはこの共通点ゆえかもしれません。
8位:19ポイント
■「正義の味方に成り切れない新聞記者が巨悪を追った先で胸に刻む、自らの仕事の第一義」
ウィリアム・P・マッギヴァーン『緊急深夜版』(1957)
ジョン・ヴァーチャー『白が5なら、黒は3』(2019)
良くないと誰もが思っているはずなのに、どうしてか世から消えない。
『白が5なら、黒は3』はそうした社会問題が引き起こす犯罪の連鎖を描いた作品です。
ボビーの親友アーロンは刑務所から出て以降、白人至上主義者に変貌してしまっていた。ヘイトを撒き散らした末に殺人を犯してしまった彼のことを庇いながらも、ボビーは葛藤する。何故なら自分は混血だから。もし、このことが知られたら……
粗筋通り重いテーマを扱った小説なのですが、この本の美点はテーマを決して単純化しない点です。
何故、あるべきではないと何十年も前から分かりきっているはずのことがいつまでも続いてしまうのか。
本書はそこに真摯に向き合う。
善悪の二元論ではなく、その間にいる人間を描く。正しい行動を取れない者が抱えている感情を、その裏にある経験を目を背けずに語ろうとする。
このスタンスの部分に僕はW・P・マッギヴァーンと同じものを感じます。
9位:18ポイント
■「冴えた頭と軽口で全ての危険を乗り越える。陽気で小洒落た私立探偵小説シリーズ」
ヘンリイ・ケイン「一杯のミルク」ほか(1947)
ロバート・クレイス『指名手配』(2017)
腕っぷしが強いわけではない。物凄く頭が回るってほどでもない。
ただ、どんな時もユーモアを忘れない。
ジョークを一言つぶやいて、全ての困難に立ち向かう。まあ、困難がない時でも軽口ばかりなのだけれど。
ピート・チェンバースの時代から綿々と続いている、このタイプの私立探偵の後継者といえば、なんといってもロバート・クレイスの生み出したロスの探偵エルヴィス・コールでしょう。
長寿シリーズですが各編の独立性が高いので、どこから読み始めても問題ありません。ここで紹介する『指名手配』は彼が単独で主役を張る作品としては最新の邦訳作です。
今回コールが依頼されたのは悪い仲間とつるみ始めた少年についての調査。どうも少年非行の範疇にとどまらない、ヤバい連中が絡んでいるらしく……という粗筋で、一気読みできる痛快作です。
読み終える頃にはきっと、エルヴィス・コールという探偵のことが大好きになっているはず。
10位:16ポイント ※10位作品の中から小野谷氏に選んでもらいました。
■「僕の従兄は世界一の大悪党……になる男。初めての悪事へ向け、僕らは今日も精を出す」
ヘンリイ・スレッサー『快盗ルビイ・マーチンスン』(1960)
ロバート・ロプレスティ『日曜の午後はミステリ作家とお茶を』(2018)
『快盗ルビイ・マーチンスン』はなんだか幸せな気分になってしまう一冊です。
数ページの単発短編の中でも登場人物の人生を忘れ難い形で描くことができるヘンリー・スレッサーがシリーズキャラクターを書いてくれるのです。しかもサクサク読めるテイストはそのまま。
傑作とは言わないのですが、そう呼ばれる本よりも愛しいかもしれない。
現代の作品で個人的に同じ立ち位置に置いている本があります。
『日曜の午後はミステリ作家とお茶を』です。
ロバート・ロプレスティはスレッサーと同じでAHMMの常連作家です。切れ味良しの短編を書きこなすのも同様。
本書はシリーズキャラクターであるミステリ作家シャンクスの登場作を集めた短編集です。
とにかく、どの作品も軽やか。
隙間時間にいいないいなと楽しんでるうちに読み終えてしまう。その頃にはシャンクスや彼の妻コーラのことが大好きになっている。
本書もまた、幸福な本だと思います。
◆乱読クライム・ノヴェル バックナンバー◆
小野家由佳(おのいえ ゆか) |
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ミステリーを読む社会人五年生。本格ミステリとハードボイルドとクライムコメディが特に好きです。Twitterアカウントは@timebombbaby。 |