第11回名古屋読書会『長いお別れ』『ロング・グッドバイ』レポート中編(2)「本を読むのは、わずかのあいだ腐ることだ」

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 チャンドラリアンたちがわずかのあいだ死んでいるうちに、議題は次へ。他のキャラクターはどうですか?

「女がぜんぶ一緒! まったく印象に残らない!」「ファッションチェックは多い割に、中身に対してのコメントがないというか」「キレイなだけで、ファム・ファタル(運命の女)感ゼロなんだけど」「マーロウって面食い?」「チャンドラーはそもそも女性を書き分けようと思ってないんじゃないかな。記号であればいいと」「昔の小説ってそうだよね」「強いて言えば、アイリーンはヤンデレ、リンダはツンデレ」「ツンデレと言えばテリーでしょ!」「綾野剛!」「いや、それ持ち出すと話が混乱するから、ちょっと抑えて」

「テリーもさ、だめんずと言えばだめんずなんだけど」「主体性がない感じがね」「マーロウに送ってもらって去るとき『止めるなら今だよ』みたいな、止めてくれ感満載の感じが」「ただ、生への執着心は強いと思う。どんな手を使っても生きるぞって感じ」「そこがいい!」「彼は戦争で死に時を逃しちゃった感じする」「えー、あたしテリーの魅力がわからない」「綾野剛なら仕方ない」「あたしも綾野剛だと思って読んだら読めた」「あのさあ、どうしても理解できないんだけど──」

「そもそもどうしてマーロウは、ここまでテリーを助けるの?」

 チャンドラリアンたちを愕然とさせる一言でした。しかもこの疑問、すべてのテーブルで、女性陣の大半から出たわけで……。「そこに疑問を持つのか? うわあ、そこで躓いたら、そりゃこの話を楽しめるわけないわ!」

「え、疑問じゃないの?」「疑問に思ったことない」「だってさ、恩もないのにテリーのために犯罪に走るんだよ?」「だからそれがマーロウの友情の流儀なんだよ」「それほどの友情が芽生えた過程がわからない」「ダチだからだよ、それで充分だろ」「綾野剛なら確かに助けたいけど」「テリーのために収監されて、でも自分のためって言うし」「それはカッコツケじゃなくて、本当にそうなんだよ。マーロウにとってはごく自然なことなんだよ」「マーロウのテリーに対する思い入れに、ついていけない」「テリーもついていってない感じする」「マーロウは果たしてテリーをちゃんと理解してたのかなあ」「むしろ現実のテリーより、脳内テリーにこだわってる感じしない?」「それって…もはや友情じゃなくて」「うん…友情を超えてて」

「これは、マーロウがテリーに失恋する話なんですね」

 この意見が出たとき、ゲストの司城志朗さんがとても驚いてらしたのが印象的でした。

「僕は若い頃に『長いお別れ』を読んで、最高だ!と感動して以来のファンなんですが──実は僕も、これはマーロウがテリーに失恋する話だとずっと考えていたんです。でも、そんなふうに解釈しているのは、たぶん僕だけだろうと思っていた。なのにここで、まさか同じ意見の人がいたなんて──これは一般的な解釈なんですか?」

 ダンディでジェントルマンな司城先生に向かって、ここで「腐」を持ち出すかどうか、大矢、史上最高の葛藤。しかし腐るかどうかはさておき、ピュアな友情であっても、互いに向かう矢印の太さは違う。マーロウからテリーに向かう矢印の方が太かった──それもまた、失恋なわけです。

 奇しくも同じ頃、加藤チームでは長澤先生がこうおっしゃっていました。

「マーロウにとってのファム・ファタルはアイリーンじゃない。テリーなんです」

 『長いお別れ』は腐女子目線で見なくても、こうして複数のプロがよく似た解釈をしていることは特筆に値するかと。腐らせるのではなく、とことん純化させた。そしたら行きついたところはとても近かった──けれど少し、薄皮一枚ほど次元が違う場所という感じでしょうか。まあ、その薄皮一枚がルピコン河なわけですが。

「だから女は記号でいいんだね」「話の真ん中パート──作家とのくだりの部分も要らないなあと思ったんだけど」「その部分は当時のアメリカ社会の描写の意味もあるから」「ミステリとして弱いってのも、恋愛小説なら別にいいのか」「テリーに対する過剰な思い入れも、一目惚れと思えば理解できる」「あー、なんかいろいろスッキリしたー」「スッキリした…? そうなの…? これでいいの…?」「で、どっちが受」「おっと、それ以上は踏み込むな」「そりゃマー」「それは二次会で!」

 そして「あたし、この話好きよ」と言ったある女性がこう続けた。「あのね、あたしこれ二十代で読んだときは、まったく面白くなかったの。でも五十代になって今回再読したら、マーロウかっこいいって思えた」「あ、逆だ。昔は大人の男ってかっこいー、と思って読んだけど、マーロウの年齢超えたらちょっと醒めた」「あたしは今の方が、マーロウの意地が理解できるなあ」「十年に一度再読すると、その都度、感想が違うかもね」

 そして大矢チームで、司城先生からの一言。

「僕はこれを昔読んで、マーロウをすごく好きになった。けれどここにいる皆さんは、そうでもないと言う。それは時代のせいもあると思います。マーロウの、殴られても信念を変えないという強さは、当時のサラリーマンたちの憧れだった。バーでギムレットを傾けるというのが、とてもかっこよく見えた。でも今は、理想とする男性像が変わっちゃったんですね。でもこれはあの時代の、憧れのアメリカなんです」

 そのとき加藤チームで、最年少未成年が手を挙げていた。「僕、高校時代にこれを読んで、大人の世界に憧れました!」──おお、こんな若い読者がいる。こんな若い読者が憧れると言っている。大丈夫、ハードボイルドの未来は決して暗くはないぞ!

 ああ、なんかレポが際限なく長くなっている! 後編では「次の一冊ブックリスト」を書かなくちゃいけないから、中編はあと1回。文体と翻訳についてで打ち止めにします。うわあ、史上最長全5回連載だよ!

                       (中編(3)に続く)

大矢博子(おおや ひろこ)。書評家。著書にドラゴンズ&リハビリエッセイ『脳天気にもホドがある。』(東洋経済新報社)、共著で『よりぬき読書相談室』シリーズ(本の雑誌社)などがある。大分県出身、名古屋市在住。現在CBCラジオで本の紹介コーナーに出演中。ツイッターアカウントは @ohyeah1101

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