あれは2月の寒風吹きすさぶ頃、大阪駅北側再開発の目玉、グランフロント大阪の燦然と輝くタワーAを見上げて、筆者は迷っていました。左手にはいつもの読書会フライヤー、今回は眠る猫のイラスト。右手には読者賞サイトからいただいてきた全国翻ミス読書会&第2回読者賞の案内フライヤー。どちらも意匠は文句なしに素晴らしく、ただ、いかんせん薄っぺらなコピー用紙での自前プリントアウト、またもや裁断ミスって端っこギザギザしてるし、手作り感がてんこ盛り。ここ6階の紀伊國屋書店さんはひろびろとした良い書店と聞いてきたけれど、あまりに豪華でお洒落な場所にあるもんだから、訪ねる前からすっかり弱気に。フライヤーの店内設置をこころよく引き受けてくださる書店さんはこれまで何軒かあったけれど、諸事情でごめんなさいと断られることも多くて、こちらはどうかなぁ、敷居が高いなぁ、どきどきどきどき(エレベーターへ)・・・・・・・。
「あの、あの……」
「はい!」(すぐに気づいて満面の笑顔で駆け寄ってくださる女性書店員さん、眼鏡がステキ)
「お忙しいところすいません、えっと、実は(かくかくしかじか)翻訳ミステリー大賞シンジケートという団体がありまして(かくかくしかじか)全国で翻訳ミステリーを読む読書会をやってまして(かくかくしかじか)さらに去年から読者賞というのができまして(かくかくしかじか)……」
混み合うカウンターの隅で大急ぎで説明し、反応はいかにとおそるおそる目を上げると……。
はたしてそこには、2枚のフライヤーを食い入るように見つめている、眼鏡の奥のキラキラな瞳が!
「きゃぁぁぁ、すごぉぉぉい! これ置かせていただけるんですか?」
(え? いや、置いてくださるんですか?)
「すごいです、嬉しいです、わたしが読書会参加したいです」
(マジで?)
「うちの店でもビブリオバトルとかいろいろ企画してますので、よろしかったら今度なにかでぜひご一緒に」(あらま!)
と、まさに願ってもない展開で、途中ざっくり端折りますが、この本好き書店員さんを絵に書いたようなY嬢にお会いしたのをきっかけに、全国読書会仕掛け人の越前敏弥さんがメガネっ娘好きなのも手伝ってか手伝わずか、とんとん拍子に話は転がり、去る4月26日土曜日、紀伊国屋書店グランフロント店の栄えある1周年記念のその日に、豪華コラボイベントが開催されることとなりました。前置きが長くなりましたが、以下にイベントレポートをお届けします。
第1部 『日本人なら必ず誤訳する英文 リベンジ編』 刊行記念講演会
第2部 翻訳ミステリー大賞・読者賞を徹底的に語る!座談会
ゲスト出演 中谷友紀子さん(『ゴーン・ガール』訳者)&関西翻訳ミステリー読書会有志
——グランフロント大阪 タワーC ナレッジキャピタル カンファレンスルームにて——
開演にあたり、Y嬢からマイクを手渡された越前さんから、まずはご挨拶。もともと越前さんと紀伊國屋グランフロント店さんとは、縁の糸で結ばれていたようです。
越前「ちょうど1年前、グランフロントがオープンしたその日に大阪に居合わせました。そのときは歩けないほどの大混雑で早々に退散。数か月後に再訪して店内を回らせていただいたところ、広いスペースの随所に趣向を凝らしたコーナーが置かれ、あきらかに本好きな書店員の方々によって創られた、本好きがゆっくり過ごせる書店であることに感激しました。なにより、国内文学と海外文学が同じウェイトで置かれ(これ、スゴイこと)、それどころかメイン通路に沿った良いほうのスペースを海外文学が占有(!)。翻訳書にたずさわる者としては本当にありがたいことです。今回のイベントを機に、ぜひ紀伊國屋書店グランフロント店さんと末永いお付き合いができることを願って、心より願って……乾杯、だと終わっちゃうよね、それ打ち上げのときだよね」
(はい、終わっちゃいけません、はじめてくださいね)
第1部 『日本人なら必ず誤訳する英文 リベンジ編』刊行記念講演会
第1部は、3月20日に刊行された『日本人なら必ず誤訳する英文 リベンジ編』のエッセンスを著者直々に伝授いただける、とってもお得な内容でした。同書はご存知のとおり、ベストセラーとなった『日本人なら……』シリーズ第1弾の続編として出されたもので、前著に負けず劣らず手ごわい英文が一問一答形式でぎっしり詰まっています。仮題では『復習編』だったところ、ディスカヴァー・トゥエンティワン干場社長の手元で「復習」→「復讐」→「リベンジ」にさくさくっと変換がなされたとか。細部に光るネーミングセンス、さすがです、社長さま。帯の惹句も強烈ですね——『英語自慢の鼻、再びへし折られるか?』
その帯に引用されたThe three children in that family were good copy. の意味はなんぞや、からはじまって、
(↑ こんな画像が頭に浮かんだ方は、ザンネン不正解!)
あらかじめ配布されたリストを睨みながら、客席一同、しばし英文に隠れた謎と格闘。
まんまと間違った解釈へミスリードされたところで、うっかり見過ごしている文法的手がかりや矛盾が指摘されます。さらにプロジェクターを使って辞書をひいたりウェブでググったりの検証がおこなわれ、真の意味があきらかになった瞬間、場内から一斉にウロコのはがれ落ちる音が!(ぼろぼろぼろぼろっ)
ねぇ、ミステリー好きのみなさん、こんな楽しいこと、訳者だけに独占させとく手はありませんよ?
まえがきによると、翻訳学習者をはじめ、中級以上の英語学習者を対象に書かれたというこの本ですが、「英語の勉強なんかひさしくしてないなぁ」って方でも、パズルや暗号解読のつもりで挑戦すると、そこからむくむくと英語への興味が湧いてくるかもしれません。ちなみに、「学習相談Q&A」というコラムのようなページがところどころに挟まれ、これがとっても親身で親切。大学受験生やTOEIC/TOEFLなどの資格試験挑戦中の方々にもぜひ知っておいてほしい、実践的なアドバイスが書かれています。
会場では本に載っていないネタもあれこれ紹介され、こんな面白いのもありました。
越前「カーキ色と聞いて思い浮かべる色に、いちばん近いのはどれですか?」
1 濃い緑色
2 薄い緑色
3 濃い茶色
4 薄い茶色
会場の挙手比率はほぼ4等分。さて、みなさんは何番でしょう。解説はwikipediaで。
事前予告どおり、越前さんご自身が「げげっ」と焦った失敗談も披露されましたが、「内緒でお願い♪」とのことでしたので内緒です。どうしても気になるぅという方は、『氷の闇を越えて』の新版と旧版を両方手に入れて、目をさらのようにして読み比べてみてくださいね。
(中編につづく)
◇飯干京子(いいぼし きょうこ) 大阪在住。関西読書会世話人メンバーの1人。英語学校でTOEICや英文法の講師やってます。好きなもの牛乳。でも身長150cm。過去の訳書にグレッグ・ルッカ『逸脱者』『哀国者』『回帰者』、リンダ・フェアスタイン『焦熱』など |