みなさま、こんにちは。韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。
 先日、外出先で短編集を読んでいて、そこに置き忘れて帰ってきてしまったのですが、そのとき読んでいたのがタイムループもの。すぐに取りに行くこともできず、手元の未読本を読み始めたら、そいつが長編ループもの。翌日、置き忘れた本を引き取りに行き、短編ループの続きを読み始めたら、頭がグルグルになってゲロ吐きそうになりました。……ということで今回はタイムループものを二つご紹介。


 一つめの作品は『月曜日がない少年』(作/ファンヒ)。「第1回大韓民国電子出版大賞コンテスト」(毎日経済新聞、文化体育観光部、韓国出版文化産業振興院主催)にて大賞を受賞した作品となっております。

 ある日曜の早朝。コンビニに足を踏み入れた主人公ウンセ。鼻には乾いた血がこびりつき、頬は腫れ上がり、口元にも血が滲んでいる。瞳は逃亡者のごとく不安げに揺れ動き、ショートパンツの裾からは傷跡とアザに覆われた細い足が伸びている。その場に居合わせた数人の客と店員の視線は一瞬彼女に向けられるが、すぐにテレビの画面へ釘付けになる。そこには、近ごろ噂になっている「裁きの天使」連続殺人事件に関する報道が映し出されていた。
“今回発見された6番目の頭部は、キムチとともにビニール袋に入れられており……”
 ウンセの脳裏に、ある風景が浮かび上がる。
 浴室の床。黒いビニール袋をかぶせられていた女の死体。あれが6番目の頭? ……ってことは父さんが「裁きの天使」? 頭が入ったビニール袋を手にした父親は、何時間も前にバイクに跨り姿を消していた。

 コンビニをあとにしたウンセが向かった地下鉄駅のホームでは、一人の男が悲しみに打ちひしがれていた。こみ上げる涙を抑えきれず、両手で顔を覆って泣く男。どこか見覚えがある気がする。男がホームに入ってくる地下鉄に目を向けた瞬間、彼が身を投げ出すという確信を抱いたウンセは、体を張って自殺を阻止する。冷静を取り戻した男が、ウンセに声をかけた。
「あの……」
 そのとき、ウンセの携帯の着信音が鳴り響く。自宅から逃亡した彼女を血眼になって探している父親に違いない。そう思ったウンセだったが、着信画面に浮かんだ文字は「ママ」。交通事故で他界したはずの母親からの電話。ウンセはいぶかしげに通話ボタンを押した。「……ママ?」

 目が覚めるとバスの中だった。車内に流れるラジオ放送では、「裁きの天使」に関する討論が行われていた。
「5番目に発見された頭部は、生きたネズミとともに袋に入れられていました」
 乗客の会話が聞こえてくる。
「6番目は何と一緒に見つかるんだろうな」

 あれ? 6番目の頭はキムチと一緒に見つかったよね? ……現実とごちゃ混ぜになるほど鮮明な夢を見るなんて……ウンセは苦笑いを浮かべた。こんな放送を聞きながら寝たせいで、あんなおぞましい夢を見たに違いない。夢の中では父さんが「裁きの天使」で、父さんの暴力に抗いきれず、6番目の犠牲者の体を切り刻んだ。あんな身の毛もよだつ悪夢が現実じゃなくてよかった。
 でも。今、この瞬間が、バスの中、ラジオ放送、乗客の会話、何もかもがすでに夢で体験したことのように感じる。本当に、ただの夢?

 ……6番目の犠牲者であるジェヒは、ウンセにとって大切な人でした。ジェヒを助けたい一心で、ウンセは自らタイムループに飛び込みます。何度も時をさかのぼり、なんとかして運命を変えようとするウンセですが、その「変化」は彼女が望む方向にはなかなか流れてくれず、何度も時を往復しているうちに記憶が混乱したり、忘れたくないことを忘れてしまったりと、常に新たな敵と闘い続けるウンセ。「裁きの天使」はなぜジェヒを手にかけたのか。終盤には、天の裁きを標榜するエセ宗教団体が登場し、そのベールが徐々に剥がされていきますが、それと同時にウンセとジェヒにもじわりじわりと魔の手が忍び寄っていきます。
 ファンヒの作品は第6回でも紹介しましたが、とにかくグシャグシャに入り組んだ設定が魅力的。他にも、こちらの作品のスピンオフや、現実と空想世界が混在し、一瞬たりとも気を緩められないグルグル作品(気を緩めた途端、現実の話なのか空想世界の話なのかわからなくなる)、最新作のゾンビSFミステリーなど魅惑的な作品がたくさんあるので、いつかご紹介できればと思っています。


 次の作品は「オーバーラップ ナイフ、ナイフ」(作/チョ・イェウン)。こちらは第1416回で紹介した作品の作者による短編集『カクテル、ラブ、ゾンビ』に収録されている作品で、ジャンル小説専門レーベル「黄金の枝」主催のタイムリープコンテストで優秀賞を受賞した作品。12章からなり、章ごとに二人の話者が入れ替わる構成となっています。

一人目の話者は男子大学生のセホ。アル中の父親がふるう暴力のせいで、心身が崩壊していく母親のことを、いつも気にかけている。当の母親は、彼の人格が変わってしまったのは会社の倒産のせいであり、本当は優しく男気のある立派な人だと、いつも夫を擁護する。
 ある日、母親に頼まれた寿司を手に帰宅すると、父親が血の滴るナイフを手に立っていた。傍らには、体が異様な角度に捻じ曲がった母親の姿。首の下には大きな血溜まりができていた。いつかはこうなるだろうと思っていた。父親が母親を殺し、自分は父親を殺すことになるだろうと。セホは父親が母親を刺したナイフを握り、それを父親の首に突き立てた。

 もし、もう少し早く帰ってきていれば
 寿司なんて買いに行かなければ
 刃物なんてみんな捨てておけば
 そうすれば、父は母を殺すこともなく、自分も父を殺さずにすんだだろうか?

 いや、そんなこととは関係なく、この結果はもたらされるべくしてもたらされたものである。そう悟ったセホは、自らの首にナイフを突き立てた。薄れゆく意識の中、セホは不思議な声を聞く。
「時を戻してやろうか? チャンスは3回だ」

 もう一人の話者は一人暮らしの女子大生ヨンヒ。このところストーカー被害に悩まされている。警察にも届け出たが取り合ってもらえなかった。そんな都会の生活に疲れ、田舎に戻ることを考え始めたある日の帰り道。背後に感じるストーカーの気配に怯えながら歩いていると、知人を装った見知らぬ男が声をかけてきた。不審な男にあとをつけられているヨンヒを目にした大学生のチャンソクが、ストーカーを追い払うためにひと芝居うったのだ。男気のあるチャンソクの行動に心を奪われたヨンヒは、どんどん彼のとりこになっていく。だが。

 自分がおとなしく田舎に戻っていれば
 彼が、ストーカーに怯える自分を目にすることなどなかったら
 自分を助けることなどなかったら
 彼はストーカーに殺されずにすんだのに

 思いがけないチャンスを手にしたセホは過去へとさかのぼり、母親が父親に殺される前に、自分が父親を殺害することを企てます(そしてもちろん、計画が順調に進むわけもなく)。一方で、ヨンヒはチャンソクを救うべく、あの手この手でストーカーを撃退しようと必死になるわけですが、このストーカーというのがものすごい執着心の持ち主で、引き下がる気配がありません。母親を救うためにセホはいったい、どこまで時をさかのぼるのか。ヨンヒのあとをつけ、チャンソクの命を狙うストーカーは、いったい誰なのか(あ、バレそう……)。最後まで読んでみると合点がいく反面、やはり歪められてしまった時空に虚しさを覚えずにはいられない作品です。
 時空を超える作品といえば第9回でご紹介した『コムタン』(作/キム・ヨンタク)も絶対に外せない秀逸な作品! 近い将来、ぜひとも日本の読者の手元にも届きますように!

藤原 友代(ふじはら ともよ)
 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。
 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。
 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。
 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。


















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