みなさま、こんにちは。韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。早いもので、今年も残すところ、あとわずかとなりました。本日は1年の締めくくりにふさわしい、華やかな表紙の作品二つをお持ちしました。


 1冊目は『砂の街の人形たち』(イ・ギョンヒ作)。先日ご紹介した『あの日、あの場所で』の作家さんによるSF連作短編小説集です。
時は近未来。あらゆる最先端科学技術を思う存分試すことができる無法地帯、「Sandbox」と呼ばれる地区で、この地区特有の事件と闘う検事ガンウと、ほぼ彼専属の下請け捜査官ヘリの活躍を描いた5作品(+エピローグ)が収録されています。
 一つ目の作品「χCred/t(カイクレジット)」の主人公は、合成人間「χ(カイ)」。

 世界中から集められた人生の成功者100人の遺伝子から、高い知能や美貌など長所のみを抽出し造られたカイ。金儲けのため「有名人」になることを決意したカイは、あの手この手で世間の注目を集め、世界中から脚光を浴びるアイドルに成長した。自身の日常をライブ配信することで、すでに莫大な広告収入を得ていたカイだが、さらなる儲けのために配信コンテンツの増産を計画し、自分と同一の分身を100体複製する。だが、すべて同一であるはずの「カイ」たちは、やがて個体ごとに個性を見せ始め、自分こそ本物のカイであると主張するカイ同士が殺し合いを始める。

 ガンウとヘリがまず目をつけたのが、カイを作り出した遺伝子デザイナー、チェ・ミヨン。彼女はカイのマネージャーを務めると共に、遺伝子提供者100人とカイを産んだ代理母を集めてサバイバル番組「ペアレント101」を企画します。その目的は、カイの法的な親を決めること。番組では親1名とカイ1名がペアとなり対決を繰り広げますが、殺し合いを始めたのは、決勝まで勝ち残った二人のカイでした。それをただの偶然ではないと察したガンウたちは、ミヨンの生涯、特に彼女が脳に大きな損傷を負った事故に注目します。事故とカイの複製には、ミヨンの悲願ともいえる壮大な策略が隠されていたのです。次々と現れては消えていく韓国のアイドルたちの悲哀や絶望感をも描いた、あるイミ社会派SFともいえる作品です。
 次の作品、「あの、デジタル世界のゾンビたち」では、10万人の老人が暮らす公営団地が舞台。居住者の老人の一部は「義体」利用者ですが、義体は標準モデルでも高価な物。その高価な義体をブローカーに売り払い、代わりに安価な義体を購入する老人たちが多数現れます。差額分の儲けを子どもへの小遣いにしたり、借金返済にあてるための老人なりの方策だったのです。
ある日、団地内で老人同士の暴力事件が発生。事件は日に日に増加し、1日目の被害者が2日目の加害者に、2日目の被害者が3日目の加害者に、と、まるで暴力性が伝染しているかのような事件。そして団地内で終息するかと思われたゾンビ騒動はやがて、団地の外へと向かい始めます。老人ゾンビの集団が、一斉に団地の外へ駆け出したのです。
実は、このゾンビ騒動には、あるオタクが関与していました。「わが身を削ってでも」子どものために尽くしたい親心と、オタクの歪んだ欲望が紡ぎ出した事件。親心も欲望も度を越してはいけないと戒めると共に、一歩間違えれば現代でも起きかねない事件を提示したような作品(さすがに老人ゾンビはまだ現れないかと思いますが……)。

 最後に収録された「Twinplex」では、ヒューマノイドの人(?)権と性的少数者の権利に関する問題を提起します。
 少年ヒョンスは自分の性が「男」であることに違和感を抱き苦しんでいますが、巨大企業のCEOを務める母親のミヨンは息子の思いをはねつけると同時に、「Twinplex」で少女ヒョンジョンを製造します。Twinplexはヒューマノイドとは異なり、使用者の人格を共有する、使用者自身の二つ目の肉体であり、使用者がそれを虐待しても「自虐」、殺害しても「自殺」とみなされる存在。ヒョンスが望む「女としての人生」はヒョンジョンに任せ、ヒョンスには男として生きるよう強要するミヨンですが、ヒョンスはそのストレスからヒョンジョンを虐待するように。ヒョンジョンはその苦痛に耐えかね、ヒューマノイド保護団体に救援を要請します。
 ヒョンジョンはTwinplexなのかヒューマノイドなのか。彼女に対する暴力は自虐なのか他虐なのか。後半はアクション映画さながらの展開を見せ、ラストでは、少年ヒョンスの出生に関するSandboxならではの大どんでん返しな秘密が暴露! とスピード感あふれる、クライマックスにふさわしい作品です。
 近未来が舞台とあり、どことなくスタイリッシュで軽快なムードですが、扱っているテーマはいたって深刻。どの事件もどこか身近で、現在が未来を作っていることを実感させられる一冊です。


 お次は、こちらも何度か(第141621回)ご紹介してきた作家、チョ・イェウンの短編小説集『Tropical Night』。さまざまなジャンルをミックスした作風が持ち味の作家ゆえ、「ホラー×ファンタジー」「SF×ファンタジー」はもちろん、「ほのぼの×しんみり×グロ」の調和なども楽しめる、色彩豊かな8作品が楽しめます。
 初めにご紹介するのは、「肉とザクロ」。主人公のオクチュは、少し前(というのが、この作品の成立のためには必須条件)に夫を失ったばかりの老婆です。

 オクチュが家の前でゴミをあさる“それ”に出くわしたのは、夜遅くに職場から帰宅した日のこと。青白い顔にボサボサ頭、ゴミの中から生肉を引きずり出しながらギョロリとオクチュのほうを向いた“それ”の目は、ザクロのように真っ赤に光っていた。得体の知れない“それ”に恐怖を覚えたオクチュは、震える手で家の鍵を開けながら、もう一度“それ”に目をやった。汗まみれ、汚物まみれの“それ”が悪臭を放ちながら、腐敗した肉を貪り喰っていた。真夜中にもう一度、様子を見てみると、“それ”がゴミ袋のそばにうずくまり眠っていた。垢じみて傷だらけ、ボロをまとってキリキリと歯ぎしりをしながら眠るその姿が、今では老親になど寄り付かなくなった息子の幼少時の姿と重なった。オクチュは“それ”を家へと招き入れ、「ソンニュ」(ザクロ)と名付けた。

 こうして、謎の生物と孤独な老婆の共同生活が始まります。オクチュはソンニュに噛みつかれ腕の肉を喰いちぎられても、ソンニュに愛情を注ぎました(ある警官の呟き:そういえば最近、正体不明の獣に村人が噛みつかれる事件が多いなぁ……)。やがてソンニュはオクチュとの生活にも慣れ、オクチュの中でソンニュの存在はどんどん大きくなっていきます。ただ、どういうわけか、新鮮な肉を食べさせても痩せ衰え、弱っていく一方のソンニュ。なんとしてでもソンニュを元気にしてやりたいオクチュは、一縷の望みをかけ、ソンニュを連れて夫を埋葬した墓地へ向かいます……。
 時が止まったような田舎の風景、仲のいい祖母と孫を描いたような心温まるラストシーンは、腐った生肉をがっつくイキモノで始まった物語とは思えず、そのギャップがまた極上の味わい。ちょっぴりグロいシーンもありますが、種を越えた絆が感じられる愛の物語であります(たぶん)。
 次にご紹介するのは「リリーの手」。主人公は記憶喪失のまま病室で目覚めた女性です。

 病室を訪れた刑事が記憶喪失の女に名前を尋ねると、彼女は「ヨンジュ」と答えた。ポケットには「YJ」と刺繍されたハンカチも入っていた。
 事故に遭ったのだと聞かされたヨンジュはある日の夜、病室を抜け出して事故現場へ向かった。道路脇の雑草の中に、青白い何かがうごめいていた。細かな傷がついてはいたが、それは白い……手。手首から切り落とされたようなその手は、何かを探しているかのように這い回っていた。ヨンジュはその手を持ち帰り、大切に保管した。
 やがて健康を取り戻したヨンジュは、時空を超えてやってきた「異邦人」たちの救助にかかわる仕事に就く。「異邦人」が出現し始めたのは、約100年前。突如、「クラック」と呼ばれる裂け目が地面に現れ、そこに落ちたが最後、運が良くても時空を超えて帰還不可能、運悪く、閉じ始めたクラックに身体を切断される者もいた。
 ある日、ヨンジュに「リリー」という名の新しいパートナーができた。

 勤務日も休日も共に過ごし、互いになくてはならない存在になったヨンジュとリリーですが、あるときクラック現場で任務遂行中、不運な事故に巻き込まれます。
 1度読んだだけでは謎が謎のまま通り過ぎ、ラストのオチと視覚的な刺激にただただ衝撃……という印象ですが、読み返してじっくり伏線を回収すると、謎の一言、謎のワンシーンのナゾが解け、より感慨深くヨンジュの(?)生涯を噛みしめることができる(と同時に、考えれば考えるほど登場人物たちがこんがらかる)感動作です。
 最後にご紹介するのは「青い髪の殺人鬼」

 クリスマスの夜。ある国の領主が、居城の書斎で殺害された。頭部に斧が深く突き刺さった領主の惨殺死体のそばに座り込んでいた使用人は、書斎に飾られた大きなクリスマスツリーの陰から白い手が伸びてくるのを見た。その手は領主の頭に突き刺さった斧の柄を掴むと、横たわる領主の下顎を足で押さえつけ、いとも簡単に斧を引き抜いた。熟練した斧使いの手つきだった。その人物は、青く輝く豊かな髪の持ち主。領主の妻、ブルー夫人。3年前、斧で首を半ば切断された夫人の死体を発見したのも、同じ使用人だった。血まみれの斧を手にした夫人は、書斎の奥へと消えていった。
 夫人が生まれたのは、クリスマスの夜。日付が変わるころ、夫人の生家に黒いマントをまとった老婆が現れ、寝床と食事を提供してほしいという。夫人の父親は快く受け入れたが、老婆はこんなことを口にした。
「この子は将来、美しい女性に成長するが、過酷な孤独がこの子を待ち構えている。幾度となくその手を血に染め、夫を斧で殺害し、死後の世界をさまよい続けることになるだろう」

 この2件の殺人事件の第一発見者である使用人がどこか怪しく、そんな彼の独白が物語の半分(は言い過ぎかもしれませんが)を占めるので、なんかハッタリかましてんじゃないかと眉間にシワが寄りがちではありましたが、お三方(ブルー夫人、領主、老婆)の正体、書斎の秘密など、興味深い謎が読者の好奇心をくすぐり、さらにラストには鳥肌モノで泣けちゃうシーンが待ってます。「ファンタジー×ミステリー×SF(?)×ホラー少々」を楽しめる贅沢な作品、ぜひとも素敵なクリスマスにご一読を。
 
 今年の連載も最後となりました。この一年も、グダグダな駄文にお付き合いいただきありがとうございました。穏やかな年末を過ごし、すがすがしい新年を迎えられますように。来年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。

藤原 友代(ふじはら ともよ)
 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。
 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。
 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。
 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。












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