「やあ、クラリス」
「こんにちは、レクター博士」
「今日は読書会の日だったな。差入れは・・・”マルセイバターキャラメル”ともうひとつのこの匂いは・・・”東京サンダー”。ブラックサンダーと雷おこしが夢のコラボを実現した新しい東京土産だ」
「ええ、見事な”雷=サンダー”つながりです。美味しくいただきました」
「一つくらい私に持ってくる程度の配慮が欲しかったな、訓練生。まぁよかろう。読書会の話を聞かせてもらおうか」
「はい。まず喜ばしかったのは怖いのが苦手という理由でこの小説を敬遠していた人が、読んでみると意外に面白かったと言っていたことです。他には犯罪心理学としての面白さ、探偵役に異常心理の人を据える構成の巧さ、加えてふとしたところでのじ〜んとくる人間描写などいろいろと堪能ポイントがあったようです」
「サラッと異常とか言われた気がするが、敢えて問うまい。続けなさい」
「そしてなんといっても博士の人物造形です。レクター博士は1%の真実を与える人で、それを受け取るのが私なのであろうと。言葉で相手をオールヌードにしてしまえる人。患者としてカウンセリングを受けてみたいという人がいました。すぐさま他の人が“食べられるよ”と警告していましたが」
「診療の予約は受け付けていると伝えなさい」
「なぜ博士が私を選ばれたのか、それは大きな疑問です。顔・・・という指摘がありましたが?」
「いい質問だ。続編『ハンニバル』をお勧めするね」
「その『ハンニバル』はラストがよろしくないという意見もありました」
「私は大いに気に入ってるよ」
「・・・でしょうね。博士を檻の外に出したことで面白味が半減したという意見をどう思われますか」
「読者がどう思おうが私は楽しくて仕方がない。そんなに面白くないなら私の胃の中に収まりなさい」
「伝えておきます。次は殺人鬼バッファロウ・ビルについてです。キャラが弱い。内面性が見えてこない。性倒錯者ではないのか?そうでなければなんなのか。これらを博士はどのように分析されますか」
「・・・・行間を読むがいい」
「え?それって超やっつけ・・・てか、博士もわかってないんじゃゲフンゲフン。流して次いきます。予想通りですが映画も観た人が多かったです。キャラをそのまま当て嵌めることでとても読み易かったと。ラストの銃撃戦は映像でよりわかりやすくなったという声もありました。映像の表現と文字の表現の両方を楽しんだようです。映画を博士と私のバディ物として捉えると面白く感じたというのは興味深い意見でした」
「<レクター&クラリス>….いいタイトルかもしれない。私がドリフトさせた車に助手席の窓から君が飛び込んでくるカーアクションはどうかね」
「博士それはスタスキー・・・・え、マジ?古っ(笑)」
「クラリス、今日はいちいち感じ悪いね。最近クワンティコでは礼儀を教えていないようだ。クロフォードにクレームをいれておこう」
「ああ、そのクロフォード課長。彼が大人気でした。愛妻家ぶりが超ステキで、キンドル郡の某ラスティ・サビッチ検事と比べてなんたる違い」
「スターリング、”某”の使い方を間違えているよ」
「組織人としての不器用さや私に対する仕事の命じ方、サポートの仕方などどれをとってもいい上司であると好評価でした。私の成長物語であるという捉え方もあり、レクター博士とクロフォード課長が父親的役割として私を育てたとみる人もいました」
「・・・・・」
「博士?」
「・・・つまんない」
「あ、拗ねてます?じゃぁ追い打ちをかけるようですが、盛り上がった話題があるんです。付き合うなら博士とチルトンのどちらがいいか」
「はァ?」
「衝撃的でした。私もまさかそういう考えを持つ人がいるとは思わなかったので。他の人も”せめてクロフォードと比べようよ””バーニーもいるし!””なんならピルチでも!””ブリガムだっているよ!”と言ったのですが・・・」
「ちょ、待っ・・・」
「比較条件として”万能だけど殺人者のレクター博士”と”ダメキャラだけど人は殺さないチルトン”ということで、殺人行為をするか否かが重要なポイントだったようです」
「なにそれ!?」
「すると伝染したようにみんなが”私なら”と言いだして、結局なんのかんのでみんなクロフォード課長にぞっこんで・・・あれ?博士?あの・・・なにやってんですか?あ、ダメダメ!わら人形とか打たないで下さい!博士!」
「・・・めっちゃブルー」
「機嫌を直して下さい。良書を勧めて下さる方もいましたよ。青柳いづみこ氏の著書『六本指のゴルトベルク』です」
「ほぅ」
「”六本指”の”ゴルトベルク”。まさしく博士、貴方です。これはピアニストの著者が小説に取り入れられたクラシックの名曲を紹介している本ですが、一番に博士のことが語られているハンニバル・レクターファン必読の書だそうです。更に『ハンニバル・レクター博士の記憶の宮殿』(リチャード・マクドナルド著)から博士に関する年表が披露されました」
「ふむ、興味深い。私も取り寄せて読んでみるとしよう」
「博士、時間がなくなってきました。見ていただきたい写真があります」
スターリングは1枚の写真をトレイに入れてガシャンとレクターの監房に滑りいれた。
「エレブス・オドーラ=黒魔女蛾が大量発生したのです。しかも参加者の体内にいつのまにか埋め込まれ、読書会の終了時刻に合わせるように孵化しました。スミソニアンの研究員は“(蛾について)あれほど調べたわりには重要性がイマイチわからない”という意見に過剰反応したのかもしれないと言っていました」
「面白い人達だね、札幌読書会は」
「害はないのでしょうか?」
「スープにすると美味だ」
「げっ・・・」
「ところでクラリス、今日は丸洗いできる綿のシャツにジーンズ、邪魔な髪はゴムで一束にまとめたそのあまりにヤル気満々な姿。二次会はジンギスカンを食べに行くのだな」
「はい、生ラムジンギスカン食べ放題&生ビール飲み放題コースです」
「そうか、もし子羊たちの悲鳴が止んだら、教えてくれるかい?」
「ええ、お知らせします」
「約束してくれるかい?」
「はい」
「じゃぁ宣伝をしていくがいい。急いで」
「2月の課題本は『フリント船長がまだいい人だったころ』(ニック・ダイベック著)。併読のお勧めは『灯台守の話』(ジャネット・ウィンターソン著)、『宝島』(スティーヴンスン著)です。二次会はお刺身の舟盛り・・・かもしれません。1月中旬頃告知予定。刮目して待て。そして5月は『大鴉の啼く冬』(アン・クリーヴス著)です。昨年千葉読書会でも取り上げた作品ですがところ変われば議論も変わる。お楽しみに。たくさんのご参加をお待ちしています」
「上出来だ、訓練生。一つだけ教えよう。3次会では新たな参加者が”白いブラックサンダー”を持ってくるよ」
「では必ず博士にもお持ちします。白いのか、黒いのかその眼でお確かめ下さい」
「ありがとう、クラリス」
「ありがとう、レクター博士」