Signé Picpus, Gallimard, 1944/1/5 [原題:署名ピクピュス]長篇・中篇合本、メグレシリーズ長篇3篇[1-3]、ノンシリーズ中篇5篇[4-8]収録
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▼収録作
4. L’escale de Buenaventura(1938執筆)* « Police-Film Police-Roman » 1938/10/21号(n° 26)[寄港地ビュエナヴァンチュラ] ※『メグレとしっぽのない小豚』(1950)所収の同題「寄港地・ビュエナヴァンチュラ」とは別の作品。
5. Un crime au Gabon(1938執筆)* « Police-Roman » 1938/12/2号(n° 32) [ガボンの犯罪]
6. Le policier d’Istanbul(1938執筆)* « Police-Roman » 1939/1/13号(n° 38) 「百万長者と老刑事」中野榮訳、《ロマンス》1946/12(第1巻第7号)pp.32-39(抄訳)*【図95-1】[イスタンブールの警官]
7. L’enquête de Mademoiselle Doche(1938執筆)* « Police-Roman » 1939/3/17号(n° 47)「宝石と令嬢」中野榮訳、《ロマンス》1946/11(第1巻第6号)pp.36-42(抄訳)*【図95-2】[ドシュ嬢の捜査]
8. La ligne du désert(1938執筆)* « Police-Roman » 1939/4/7号(n° 50) 「情熱の空路」中野榮訳、《ロマンス》1946/9-10(第1巻第4-5号)pp.20-26, 36-42*【図95-3,4】[砂漠の地平線]

Les mystères du Grand-Saint-Georges(1938執筆) « Police-Roman » 1939/2/24号(n° 44) 「〈グラン・サン・ジョルジュ〉ホテルの謎」長島良三訳、《ハヤカワ・ミステリマガジン》2004/11(No. 585, 第49巻第11号)pp.19-39* ※初収録Œuvre complètes, t.25, Éditions Rencontre, 1969[全集 第25巻][9]
Tout Simenon t.24, 2003 Romans du monde t.1, 2010[5] Nouvelles secrètes et policières t.1 1929-1938, 2014[4-9]

雑誌《ロマンス》(ロマンス社)は国立国会図書館プランゲ文庫にあり(資料番号VH1 R425)

・書誌詳細については第95回参照。

Les trois messieurs du Consortium(1938執筆) « Le Point » 1938/6/15号(n° 15) ※初収録Tout Simenon t.22, Presses de la Cité, 1992.[協同組合の三紳士]
L’homme qui mitraillait les rats(1938執筆) « Match » 1938/10/13号(n° 15) ※初収録Tout Simenon t.22, Presses de la Cité, 1992.[鼠を撃ちまくっていた男]
Tout Simenon t.22, 2003 Nouvelles secrètes et policières t.1 1929-1938, 2014

■5.「宝石と令嬢」1939[7]■

 前回から読んでいる連作の雑誌掲載第5作で、今回の舞台は《ゴードン号》というイギリス船。この船は半分が貨物船、半分が客船として使われており、アメリカのサンフランシスコからタヒチ、ギルバート諸島、ニュージーランドを経てオーストラリアのシドニーへと往来する。タヒチを出港して3日目、シドニー到着までまだ8日を残す、暑い太平洋の真ん中で事件は発生した。乗客のひとりで「女王」と渾名されているブラムソン夫人から船長に、宝石がキャビンから消えた、と訴えがあったのである。
 すぐさま乗客全員が一等ラウンジに集められた。船長や通信士、二等航海士、旅客係などを除けば、乗客は6名。まず盗難の訴えを出した小共和国駐在大使の妻であるブラムソン夫人は、英国出身でまだ30歳にも満たないインド陸軍将校のウィル大尉といつも腕を組んで、まるで愛人同士のように歩いている。ひとり旅をしているのは中年のコスモス夫人で誰とも口を利かず、香水の匂いを撒き散らしている。そして同じく引き籠もりがちなテルウェル氏がいる。残りは若き男女のアルベール・モリタンとジュヌヴィエーヴ・ドシュ嬢だ。ふたりはどちらもフランス人で、互いにタヒチで知り合い、たちまち意気投合して恋心を抱くようになり、まだ会って6週間も経っていないがシドニーに着いたら結婚式を挙げようと誓い合う仲までになっていた。《ゴードン号》の船長は気が弱いのかしきりにえへんおほんと咳払いをしながら状況を説明するが、若いモリタンは「それではぼくらに互いに疑い合えといっているようなものだ」と憤慨の態度を見せる。ドシュ嬢はブラムソン夫人がウィル大尉を差し置いて若いモリタンにもモーションをかけていることを知っていた。そのため余計にモリタンには疑惑の目が向けられる。ドシュ嬢はそんな様子を見かねて自らこの事件の捜査を始めた。
 ドシュ嬢は親元を離れてひとりで南国を目指し、タヒチで英語教師として自立生活を送っていた女性である。溌剌として、臆せず好奇心豊かに新しい状況にも立ち向かってゆく性格の持ち主だ。モリタンはいくらか世間知らずで、優柔不断なところがあるが、冗談が好きで、しかし何かあると酒に逃げる。実家の羊毛商を引き継ぐためパリへ出て経済の勉強を始めたものの身が入らず、両親にオーストラリアへ実地研修に出向くよういいつけられて客船に乗った。だがそんなふたりは性格や行動力が正反対であるからこそ互いに惹かれ合うものがあった。
 ドシュ嬢は果敢に年上のブラムソン夫人に向かい合い、さまざまな質問を放ってみせるが、夫人は若娘からの糾弾などにはびくともしない。一方、コスモス夫人からは恋人のモリタンに不利な証言が寄せられた。前夜遅く、モリタンがブラムソン夫人の部屋に入ってゆくのを見たという。そして小一時間もいっしょに部屋にいたというのだ。
「モリタンは夫人に本を貸しに行っただけです。それに彼は魅力的なので、つい夫人もおしゃべりに夢中になったんでしょう。ただそれだけのことです」とドシュ嬢は強気を見せたが、その後でこっそりモリタンの個室を訪ねてみると、恋人は酒に酔い潰れて現実逃避しているではないか。聞くとブラムソン夫人の部屋に行ったのは事実だが何もおかしな事態にはならなかった、むしろ帰り際にデッキで大尉に見つかって警告を受けたという。しかしこれでは宝石の行方は五里霧中だ。
 ドシュ嬢はモリタンが隠していたタヒチでのある夜の行動を聞き出し、彼もまた若い青年なのでタヒチで有名な《ラ・ファイエット》や《モイナ》といった町外れのギャンゲット(盛り場)に行ったことがあるとの告白を引き出した。そうした場は白人の男たちが現地娘と知り合いカップルになる絶好の社交場なのだ。しかし一方で、金を持て余した白人の女性が、そうした場で現地の若い男を求めることもあるだろうとドシュ嬢は推測したのである。《ラ・ファイエット》や《モイナ》の現地青年たちはおおむねミュージシャンで、運転手を兼ねており、ジゴロのような輩もいる。ブラムソン夫人は恋多き女性であるから、ひょっとしてそういう場にも出入りしていたのではないか? ドシュ嬢はタヒチ総督府で秘書として働く友人の男性に電信を打ち、ブラムソン夫人のタヒチでの行動を調べてもらった。推測通り、夫人はそれらの盛り場に行っていたことがわかった。そしてドシュ嬢はさらに待ち、通信士から2通目の電信の封書を受け取って目を通すと、ブラムソン夫人に突きつけた! タヒチの友人は彼女に何を告げてきたのか? 宝石はいったいどこにあるのか? 
 
 シムノンは活動的でチャーミングな若娘探偵を描くのが巧く、本作の魅力もすべてはマドモワゼル・ドシュのキャラクターにあるといってよい。本作はタヒチからシドニーへ向かう途上の太平洋航路の船上で物語が終始するので、アガサ・クリスティーの世界にも近く、おしゃれで軽快な恋愛ミステリーの趣を備えている。しかもモリタンとドシュは最初からラブラブなので、なんだかトミーとタペンズの活躍を見ているようでもある。《ロマンス》に抄訳された中野榮による訳文では会話がかなり削られているのが残念なところで、シムノンの原典ではふたりのかけ合いがたくさん登場し、これが楽しい。タヒチでいっしょに食事をしながら、ふたりはこんな会話を交わすのである。

「あなたって、私が出会ったなかでいちばんお行儀の悪い男の人だわ!」
「きみを見てるとドラゴンを思い出すよ……」(瀬名の試訳)

 私も若いころ、業界のどうでもいい人間関係などみんな忘れて、ビーチサイドでかわいい恋人とアイスソーダを啜りながら、こんなキャッキャウフフな会話を楽しんでみたかった、と遠い昔(幻影ともいう)に想いを馳せる……。
 だが恋は盲目という言葉がぴったりくるほどふたりはどちらものぼせ上がった若者であるから、トミーとタペンズよりもいくらか思慮が浅く、そこがかえって本作の微笑ましい特徴ともなっている。
 つまり、ネタバレになってしまいかねないが、本作はそもそも《冒険探偵小説Nouvelles aventures policières》なのか? というジャンルの根本を揺るがすアイデンティティ喪失の問題に行き着いてしまう結末なのである。チャーミングなドシュ嬢はいささか勇み足な罠をブラムソン夫人にしかけるが、すぐにそれが覆されるからよかったものの、やはり彼女は素人探偵の域を出なかったのである。それでもハッピーエンドを迎えるのは作者シムノンの力業によるものだ。
 中野訳による抄訳版は原作の冗長な前半部をばっさりと刈り込んで、後半部の物語紹介に集中しており、これは適切な判断だったと思う。しかし何ということだろう、最後の最後が変更されてしまっていて、これではシムノンらしさが伝わらない! 中野訳のラストはこうだ。

 ドオシュは答えなかった。が答えるかわりに次の瞬間つよく搔い抱いてくるアルベエルの腕の中で彼の接吻をゆるした。(終)[現代仮名遣いに変更]

 シムノンの書いたラストはこうじゃないのだ! 実はもっと気の利いたドシュ嬢のひと言で締め括られる。ドシュ嬢は〝答えなかった〟のではなく〝答えた〟。それこそまさにシムノンが描く異郷ロマンスの真髄なのである。ここはぜひとも日本の読者の皆さまに読んでいただきたいところであった。
 

■6.「情熱の空路」1939[8]■

 物語の幕開けはカイロの高級地、ヘリオポリス。朝5時、イギリス人刑事ノルドリー25歳はホテルで寝入っていたところ、スコットランドヤード(ロンドン警視庁)からの電話で起こされた。昨夜は3時までパーティでミス・ダイアナという若い女性といっしょにダンスに興じていたので、2時間しか睡眠が取れていない。しかも彼女はノルドリーが初めて真剣に恋心を抱いた相手で、数度目のデートでようやくダンスすることができたのだ。
 しかしノルドリーは電話口の相手がスコットランドヤードの3長官のひとりと気づいて目が醒めた。「教授」と呼ばれる国際的盗賊が、今日このカイロから飛行機で発つという情報が入ったのだという。教授は天才的な手口でこれまで数々の犯罪をおこなってきた人物だが、誰ひとりとしてその顔を知る者はいない。彼は周到な準備の下で数年に1度、大規模な強奪をしかける。数年前にベルギーのブリュッセル銀行から信じがたいほど鮮やかに大金を奪い去り、そのまま行方を眩ましていた。その教授が当時の大金をカイロから運び出そうとしているらしい、という情報である。
 ノルドリーに下った指令は、その教授を捕らえてブリュッセル銀行の大金を無事に奪還せよというものだった。すぐさま彼はカイロから発つケープタウン[南アフリカの港町]行き旅客機を調べ、20分後にその便が出ることを突き止めると、急いで最後の一席を予約して空港へと向かい、ぎりぎりの時間でインペリアル航空の機内へと入って息をついた。だがそのとき、すぐ横にほんの数時間前までいっしょに躍っていたダイアナの姿を認めてノルドリーは仰天した。彼女は白い顎髭をぼさぼさに伸ばした奇妙な老人を連れている。彼女は目で「何も聞かないで!」と合図を送ってくる。ノルドリーは彼女と今日も会うことを約束したのに、なぜ彼女の方も約束を放り出して旅客機などに乗っているのか? 
 乗客はノルドリーを含めて計12名。さらに前方扉の向こうのコクピットには、機長と通信士のふたりがいる。このなかの誰かが「教授」なのだ。ノルドリーはそっと乗客をひとりひとり観察していった。政官とその家族もいれば、体格のよい救世軍の女性兵士もいる。だがもっとも怪しそうに見えるのは、残念なことにダイアナの連れの老人だ。いったん飛行機は経由地であるアスワン空港に降り立った[アスワンはエジプト南部、ナイル川沿いの古代都市。アブ・シンベル神殿が有名]。その際にノルドリーは通信士の協力を得て全員のパスポートを調べることができたが、ミス・ダイアナはホプキンスという姓で、年齢は22歳、ロンドン出身、そして白髭の老人はカナダのモントリオール出身のアーサー・ベネットなる無職の男であることがわかったくらいだ。ダイアナはノルドリーに対して、老人のことを自分のおじだと告げ、彼がカルトゥーム[スーダン中央部]の街を見たいというので連れてゆくのだと説明する。だがノルドリーは彼女の言葉を信用できなかった。
 手がかりのないまま飛行機は南へと飛ぶ。通信士がスコットランドヤードからの電信をノルドリーに伝えてくる。「教授」はこの便に乗っており、しかも共犯者が同乗しているという。次の経由地ワディ・ハルファ[スーダン北部]で警官を待たせて、教授をそこで罠にかけられるならよいが……。だが不意に飛行機は下降し、何もない砂漠地帯に不時着した。いったい何が起こったのか? 機長が調べたところ、給油系統に故障が生じたとのことで、救援を待つほかないという。ノルドリーは乗客全員に「機体から離れるな」と指示するが、人々から不満の声が上がる。この状況のなか、ノルドリーは考えていた。ひょっとしてこの事故は教授が仕組んだものではないだろうか? わざと機体が不時着するよう事前に細工をして、近くに逃亡用の小型飛行機を待たせておき、積荷を移動させてから他の乗客を置き去りにするつもりなのでは? だが機長はこれほど巧みに故障を起こせる者はいないという。さらには翼にも不調が見つかり、この飛行機が再び飛び立つことは不可能に思えた。
 そんななか、ノルドリーは通信士と話していて奇妙な情報を得た。つい先日の金曜日、カイロの空港でファルガーFulgurという飛行機を一日借りた男女のふたり連れがいたというのだ。彼らはアフリカ南部まで往復してきたらしい。そのふたりこそダイアナと白髭の老人だったというではないか。
 確かにその金曜日は、ダイアナがポートサイド[エジプト北東部の港町]の友人を訪ねるといってノルドリーとのデートを断った日である。そして彼は駅で彼女の帰りを待っていたが結局彼女は現れず、後日尋ねたら車で戻ってきたと釈明した。だが実際は老人とふたりで行動していたことになる。ファルガーとは軍用機としても使えるほどの高速機だが、なぜ彼女はそんな飛行機をレンタルしたのだろう。しかも操縦は白髭の老人がおこなったという。いったい彼は何者なのか? 
 ノルドリーはダイアナと話し合う。彼女の方は彼が刑事であることを初めて知って驚き、なぜ話してくれなかったのかと問い詰めるが、一方でノルドリーは彼女が老人のことを自分の兄だといい始めたことで、さらに疑念が募りつつあった。しかしいずれにせよ教授を特定できる手がかりはいまもって何もない。
 だが進退窮まったそのとき、一発の銃声が響いて、ノルドリーは驚愕した。外へ出てみると機長が腿に銃弾を受けて倒れている。そして機長の手には、ベネットからむしり取った偽のつけ髭と鬘が握りしめられていた。
「こいつが教授だ!」と機長が叫ぶ。近くにベネットも倒れている。正体を暴こうとした機長と揉み合いになり、ポケットに忍ばせていた自動銃で撃ったようだ。ダイアナは懸命に兄を庇おうとする。ノルドリーの決断は? 

 雑誌《ロマンス》に2号にわたって紹介された本作は、「異郷小説集」シリーズのトリを務める中篇であり、また本邦でもっとも長い文章で読める作品であるので期待が高まる。だが意外なことに出来映えはよくない。シリーズ中でいちばん面白くなりそうな設定なのに、いちばん面白くならなかった残念な一作といえる。
 まず限られた乗客のなかで誰が稀代の盗賊「教授」なのか? という謎はごくありふれているものの、映画『コン・エアー』のようにいくらでも作家の技量によって面白くできるはずのものなのだが、シムノンは端からミステリーを書くつもりがないので読者を謎で翻弄して楽しませるという技法を用いない。邦訳は連載2回分なので「百万長者と老刑事」「宝石と令嬢」より長いものの、それでも前半部にはかなりの省略がある。実はシムノンの原典でも物語の大半は主人公ノルドリーが「こいつが教授か? それともあいつか?」と繰り返し悩んでいるだけなので、このくらい刈り込んでもまったく物語に支障はきたさない。乗客それぞれのキャラクターづけをもっと厚くして、読者を惑わす不穏な行動をそれぞれに与えてやれば見せ場も増すのに、そういうサービスセンスをシムノンはもとから持ち合わせていないのである。シムノンのミステリーは冒頭の奇抜なシチュエーションが読者を魅了するのであって、中間部のミスディレクションの楽しさはシムノン作品には望めない。そして冒頭の奇抜なシチュエーションというのは、私が見る限りもっぱらペンネーム時代のコントの量産で鍛え上げられたもので、ミステリーが好きだから謎をつくったというような、多くのジャンルミステリー作家が踏まえる人生の手順とは異なる道のりで成長してきたのがシムノンという作家なのである。だから無用にジャンルミステリーの面白さを期待させる物語が書かれたとき、かえって読者は混乱して、過剰に評価を下げてしまうことになる。これは作家シムノンの抱える宿命だが、しかしそれだけでなく極めて無造作なシムノンの作風は、作り込みが功を奏するジャンルミステリー風の物語設定と相性がよくないのもまた事実だ。
 本作も、充分に長い文章量に見合うだけの謎が提示されていない。シムノンは小賢しい(だがミステリーとしては読者を惹きつける)フックを思いつかないので、ノルドリー刑事の悩みは物語を通してずっと一本調子で、手がかりをひとつひとつ摑んで容疑者を絞ってゆくという前進がないのである。あらすじの最後に書いた事態になってなおノルドリー刑事には誰が教授なのかを判断できる手がかりがない。だからどうやって物語が終わるかといえば、なんとミス・ダイアナの説明によってなのである。ミス・ダイアナがすべての事情を語って、それによって教授は捕まる。しかもここで明かされるダイアナや兄のベネットの正体は、意外性で読者を驚かせるというよりもほとんど呆気に取られるもので、さすがにこれは現実味に欠けるといわざるを得ない。シムノンの作家的特徴が悪い方へ出てしまった事例である。そもそも、なぜどのようにして飛行機が故障したのか、この謎に対する回答はあまりに腰砕けではないだろうか。答えはすなわち、それは謎ではなかった(!)、というのだから、「ミステリーとして読んでいた私の立場はどうなるのだ」と天を仰ぐ読者が出るとしても仕方がない。
 せっかく設定された雄大な舞台もあまり貢献できていない。多くの皆様はあらすじを読んで、アガサ・クリスティーのエキゾチックなミステリー小説群を連想されたことだろう。航空機が舞台ならば『雲をつかむ死』のようなトリックが使われるのかと期待するし、アブ・シンベル神殿のあるアスワンに立ち寄るなら『ナイルに死す』のようなサスペンスで酔わせてくれると思うものだ。しかしシムノンはどこまでもジャンルミステリーの作家ではない! いちばん面白くなりそうでそうはならなかった作品だと先に述べたのは、この部分でのがっかり感が後に残るためでもある。
 飛行機を扱っているのは個人的に私の興味を掻き立ててくれるのだが、やはりシムノンの筆がもっとも活きるのは船を扱うときなのだろう。本連載では飛行機の出てくるペンネーム時代の冒険小説として『南極のドラマ』第22回)を、船が出てくる冒険小説として『北氷洋逃避行』第34回)を取り上げたが、シムノンは飛行機を描くときその時代にふさわしい機体を選んでくれるものの、空飛ぶ乗り物に特有の疾走感が出せていない。列車を扱う『怪盗レトン』第1回)のような作品もあり、こちらはまだシムノンにとって親しみもあったためかこなれていると感じるが、どうも飛行機はうまくない。
 ひとつポジティヴな点を挙げるならば、今回の邦訳はラストも原作通りになっていることだ。しかし実はこれもよいとはいえない。なぜならシムノンの用意したラスト自体が、今回だけはやはりうまく効いていないからである。これではノルドリー刑事はたんに若娘のダイアナに振り回されただけではないか。他の中篇で見られた、ありきたりだがいつの時代でも楽しめる素朴で純粋な愛のかたちは、本作にはない。
 シムノン名義で発表された冒険小説は、本連作を除くと後は『メグレとしっぽのない小豚』に収録された「命にかけて」くらいしか残らないので、いささか寂しい。シムノンのこうした小説は挿絵つきで読みたいと思わせるものがある。いくらか非現実的で、しかも類型的で、植民地主義の歴史が生んだ勝手な郷愁と憧憬の残滓なのかもしれないが、そういう想像がいつだって物語の文化を支えてきたのではないか。シムノンの異郷小説がよいのはいま読んでも差別的な雰囲気を感じないところにある。少年期に誰しもが抱く空想は色濃く残っているが、おかしな偏見がないのである。簡単そうだがなかなかできないことだ。これらの小説は世界の果てにこそ本当の人間が生きていると確信したシムノンだから遺せた自然の産物であり、ジョゼフ・コンラッドよりも、ジャック・ロンドンよりも、他のどんな作家よりも〝自然に〟、シムノンは世界を描くことのできた作家だと思えるのだ。
 

 
 1938年に書かれたと思われるふたつの単発短篇作品を読む。どちらもシムノン生前の単行本には未収録で、オムニビュス社『シムノン全集』第22巻の「稀覯小説集1936-1941年Nouvelles introuvables 1936-1941」に収められている。あらすじは最後のオチまで示した。

■「協同組合の三紳士」1938■

 まずはグローブ氏。パリ警視庁広場place de la Préfectureで《グローブのカフェ》という店を経営していることからカフェ氏とも呼ばれる。人々はこのカフェでカードゲームのブロットbeloteやすごろくのジャケjacquetに興じるが、グローブ氏はカフェの後方に400席の映画館《シネ・グローブ》を設置した。ポスターがたくさん貼られた細長い廊下を奥へ行けば、悪漢どもの出てくる扇情的な映画が観られる。
 続いて紙のように白い顔で白髪のパール氏。《モンディアル宮殿》を起ち上げる前は、株式仲買人や銀行家や車庫の経営者であり、寒々しい車庫はダンスホールに改造するには充分で、しかもギャング映画の上映にはもってこいだ。spこでは付近でもっともピーナツが消費され、オレンジの皮が収拾される。
 3人目の紳士はルーシュ氏だ。彼はアルム広場place d’Armesでレモネードを売ることから始めて、競馬の季節になると競馬場で軽食屋台を出し、徐々に社会の階層を昇っていった。
 彼ら3人は《グローブのカフェ》に集まり、いつも医師を加えて4人でカードゲームに興じる。その間もカフェでは人が頻繁に出入りし、ドアが開いては閉まり、チップがカウンターに置かれ、そして劇場に人が入っては、いくらかの人が途中で出てくる。映画の音が紳士たちの耳にも届く。それだけではない、人々の喧噪、飛行機の騒音、あらゆる雑音が聞こえてくる。レジ係が「契約では20分の休憩時間があるのに、9分しか休めない」とグローブ氏に文句をいってくる。それでグローブ氏は上映を10分縮めろと、半ば上の空で答える。
 パール氏は650と数字を告げた。しかしそれはゲームのオッズではなく仕事のコツについての話なのだ。それを聞いてルーシュ氏は、まだ400も稼いでいないんだと溜息をつく。
 彼らは次に興行する映画について話し合っているのだ。共同で出資して、それぞれの店で銀幕にかける。1回の公演で上映するのは2本。グローブ氏が自分で映画を観るのは客層の参考にするためだ。《シネ・グローブ》の客入りはそれなりで、土曜日には田舎から乗合車でやってくる者たちだけでなく、少なくとも30台の車が通りに停まる。子ども連れの客が途中で不平をいって帰ってしまわないよう、コメディ・フランセーズから起用する俳優のうち誰のシーンをカットするかを考えなければならない。
 パール氏は映画を観ない。金曜日に彼が自分の経営する《モンディアル》にくるのは、有名人と握手するためと、上映中に半額チケットの番をするためだ。
 ルーシュ氏は自分でフィルムを編集し、いつもカットするのではなく追加したがる。それが彼の仕事なのだが、実際はいささか難しい仕事なのだということに、彼自身は気づいていない。
 映画は幕間に入り、観客は便所の臭いが漂うなか、カフェに飲みにやってくる。《モンディアル》も、ルーシュ氏の店《ザンジ・バー》も、いまは休憩時間だろう。ルーシュ氏の店のビールは生ぬるい。
 どんな映画を上映するか。2本興行で1本がギャング映画ならもう 1本は安く手に入れた古い映画だ。まじめな映画館では収まりの悪い映画。ポスターの低俗さにはときおり苦情がきて、学校の近くに貼るなと通達されることもあるので注意しなければならない。
 多くの人が集まっている。300人、400人、500人、三紳士の劇場にはそれぞれそのくらい観客が来るのだ。上映中、そうした客たちが暗闇のなかで足を前へ投げ出しているのを彼らは知っている。
「次の新作に、3万ドルのギャランティを要求されているんだがね」
 彼らは気分次第で保証したりしなかったりする。
「どのスターから?」
「誰が引き受けるのかね」
「いい歌が劇中に入るなら、引き留めるんだが……」
「まあそれから考えよう。あいつらのいうスターはもう一銭も稼げやしない。変えなきゃならんよ……」
 パリや各国の首都では、映画界を牛耳っていると称する人々、プロデューサー、スター、監督、評論家と自走する輩たちがあれこれ騒いでいる。しかしどんな小さな町にも、世界中の小さな町に、新聞には決して名前の載ることのない三紳士がいる。彼らはブロットゲームに興じ、観客がボックスオフィスを通り過ぎるのを見ながら、こんなふうに興業しているのだ。
 結局のところ、映画はそんな彼らのためにある。

 ごく短い、スケッチ風の一品。シムノンは欧州の映画産業界に対してずっとシニカルな態度を取り続けており、本作も実際に彼が見た光景をそのまま描いて読者の前に投げ出したかのような、ある種の無責任さと諦観がストレートに現れた作品で、作者の気分はまさに観客が映画上映中に暗闇のなかで足を投げ出している姿勢と重なり合う。気怠くて、乱暴で、読んだ後も臭いが染みつく。
 三紳士のひとりグローブ氏の経営するカフェの在処がplace de la Préfectureとあり、現代のパリの地図ではその名の広場が見つからないのだが、シテ島のパリ警視庁とノートルダム大聖堂の間にある広場としか考えられない。当時はそんなところにも映画館があったのだろうか。戦争に向かう直前の、パリの一風景であったのだろうか。

■「鼠を撃ちまくっていた男」1938■

 1週間前に南米コロンビアのビュエナヴァンチュラに着いた「私」は、現地の漕ぎ手を雇ってピローグ[pirogue=アフリカやオセアニアで用いられる丸木舟、カヌー]に乗り、チョコ川le Chocoの探検のまねをしていた。そうしてマングローブの根がうねる泥のなかを6日間航行した後、私は岸辺にその男が腕組みをして立っているのを見かけたのである[現在の地図に「チョコ川」の名は見られないが、コロンビア西部でビュエナヴァンチュラから北へ遡ったチョコという町の近辺かもしれない。チョコの町ではアトラト川とキト川が合流する]
 彼は白人だったが身なりはみすぼらしく、私はピローグから「フランス人ですか?」と声をかけたが答えた彼の言葉にはフラマン訛りがあった。
 彼の名はペーターズといい、アントワープ出身のエンジニアだった。バロマ社に探鉱技術員として雇われ、3年前にチョコの町に来たようだ。私は彼が暮らす高床式の小屋に招かれ数日を過ごすことになる。ペーターズは「エステヴィオがきみを寄越したのか?」と訊いてきた。後で私は知ったがエステヴィオとは金鉱経営者でありビュエナヴァンチュラの顔役であった。
 バンガローに入って私は彼の奇妙な暮らしぶりに驚く。あちこちにさまざまな種類の鼠捕りがしかけられており、聞くと多くは彼が自分でつくったものだという。ベッドの頭部にはショットガンが縄で固定されており、弾倉も近くに置いてある。彼は鼠捕りのことになると饒舌になった。彼は何十丁も銃を所持しており、夜になるとたくさんの鼠が現れるので、紐を引いて銃で撃ちまくるのだという。いったんはそれで静かになるが、また半時もすれば鼠が戻ってきてうるさく啼くというのだ。
 私は彼のバンガローで2日過ごした。彼はインド人や黒人、あるいは混血の男たちがいつも歩哨している《水門》を指し、彼らは皆バロマ社に雇われて自分を監視しているのだといい、あのなかのサミュエルという男がいつも自分に食料を運んでくるが、何度か毒が入っていて殺されそうになった、鼠を放つのはあいつだと語る。なぜ監視されているのか、なぜ生殺しの目に遭っているのかと私が尋ねると、彼は答えた、自分は探鉱技師だがバロマ社のお偉方が期待するほどの金を掘り当てられなかった。だがビュエナヴァンチュラの事務所では水増しした報告書を作成している。その事実がばれたらまずいので、自分は母に出した手紙すら隠滅されている。だがこうして見張られているのは、自分が誰も知らないプラチナの鉱脈を見つけたからだ。その文書の在処は会社の者にも教えていない。自分で会社を設立すれば大金持ちになれるが、奴らはそれを狙っているのだ、と。
 私は自ら辞去して5日後にビュエナヴァンチュラへと戻った。醜い港、荒れた土地、町には鉄と灰色のコンクリート造りのホテルがあるほかはどこも木造で、雨ばかり降っている町だった。ホテルで私はフランス語を流暢に話すポーターと世間話をしているうち、ペーターズの話になって、彼に何かあったのかとポーターは退屈そうに尋ねてきた。私がエステヴィオという男を知っているかと聞くと、ポーターはホールの片隅で大きなハバナを吸いながらたくさんの電報用紙に書き込んでいる白服の男を指差した。趣味の悪いネクタイと靴を身につけていた。
 エステヴィオは用紙の束をドアマンに渡すとホテルを出て行った。やはり後で知ったが、ホテル内ではペーターズが自殺したらしいという噂が広がっていた。銃弾が首の後ろからこめかみへと貫通していたというが、本当のところはわからない。誰か採掘会社の者か警察が遺体を運んできそうなものだが、川で下って6日もかかるのだ、その間に腐敗してしまう。誰もそんなことを期待していない様子だった。
 その国を離れてしまえば、そんなことはもう考えたくもない。だが私は水門を見かけると、あの泥川の《水門》近くで腕組みをして静かに佇んでいる、グロテスクな人影を思い出さずにはいられない。そして銀行や宝石店の前を通ったり、指輪を嵌めた人の手を見たりしたときも。
 もちろん金はしゃべらない。だがいずれにせよ私にはフラマン訛りがある。
 
 発表時期から見て、「異郷小説集」の中篇群と近い時期に書かれたと推測される短篇。実際、コロンビアの寄港地ビュエナヴァンチュラが登場し、さらに奥深いチョコを舞台としているので、「異郷小説集」の番外篇と位置づけることもできる。そしてこれまでのなかでいちばんエキゾチックな風味が強い。
 読めばすぐにコンラッドの『闇の奥』(1902)が想起される。本作と『闇の奥』の違いが、まさに作家シムノンとコンラッドの違いを如実に示しているといえる。『闇の奥』のクルツはコンゴ川の上流で象牙売買を扱っていた人物だったが、主人公の船乗りマーロウが彼を探索しに行くと、彼はある種の宗教社会を構築して、地元民から崇め奉られる存在となっていた、という物語だ。西欧文明とアフリカの奥地の相克を描いたこの小説は、クルツなる男が文明社会から遠く離れたものの、やはり闇の中心地で自分勝手な文明社会をつくり、そのトップに君臨することで生き長らえていた、という矛盾を鋭く衝いているのだが、一方でシムノンの書いた本作のペーターズは、コロンビアの奥地でひとり白い肌の男として生き長らえながら、しかし彼自身は本当にあるのかどうかもわからないプラチナ鉱脈について語り、鼠捕りについて饒舌に喋り、夜になれば銃を乱射して安眠を得る、常軌を逸した人物として「私」の前に現れる。クルツもペーターズも異郷の地で自然の大地から生み出される象牙や金を搾取して、文明国で高く売ることで糧を得ていたのだが、一方はおのれの王国をつくるまでに至り、もう一方は泥川の上のバンガローで、本当にいるのかどうかもわからない鼠を撃ち続ける。興味深いことに主人公の「私」はペーターズのバンガローで2日間を過ごすのだが、夜になって実際に鼠が出たのかどうかの描写がないのである。すべてペーターズの幻覚であった可能性が強く示唆されている。
 コンラッドの『闇の奥』で主人公マーロウが文明の祖国へ帰ってきてもクルツのことが忘れられないように、シムノンの描いた「私」もまたペーターズのことがどうしても忘れられない。なぜか。その理由づけがコンラッドの『闇の奥』に劣らず恐ろしい。なぜなら「私」もまたフラマン訛りがあるからだ、というのだ。ペーターズの稼業を連想させる金や宝石、あるいは水門を見なくとも、「私」の中心部には嫌が応にもペーターズと身体的に重なる部分が残ってしまう。それがフラマン訛りなのだ。だから「私」は言葉を発する度に、どうあっても遠いコロンビアで出会ったペーターズと〝重なって〟しまう。どんな文明国に身を委ねようとも、おのれの訛りからは逃れられない。それまで自分の言葉など気にしなかったのに、むしろ「私」はちゃんとしたフランス語を話していると思っていたのに、もはや自分のなかにはペーターズが棲みついて、死ぬまで彼を忘れることはできないのだ、というオチである。これは実に恐ろしい。そしてそんな恐怖をさらりと最後の一行で提示して、物語を終えてしまう作家シムノンが恐ろしい。あなたはそう思わないだろうか。
 邦訳紹介の機会があってよいと思える一作。
 

 

・Georges Sim, Le chien-loup, « Le Matin » 1926/8/13(n° 15486)p.4* ジョルジュ・シム「猟犬 《千一朝物語》より」瀬名秀明訳、《ハヤカワ・ミステリマガジン》2023/5(No. 757, 第68巻第2号)pp.97-99 ※シリーズ再掲Traces, n° 12, Travaux du Centre d’études Georges Simenon, Université de Liège, 2000, pp.91-284
・Georges Sim, Montparnasse en six séances de posé(前後篇), « Paris-Plaisirs » 1926/4-5(n° 46-47)pp.74-75, pp.82-83* ジョルジュ・シム「モンパルナス ポーズ六態」瀬名秀明訳、《ハヤカワ・ミステリマガジン》2023/3(No. 757, 第68巻第2号)pp.100-108* ※Georges Sim, Paris leste, Paris-Plaisirs, 1927所収[きわどいパリ]コント集
・Georges Sim, La fin des cinq, « L’Aventure » 1927/9/29号(n° 15)pp.10-11* ジョルジュ・シム「五人の最期」瀬名秀明訳、《ハヤカワ・ミステリマガジン》2023/5(No. 758, 第68巻第3号)pp.148-155*

 さて今回はおまけとして、最近《ハヤカワ・ミステリマガジン》で拙訳により紹介できたペンネーム時代の小品3作も取り上げてみたい。パトリス・ルコント監督の新作映画『メグレと若い女の死』の日本公開を契機として、《ミステリマガジン》2023年3月号で久しぶりにジョルジュ・シムノンの特集が組まれた。この特集を取りまとめたのが井戸本幹也さんという若手の編集者である。彼は学生時代のころから本連載「シムノンを読む」を見てくださっていたそうで、私のところに「ジョルジュ・シムノン作品の魅力」というタイトルでエッセイを書いてほしいという依頼が来た。
 その内容は当該特集号をご覧いただくとして、特集の予定ラインアップをうかがった私は、ペンネーム時代のショートコント作品を訳してみたいが載せてくれないかと井戸本さんに提案してみた。かねてからシムノンの艶笑コントはなかなか面白いと思っており、こういう小説は単行本にまとめて読むのはちょっと難しいが、雑誌のなかに毎号1本入っていたら読者の気分転換にもなってきっと楽しいだろうと考えていたのである。そこで3本翻訳させてもらえることになったが、あれこれ候補作を考えているうちに、艶笑コント3本よりは日本の読者にこれまで知られていなかったシムノンの多面性を紹介できる3本を選ぶ方がよいのではないかと思い直し、1作訳すごとに井戸本さんに送って、載せるかどうかを判断していただいた。結果的に当初確保されたページ数より文量が多くなってしまったので、3本目は次の2023年5月号に掲載していただいた。ささやかではあるがこれらが私の翻訳家デビュー作となった。
《ミステリマガジン》では翻訳小説のトビラ惹句や解説文は編集者が担当するのだということも初めて知った。よって解説の執筆者(I)とは井戸本さんなのだが、各作品の背景までは記されていない。そこでなぜこの3本を選んだのかといった裏話を語ることにしよう。どのあたりが読みどころであるのかもおわかりいただけるのではないかと思う。

■「猟犬 《千一朝物語》より」1926■

 https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k5755180/f4.item
 シムノンは1922年にパリへ上京し、極右作家の秘書などを務めながら作品発表の機会を探していた。最初の契機となったのが、《ル・マタン》紙の主筆アンリ・ド・ジュヴネル、ならびに当時その妻で作家のコレットと知己を得たことであり、この縁で《ル・マタン》の名物連載《千一朝物語》シリーズの執筆者のひとりとして登用され、名を売り出すことができたのである。
《千一朝物語》とはもちろん《千一夜物語》にかけたもので、夜の代わりに《ル・マタン》すなわち《朝刊》紙だから千一朝であるわけだ。このコーナーは執筆者を変えながら長いこと続いたらしく、日本では作家フィリップ(1874-1909)の作品が『小さき町にて』(初刊1910)、『朝のコント』(初刊1916)として邦訳紹介されている。
 一般朝刊紙なので、どぎつい話は書けない。よって一般読者を対象としたコントとなる。シムノンは1923年から1926年までこのコーナーに寄稿し、これは彼にとって最初期のキャリアとなった。おそらく原稿料もよかっただろうから上京直後のシムノンの生活を支えた連載だったと思われる。シムノンが《千一夜物語》に書いたコント70作は、後にシムノン研究財団があるリエージュ大学が発行するシムノン専門研究誌《TRACES》第12巻(2000)に再録された。現在この雑誌はリエージュ大学のウェブサイトでバックナンバーを読むことができる(http://web.philo.ulg.ac.be/cegs/portfolio-items/la-revue-traces/)。またリエージュ大学出版局のサイトから雑誌の購入も簡単にできる(https://pressesuniversitairesdeliege.be/publications/revues/traces/)。ただ、残念ながら、シムノンの《千一夜物語》コントは無料PDFからは外されているので、作品自体は雑誌を購入するか初出の《ル・マタン》紙面をガリカ電子図書館で検索して読むのがよい。
 キャリア最初期の連載であって、シムノンの筆は非常につたない。何作か読んでみたがわざわざ翻訳紹介するものではないと思えるものもたくさんある。ダニエル・バジョメという人が《TRACES》第12巻で解説している通り、いまも読んでそれなりに面白いと思えるのはごく一部だ。多くの作品はまだ作者シムノンがコントという小説形態の特長を把握できておらず、オチを効果的に示せないかたちで書かれてしまっており、作品半ばで結果がわかってしまうものや、前半と後半で話が変わってしまっているものも見受けられる。だが比較的うまく纏まっているものとしてバジョメ氏は具体的にいくつかの作品を挙げて評価しており、今回私が選んだのもそのうちのひとつとなった。
 
 郊外で妻と暮らす主人公のペリヨン氏は、あるときペットショップで一匹の犬を買った。いかにも勇ましそうな猟犬で、首輪に紐をつけていっしょに散歩すると、近所の人たちは立派なその犬を見て誰もが震え上がり、あるいは賞賛の声をかけてくる。だが実際のところピックと名づけたその犬は、血統書もなければ何歳かもわからないし、鋭い牙を見せるものの、むしろそれは唇がいつもめくれ上がっているせいなのだ。それにペリヨン氏が飼い始めてから一度も吠えたことがない。だがそれでもよいのだった。散歩に連れて行けば皆が褒め称えてくれるし、ペリヨン氏自身の臆病さも帳消しになり、妻からもあれこれいわれなくなるからだった。
 ところがある夜、ペリヨン氏の自宅に強盗が入った。2階で妻と寝ていたペリヨン氏は、妻に急かされて下階の物音の正体を見てきてくれと頼まれる。ベッド脇のピックを連れて階段を降りようとしたものの、臆病なペリヨン氏は足がすくんで、暗闇の下階へ降りることができない。懸命にピックをけしかけるが、ピックはどこかに逃げてしまう。
 やけくそになったペリヨン氏は下階に突進して暴れ回った。すると何かとぶつかって、やがて賊の逃げてゆく音がした。ペリヨン氏はその後気絶してしまったが、盗難には遭わずにすんだのである。
 それ以来、ペリヨン氏がピックを連れて散歩すると、近所の人たちはいっそう怖れてひそひそ話を交わすようになった。「凄まじい野獣だ!」──しかしペリヨン氏はそれには応えず、よしよしと散歩の途中で穏やかにピックの首を撫でてやるのだった。

 シムノンのペンネーム時代のコントが持つ特徴として「オチがわかりにくい」ということが挙げられる。その特徴を抱えながら、しかしペーソス溢れる筆致でうまく纏め上げられた一篇であり、読めば思わず泣き笑いの表情になってしまう好篇である。
 結局、強盗を追い払ったのはペリヨン氏自身だったのだが、近所の人たちはますます彼の飼うピックを猟犬として高く評価するようになった、というオチなのだが、近所の人が囁く「凄まじい野獣だ!」は、ひょっとしたら犬のピックではなくペリヨン氏自身に向けられた言葉かもしれない、と考えることもできる。「温厚な市民を装っているが、いったん暴れ出したら強盗も逃げてしまうほど手のつけられない人間になるのだ」と揶揄しているとも読めるわけだ。そんな世評が起ったにもかかわらず当のペリヨン氏はすました顔で、飼い犬の首を撫でているのだからいっそう気味が悪い。郊外のこの町で、今後ペリヨン氏が村八分にされるであろうことは必至である──と、こういう読み方もできるのだ。
 もちろんシムノンが意図したオチは先に示したものだろう。だが別の読み方もできるので、ペーソスが生まれる。藤子・F・不二雄の大人向け異色短編漫画に通じるものがあって、たとえば「気楽に殺ろうぜ」の主人公が逆への字の口でナイフを持って立っているあの表情が思い出される。
 シムノンのショートコントは「オチがよくわからない」のがデフォルトだと思って読めばよいのである。文章もつたないとまず了承するのがよい。そこから立ち上がってくるおかしみは、しかし意外と深い。そのことを感じ取っていただけたなら本作の紹介は成功である。

■「モンパルナス ポーズ六態」1926■

 https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k967112m/f15.item
 https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k967112m/f16.item
 https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k9671130/f4.item
 https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k9671130/f5.item
 その後シムノンが書きまくったのが、気軽な大衆向け読みもの雑誌や、モンパルナスなどの歓楽街でかかっているレビューを写真つきで紹介する風俗誌であった。なかでも1925年から毎月のように寄稿したのが《パリ歓楽》誌である。多くのページは当時の踊り子たちの半裸写真で閉められているが、いま見れば貴重な風俗資料であり、また表紙もセンスがよいので、古雑誌購入の愉しみを与えてくれる。シムノンはここに1ページないし2ページ相当のコントを寄せた。やはりしゃれたイラストが添えられており、挿絵込みで観賞したい作品群である。一部は後に書籍化されており、ここで取り上げた「モンパルナス ポーズ六態」もジョルジュ・シム名義のコント集『Paris Leste』(Éditions Paris-Plaisirs、1927)[きわどいパリ]に収められた。初出時のイラストも多数収録されているので、書籍の方も華やかで楽しい一冊となっている。
 シムノンもこの雑誌の仕事はけっこう好きだったのではないだろうか。ペンネームを捨ててメグレ警視ものに集中しようと決めたはずの1931年にも、シムノンはこの雑誌に艶笑コントを発表していた(1931年10月号まで掲載は続いた)。もしかすると晩期の作品はストック分だったかもしれないが、そもそもシムノンが艶笑コントを本名に近い「ジョルジュ・シム」名義で発表していたこと自体が珍しい。シムノンは無造作に多数のペンネームを使っていたように見えるが、何となくの使い分けはあって、艶笑譚や性愛小説はゴム・ギュGom Gutやリュック・ドルサンLuc Dorsan、さらにどうでもいい書き飛ばしコントはキムKim、女性向け感傷小説はジャン・デュ・ペリーJean du Perryやジョルジュ・マルタン゠ジョルジュGeorges Martin-Georgesやガストン・ヴィアリGaston Vialis、少年向け冒険小説はクリスチャン・ブリュルChristian Brull、そしてそれなりに力を入れた作品にはジョルジュ・シムGeorges Simを使っていた。《パリ歓楽》ではゴム・ギュ、リュック・ドルサン、キムのペンネームも使われたが、最晩期の1931年はジョルジュ・シム名義が多い。ある程度の自信があったのだ。
 この《パリ歓楽》に書かれたペンネーム作品の4篇が、戦前日本の《猟奇》という雑誌に訳出されていたことは、すでに報告した通りである(第21回第22回)。日本においてシムノンという名前が知られていなかった時代でも、これらのコントはくすりと笑えて、しかもパリの雰囲気をよく伝えてくれる、当時のひねくれたインテリ層にも歓迎されうる、ハイカラな読みものとして映ったのだろう。
 今回の「モンパルナス ポーズ六態」は雑誌の見開き前後篇で2号にわたって掲載されたもので、モンパルナスに棲息する画家やモデルたちの日常をカリカチュアさせながら6つの小咄として纏めたものだ。当時シムノンはモンパルナス界隈でよく遊んでおり、画家の卵たちとも交遊があったはずであるから、これらの多くは実際にあった出来事かもしれないし、画家やモデルたちと飲んでいるとき酒の肴として出た噂話がもとかもしれない。後半3篇のあらすじは本連載第20回で示したので、ここでは前半3篇を紹介しよう。

 1人目・ポーレット:その娘は友人ニニの紹介で、初めてアトリエにやってきた。画家がヌードモデルを捜していると聞いたためだ。ポーレットはいままでモデルの経験がなく、自分がちょっとふっくらした体格なのを気にしている。だから画家にじろじろ見られるとつい顔が赤くなってしまう。だがすぐさま合格が出て、彼女はおずおずと服を脱ぎ始める。画家はいっそう目を輝かせてポーレットにポーズを取らせ、休憩も取らず一気にデッサンを描き上げた。彼女はほっとして衣服の場所へ戻ろうとしたとき、デッサン画が目に入った。そこには現実以上に太った自分の身体が描かれている。「わたしのお腹はこんなに影があるのかな」──画家はモデル代を弾んでくれたものの、どうも彼女には納得がいかない。だが着替えの途中で画家が背後から襲ってきた。そのふくよかな肉体に欲情して……。
 2人目・コンスタンス:画家を気取る英国人のやんちゃな若者ふたりが、名物カフェ《ラ・ロトンド》にモデル漁りにやってくる。そのうちのひとりがコンスタンスだ。「いちばん太っている娘は誰だ?」と娘をひとり選んでヴァヴァン通りのアトリエへ連れ込む。娘はたっぷり時間を取りながら服を脱いでゆく。コンスタンスはまだ20歳の若造で、不良ぶりながらパリで暮らしているが、ふくよかな女に目がないのだ。年上の彼女に自分が弄ばれていることに気づいてさえいない。「さあ、この太った獣! きみはもう、〝以前の〟いい娘には戻れないぞ!」そんなふうに欲情して叫んでみたが、何のことはない、〝以前の〟自分に戻れないのは、他国で性癖に目覚めてしまった彼自身に他ならないのだ。
 3人目・ミス・スイーツ:アメリカ娘の彼女は母国からひとりパリへ出てきて絵の勉強をしている。彼女は週5回デッサン教室に通っているが、〝しかるべくした〟ご令嬢である彼女は、しかし火曜と木曜だけは人が変わったように目を血走らせて何度も自分の絵を描き直すのだ。というのもその2日は若い男性が裸でモデル台の上に立つからだ。もちろんモデルは全身もろ見えである。だからミス・スイーツはよそ見などせず食いつくようにモデルを描く。帰り際に彼女を誘おうとした軽薄な男子学生がいたが、令嬢である彼女はもちろん相手になどせず去って行った。「あの娘には蕪汁の血が流れているんだ」と振られた学生は彼女の身持ちの堅さに根を上げる。しかし彼は知らないが、もちろんそれはアメリカのご令嬢の一側面に過ぎないのである。

 6つのシーンと6人の人物を取り上げるが、どの主人公も国籍や立場が異なり、作者シムノンがこうやって各話にバリエーションをつけていることがうかがえる。こうした工夫が後のショートミステリー作品、たとえば『十三人の被告』第30回)で容疑者の出自や背景をすべて変えてみせた、あの細かな芸当へと発展してゆくのである。それに6作それぞれ読み心地も違う。1人目のかわいらしいポーレットに私たちはつい同情してしまうが、作者は返す刀で2人目コンスタンスにも類似のシチュエーションを使いながら、その呆れた醜態をデッサンし、パリに巣くう他国の自称画家たちの愚かさを嗤ってみせる。3人目のミス・スイーツには思わず「あるある」と自分を重ねて苦笑する女性漫画家もいるだろうし(えっ、そうでもない?)、4人目のリリは女神のようだ。案外、芸術家志望の男たちは、こんな伝説の女神にいつだって憧れているものではないか。5人目のヨカのエピソードは苦くて心に残り、文学性ということでいえばこれがいちばんだろう。そしてトリを務める6人目の青年アントネッロの純粋さには、読んでいる側も自分の青年時代を思い出して顔が赤くなるのではないか。エロ小説としかいいようのない内容だが、明るくて、楽しくて、そして実にかわいらしい。
 このようにシムノンの多様な側面を一気に読めるので本作を選出したが、2号にわたっての掲載作品なので、全体としては他の作品より少し長い。そのため予定のページ数を超えてしまったのは申し訳なかった。
 本作が欠点のないシムノン最上の艶笑譚であるとはいわない。たとえば6作目の「アントネッロ」だが、多くの読者は途中でオチの見当がついてしまうことと思う。シムノンが余計な文章を入れて推敲を怠ったため、ラストのパンチがいまいち機能しないのだ。藤子・F・不二雄の異色短編「倍速」くらいの爆発力がほしい。皆さんのなかには第20回で私が書いたあらすじの方が面白いと思われた方もいるのではないか。この話はむしろこのくらいの短さでよいのである。
 厳密に考えてみると、この最終作「アントネッロ」はいささか不可解だと男性の方々なら気がつくだろう。こんなに純朴な18歳の男なら、そもそも裸同然になって女性の横に立った段階で、もう勃起しているのではないだろうか? 相手のモデルの女性が悲鳴を上げるまで30分かかっている。ちょっと遅すぎやしないだろうか? それとも悲鳴が上がったとき、動いたのは彼の息子ではなく、その先から迸り出た青春だったのだろうか? ほら、シムノンの筆が未熟だから、こんなヘンな想像にまで頭が回ってしまうのだ。
 しかし私はこの「アントネッロ」がわりと好きだ。何より楽しく笑える。
 そして本作には姉妹編がある。翌号に掲載された「モンマルトル 六つの婚礼!Montmarte en six noces!」(同誌1926/6号)がそれで、今度は舞台をモンパルナスからモンマルトルに移し、結婚式を取り上げたものだ。他にもコンコルド広場に近い6つのホテルでの出来事を纏めた連作など、シチュエーションに縛りをつけた上でバリエーションを披露してみせる作品を、シムノンは初期のころにいくつも手がけた。自らの筆を磨く練習でもあったのだろう。シムノンの艶笑譚はもっと翻訳紹介したいのだが、どこかにページを用意していただける奇特な媒体はないものだろうか。

■「五人の最期」1927■

 https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k5509100b/f9.item
 https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k5509100b/f10.item
 異郷への憧憬があるシムノンは、ペンネーム時代にいくつもの探検冒険小説を書いた。それらの多くはフランス語圏の読者ならひと晩で一気読みできるくらいの長篇として、フェランツィ社Ferencziやタランディエ社Tallandierから発行された。どちらも表紙に青い縁取りがあり、「青色は通俗冒険小説」という目印であったのだろう。
 シムノンは1927年から冒険小説専門誌《冒険》に寄稿し始めている。この雑誌を実際に手に取ると、挿絵や写真がふんだんに用いられて、どちらかといえば読者層は青少年であったように思える。だが日本の少国民向け読みもの雑誌といちばん異なるのは主人公が子どもではなく歴とした大人に設定されている点で、このあたりジュール・ヴェルヌの系譜をやはり引いていると思わされる。実際、シムノンの冒険小説も、わたしの知る限り青年や若娘が主人公になることはあっても、さらに若い少年少女が中心に据えられたものはない。
 シムノンは《冒険》誌に『氷上の覇者Le roi des glaces』(1927掲載、1928刊行)や『ゴリラ王Le gorille-roi』(1928掲載、1929刊行)、L.53が主人公の「〝ムッシュー五十三番〟と呼ばれる刑事」(1929掲載)といった長中篇を連載したほか、見開きページに収まる短篇も4篇寄せた。ここに訳出したのはその一篇、極寒のアラスカを舞台にした「五人の最期」である。私は4篇すべてを読んでみたが、本作がいちばんよい出来だと感じた。もうひとつ、本作の直前に掲載された「凄まじきアモクL’Amok vertigineux」(1927/9/15)も中盤までの緊張感とその後の感傷のバランスが巧みな佳品だ。シムノンのペンネーム時代の異郷冒険小説は、長篇だと展開が粗雑で読むに堪えないものも多いのだが、意外と短篇では引き締まった物語を見せてくれるのが面白い。
 
 雄大なユーコンの氷原では、かつてのゴールドラッシュの狂騒も過ぎ去り、人々はそれぞれ小さな集落をつくって暮らしていたが、いまは別の脅威におびえる毎日だった。〝五人組〟という凶暴な白人集団があちこちの砦を急襲し、自分たちでは金脈を探すことなくただ人を殺して、金塊や物品を強奪していたからである。物語は現地民のモオが氷雪地帯の小屋の扉を叩く場面から始まる。その小屋には〝五人組〟のうちの3人、〝片目〟と赤毛のディックとジムが酒に酔い潰れながら暮らしていた。彼らは樅の木を薪にして暖を取り、強奪しない間はカードゲームで数週間も時間を潰す。そしてこのように地元のモオが持ってくるウィスキーで喉を潤すのである。交換でモオは油の小樽を受け取るのだ。
 しかし今回モオがやってきたのは、彼ら3人の敵が近づいていることを知らせるためだった。その追跡者は犬に橇を曳かせて彼らのテリトリーに入ってくる。いったい何者か? 目的は何か? 3人は用心深く男を見張った。その男は夜になると氷原で休んだが、彼の臭いを嗅ぎつけたのか野生の狼が集まってくる。彼を遠巻きに狼たちは狙いを定める。だが3人も驚くほど俊敏に男は火を熾して狼を追い払った。その姿は舞い踊るかのようであり、そして群の一匹に一発の銃弾を撃ってしとめた。もうそれ以上狼たちは彼を襲うことはなく、遠くから見ていた3人も彼の度胸と手際のよさには感嘆せざるを得なかった。
 翌朝、3人はライフルを手に男のもとへと向かう。だが相手の男は樹上に陣取り、3人の到着を待って高らかに彼らひとりひとりの名を正確に呼び当てて見せた。
「おまえは誰だ?」
「まずハンスのことを教えろ」と男はその場にいない〝五人組〟の4番目の名を問う。そして高らかに5番目の名を挙げた。「マック・トゥイードは? やはり死んだのか?」
 それを聞いて3人の盗賊は驚愕した。いま頭上でライフルを構えているのは、前年に彼らが罠にかけてユーコン川に投げ込んだ仲間、マック・トゥイード本人であるとわかったからだ! 3人は金の分け前を増やすために仲間を裏切ったのだが、マック・トゥイードは復讐の鬼となって戻ってきたのだ! 彼は嘲笑で3人に応えた。
「もしおれが〝五人組〟をおれひとりでやる気になったら?」
 銃弾が破裂する。たちまちのうちに片目と赤毛のディックは雪のなかに横たわり、そして辛くも樅の木の間を縫って逃げたジムを、5番目の男マック・トゥイードは追った。
 そして2日後、モオは小屋を訪れて誰もいないことを知り、やがて周囲で固め、片目と赤毛のディック、そして橇で逃げようとして息絶えたジムの遺体を見つけた。もうひとつ、足を引きずって森へと向かう足跡があり、それを辿って行くと木の根元でねじれた姿で死んでいる男の遺体があった。根元を掘り返しかけた跡があり、〝五人組〟がそこに強奪した金塊を隠していたことをモオは知った。
 モオは悠々とそのお宝を掘り返して持ち去った。彼はいっぺんで大金持ちとなった。だがあるとき堪えきれなくなったのだろう、酔って地元の仲間に戦利品を見せびらかし、その夜のうちに同族に殺された。
 
 シムノンはこれを書いた時点でアメリカにもアラスカにも行ったことはなかったはずだが、なかなか迫力のある短篇に仕上がっている。ジャック・ロンドン『野性の呼び声』(1903)を想起させるが、徹底して非情なハードボイルドの世界観が見事だ。最後のモオなどたった一行で命を落とす。このずばっと一太刀で斬るかのような思い切りのよさがシムノンの特長であり、本作はその凄みが極めて巧く発揮された一篇である。内容にも奥行きがあり、これが雑誌の見開き2ページで完結する物語だとはにわかに信じられないほどだ。
 シムノンのアメリカ大陸への憧憬が、すでに本作には現れている。シムノンは戦後アメリカやカナダで暮らすようになるが、まだ渡航したこともなかった 1920年代後半から、しばしば彼はアメリカ小説に挑戦していた。すでに佳作『運命』第26回)を本連載では取り上げたが、この後も冒険小説やギャング小説のなかでアメリカを繰り返し描くようになってゆく。いずれそれらのペンネーム作品は纏めて本連載で取り上げてみたいが、その先駆けとしてもっとも早い時期のアメリカ大陸小説を、ここでは訳出紹介した次第である。
 シムノンは本名名義で活躍するようになってから、ほとんど冒険小説は書かなくなっていった。前回、今回で読んだ「異郷小説集」が例外的な仕事といえるが、エキゾチックな異郷の地で白人の男たちが互いに仲間を疑い合い、精神的に追いつめられてゆくという本作の構図は、今回読んだ「異郷小説集」のあちこちにその発展形を見出すことができる。遠い異郷の地は楽園であるはずなのに、白人たちはどれほど世界の果てまで行こうとも、文明の鎖にがんじがらめに縛られて、自分たちだけで勝手に殺し合って潰れてゆく。そうしたなかで真に人間らしさを最後まで保っているのはむしろ〝未開〟の現地人なのだ、というメッセージは、訳出の順番を待つ短篇「凄まじきアモク」にはっきりと描かれている。シムノンの冒険小説は長篇を訳出するよりも、あえて短い秀作をいくつか厳選して紹介する方がよいかもしれない。

 ペンネーム時代のコントの多くは、フランスの電子図書館ガリカを検索すれば無料で読める。以前にその一覧表を資料として付録掲載したが、現在はリンクが切れてしまっているので、再度【資料96−1】として掲げておく。ご自由にお使いいただいて差し支えない。

【資料96−1】ガリカで読めるシムノン初期作品.pdf

 原稿が長くなったので、イギリスの作家A・E・W・メイスンが創造したフランスの探偵アノーの活躍から読み取れる当時のフランス警察の様子と、そこから発展する「メグレは警部か警視か(警視正か)」問題のさらに進んだ考察結果については、次の番外編4で別途報告する。

瀬名 秀明(せな ひであき)
 1968年静岡県生まれ。1995年に『パラサイト・イヴ』で日本ホラー小説大賞受賞。著書に『魔法を召し上がれ』『ポロック生命体』等多数。

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