例年のように、最後に、◆2024年のクラシック・ミステリ◆という年間回顧を書いています。
■アンドリュー・ウィルソン『パトリシア・ハイスミスの華麗なる人生』(柿沼瑛子訳:書肆侃侃房)■
本書の執筆に当たっては、ハイスミスが私生活や恋人たちとの関係、創作の葛藤などを赤裸々に書いた「日記」、小説のアイデアや本文などを書いた「ノート」という8000頁にもわたる膨大な「日記とノート」に加え、多数の独自インタビュー等が参照されている。
本人が書いた膨大な文書が残っているのは、伝記作家にとっては理想的環境かもしれないが、700頁を読み終わっても、生前のハイスミスの姿は、なかなかとらえ難い。
ハイスミスの小説の米国での版元として交流のあったオットー・ペンズラーは、彼女の死後に、「パトリシア・ハイスミスといえばすぐに挙げられる点が二つある。まず、二十世紀における短編の名手十二名のひとりであるということ。そして同じく最も不愉快な意地の悪い人物十二名のひとりでもあるということだ」「愛情を示すことも示されることもなかった女性」と書いている。まだ、30代の彼女に関しても「陰険で、ひどく意地悪」「人間不信、強い悪意-それが彼女の奥深くに流れていた」という証言がある。一方で、心優しい、魅力的と評する人もあり、生涯にわたり交流を続けた人も少数ではあるものの存在する。レズビアンでありながら、女性を蔑視する、学生時代には共産党にも所属したが、後年は黒人嫌いやユダヤ人嫌いを顕わにするなど、矛盾を抱えた人物でもあった。
ハイスミスは、1921年生まれ。テキサス州フォートワースに生まれる。母と継父が故郷の祖父母の家にハイスミスを残し、NYに行ってしまった経験は、母に「捨てられた」という思いをもたらし、生涯にわたる母との強い愛憎関係を生み出した。NYの名門女子大バーナード大学で文芸誌に参加。卒業後はコミックブックの脚本家をしながら、『見知らぬ乗客』(1950)を執筆。その後、匿名でレズビアン小説『キャロル』(1952) を出版。『見知らぬ乗客』や『太陽がいっぱい』(『リプリー』) の映画化で人気作家になり、60年代にヨーロッパにわたり、生涯の大半をヨーロッパで過ごす。1995年に死去。
作家としてのハイスミスに特徴的なのは、サスペンス小説の書き手であること、同性愛者であること、米国人でありながらヨーロッパに移住した作家であることがまず挙げられる。
サスペンス小説ということに関していえば、デビュー作『見知らぬ乗客』からして、パルプ小説を読んでテクニックを研究したものの、ミステリのジャンルとしてのサスペンス作家になるつもりはなかったようだ。小説中には、「自分の気持ちも、わたし自身の謎についても、両方ありのままに書いた」と述べている。ハイスミスは作中に登場する道徳心のない殺人者ブルーノに夢中になり、「私は彼を愛している」と日記に書いている。「小説家としては、大衆向けのエンターテインメントとしての要求に合わせることも、注文に応じて書くことも拒んだ」彼女は、生涯、自ら書きたい小説を巧く書き上げることに心血を注いだ作家だった。小説を書くことは彼女のすべてであり、書くことによって救われた作家だった。「作家でなかったら、今頃精神病院かアルコール依存症厚生施設に送られているはずよ」と60年代の女性の愛人マドレーンはいう。
ハイスミスとはどのような小説家だったのか。1940年代ハイスミスが夢中になっていた作家ジュリアン・グリーンのリアリズムとファンタジーを融合させた作風にならい、「文学的ミメーシスによって精緻に描かれた真実らしさの表層と、異常性と妄想性という破壊的暗部が境目なく一体化した、流れるような文体の作家」と著者は、書いている。
ハイスミスのセクシャリティということに関しては、若い頃、男性との関係もあったが、ほとんどの愛の対象は、女性に向けられた。母親のせいで「わたしを裏切る女性しか愛せなくなったと」書いている。快適で安全な関係は居心地が悪かった。生涯十指に余りそうな女性と愛人関係を築いた(一度に複数の恋愛関係を続けることも稀ではない) が、いつも不幸な関係に終わった。その恋愛も、創作のインスピレーションになるミューズを追いかけている要素が強かった。彼女にとっては、不幸な恋愛も、すべて創作の源となっていた。
米国作家にしてヨーロッパ移住ということに関しては、19世紀のヘンリー・ジェイムズが著名だが、ハイスミスの場合は一種の亡命行為だったとも思える。居住地もイギリス、イタリア、フランス等を転々とし、82年にスイスに移住、ヨーロッパ人の感覚を身につける。しかし、生涯米国籍をもち、米国の政治にも関心をもち続けた。ハイスミスの作品は、ヨーロッパで受けがよく、米国でのセールスは振るわなかった。80年代には、米国の出版社はハイスミスから手をひいてしまう(そこで名乗りを上げたのが、先のペンズラーだったが、最後には両者の非難の応酬とともに破綻してしまう) 。キャリアの後半になっても、ハイスミスが版元から書き直しを命じられたり、出版を拒絶されたりしているのは意外だったが、米国で作品が受け入れられないという事実は、米国的なるものへの不信につながっている。
ハイスミスがつくりあげたキャラクターとしては、『太陽がいっぱい』など五長編に登場するトーマス・リプリーが著名だが、ハイスミスの友人だったチャールズ・ラティマーは「ジョン・モーティマーが追悼文の中で、彼女はリプリーに恋したと書いていたが、実際は彼女こそがリプリーだったのであり、あるいは彼のようになりたかったったのではないかと思う」と述べているそうだ。殺人者ブルーノに「恋した」と書いたハイスミスは、やはり内面に沈む不道徳、残酷さ、破壊衝動を小説空間に解き放ったものとみえる。
とにかく、ハイスミスの伝記的事実については、ほとんど知るところがなかったため、丹念な調査で浮かび上がる彼女の生涯は、軽いめまいを覚えるほど、すべてが新鮮だ。著者固有の論旨の押し付けがなく、事実をして語らせるスタイルは好感が持てる。大労作といえる一冊だ。
先に挙げたハイスミスの作家としての特徴は、作家の個性をつくりあげているものであり、21世紀において、ますます彼女の小説の価値は高まっていくものと予想される。
ハイスミスは、22の長編、8つの短編集がすべて邦訳されている珍しい存在だが、広く読まれ、読みこまれるのは、これからの作家かもしれない。本書は、そのための強力なサイドリーダーになることだろう。
■メアリー・スチュアート『誰も知らない昨日の嘘』 ( 木村浩美訳:論創海外ミステリ)■
ミステリとロマンの融け合った物語を香り豊かな筆致で描く名手メアリー・スチュアートの論創海外ミステリでの紹介も本書で五作目。『誰も知らない昨日の嘘』(1961) は、『銀の過去の紹介作に慣れた読者は、本作にとまどいを覚えるかもしれない。いつものように舞台が異国趣味豊かな海外ではないし、女性の冒険物語とも思えない。何よりヒロインのはずの女性が嘘と欺瞞に満ちた犯罪に手を染めていくという筋が異色だ。
舞台は、ローマ帝国の遺跡、ハドリアヌスの城壁で有名な北イングランドのノーサンバランド。カナダから来たメアリー・グレイという女性 (私) は、コナーという美貌の美青に出逢い、八年前に家出した従姉妹のアナベルという女性にそっくりだと告げられる。やがて、コナーからは、彼女になりすまして大伯父の牧場を相続し、自分に譲ってくれたら、報酬を弾むという申し出を受ける。私は、迷った末に、奇妙な申し出を引き受けることにするが…。
いわゆる「天一坊」物であり、例えば、パトリシア・ハイスミス『太陽がいっぱい』などもこの範疇だと思うが、本書には、明確な下敷きがある。それは、ジョセフィン・テイ『魔性の馬』(1949) という作品で、こちらは、放浪の孤児が名門家の跡取りになりすますというストーリーで、邦訳された際の評価も高かった作品だ。本書には、ヒロインとコナーの義理の姉 (コナーの計画の共犯者)がともに、『魔性の馬』を読んでおり、「冒険物語の傑作」だが「しょせんフィクション」「現実にあんな真似をしたら、ただでは済みません」という会話がある。(ほかにも、「なりすまし」物として、A・ホープ『ゼンダ城の虜』、E・P・オッペンハイム『大いなる偽装』といった作品にも言及がある)さらに、実行段階になると『魔性の馬』は、「私たちの企ての教科書」となり、アナベルになりすますための徹底的な訓練、知識の詰め込みが行われる。
ここまで、過去の著名作品を下敷きにして、それを明確にすることは、スチュアートのような作家にとっては異例とも思えるが、この設定を使って、別な物語を書くというのは、作者にとっての挑戦だったと思われる。
本書の核心は、曖昧に書かざるを得ないが、その挑戦が、あるプロット上の工夫であることは読み進むうちに明らかになる。この工夫に賛否はあるかもしれない。それはスチュアートらしからぬもので、筆者は少なからず、驚いたが、驚きと同時に、作品に感じる微妙な違和感がすっと腑に落ちるものになり、これも作者らしい作品だと納得するという逆説的な経験をさせられた。
アイルランド出身の美貌のコナーにヒロインは「俺たちは似た者同士」といわれるが、コナーとの確執も含め、詩情豊かに描かれる北イングランドの美しい自然の中、危険とロマンスに満ちた雰囲気が持続する。各章のエピグラムである古謡も物語に格調を与えている。
落雷事故が起きるクライマックスは素晴らしい。仔馬が大活躍するところは、やはり極上の「馬ミステリ」だった『踊る白馬の秘密』(1965)を思わせるし、畳みかけるように事件が起き、伏線が回収されていくところは、さすが物語巧者と唸らされる。ヒロインの新生ともいえる結末は清々しく、これぞスチュアートと思わせる。
■ 法月綸太郎,新保 博久『死体置場で待ち合わせ~新保博久・法月綸太郎 往復書簡~』(光文社)■
博覧強記の「教授」新保博久と、実作者で斯界の論客・法月綸太郎が往復書簡で「モルグ街の殺人」から本格ミステリの現在までを縦横に語り合う「ジャーロ」連載の書籍化。往復書簡形式のミステリ評論というのは、意外に例が少ない。公開前提の面白い往復書簡が成立するためには、
1 関心の共有
2 甲乙つけ難い知識・技量
3 立ち位置の相違
4 相互のリスペクトと互譲
5 豊富な話題と交通整理の技術
などが必要だと思われるが、1、2はいうまでもなく、3評論家と実作者という相違があること、4、5は本文に当たってみれば自ずと了解できる。対談のような瞬発力より、思考の持続力のようなものより問われる形式でもある。その意味では、あらかじめ成功が約束されたような組み合わせだが、新形式のミステリ評論として十分に楽しめる。
話題は、主なものでも、「モルグ街の殺人」は「マリー・ロジェの謎」を書くための捨て石にすぎなかったという新保氏の立論に始まって、アガサ・クリスティー失踪事件、倒叙ミステリ、特殊設定ミステリ、芥川龍之介の「藪の中」の真相、リドル・ストーリー、ラフカディオ・ハーン、坂口安吾の未完に終わった『復員殺人事件』の真相、ジェイコブズ「猿の手」、『陸橋殺人事件』『毒入りチョコレート事件』等多重解決(推理)、「オッタモール氏の手」などなど。
「そのとき任せ風任せ、迷走することを書き手も楽しみ、読み手にも愉しんでもらいたい」
(新保氏)ということだが、まとまった論考といえるようなものも多い。
中でも、翻訳家の宮脇孝雄氏の「藪の中」評価 (真相不明のまま終わるのではなく、はっきりとした結末がある小説) に触発された二人の丁々発止は本書の白眉ともいうべき箇所。新保氏が証言における矢の本数等に着目した鮮やかな推理で、意外な犯人像の新説を提示。対する法月氏は、福永武彦が加田怜太郎名義で発表した「完全犯罪」の登場人物は「藪の中」と照応しており、「完全犯罪」の多重推理はすべて「藪の中」の別解と対応しているという驚きの指摘をしている。
そのほかミステリ好きには、たまらない論考や指摘が多数。
例えば、最強の囲碁AI「アルファ碁」が、過去のヴァージョンを全部保存し、現在のヴァージョンと時々対戦させていることに事寄せて、「令和の時代に古典作品を再読するのはけっして後ろ向きな逃避行動ではなく、現代ミステリが陥りがちな「過学習」や「盲点」を検知するために欠かせない営為なのではないか?」という法月氏の投げかけは、クラシックファンにも耳新しい指摘だろう。
この種の対話形式は、一種の褒め合いに陥りがちだと思うが、例えば、新保氏の『毒入りチョコレート事件』の位置づけに関し、法月氏は、「私の考えは違います」と明確に反論するなど、筋を倒しているところも、小気味いい。
「話がどんどん分岐していって、何の話をしていたんだか分からなくなってきます!」(新保氏)、「書きそびれたり語り残したことのほうが多かった」(法月氏)という反省もあるが、本書は、対話それ自体を楽しむも良し、ミステリについて考えるための手がかりを拾うも良し、興味のの尽きない本であり、続編が期待される。
なお、本書には、書簡中に出てくる坂口安吾の新発見短編「盗まれた一萬円」や「藪の中」原文等も収録されている。
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◆2024年のクラシック・ミステリ◆
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アンソニー・ホロヴイッツの『死はすぐそばに』に横溝正史や島田荘司作品への言及があったり、陸秋槎『喪服の似合う少女』がロス・マクドナルド作品を標榜したり、マーティン・エドワーズ『モルグ館の客人』が巻末に手がかり索引を掲げたりと、今年紹介された現代ミステリにも、時代や東西のボーダーを超えたクラシック・リスペクトの動きが散見されるようになってきた。
アガサ・クリスティーに関する評論も多く、もはや、ロックにおけるビートルズと同様、作家自体がジャンルといってもいい存在になってきているのを実感する。
スウェーデンのカー、ヤーン・エクストレム『ウナギの罠』が各種ベスト10を賑わせており、「幻」作として一部では有名だったこともあるが、クラッシックであっても、作品次第、企画次第であっても、大勢の読み手に支持される可能性を示した。ローレンス・ブロック『エイレングラフ弁護士の事件簿』、ノワールの古典『夜の人々』、ロス・トーマスの第二作『狂った宴』、ジョエル・タウンズリー・ロジャース『止まった時計』、なども好評だった。
一方、黄金期の本格ミステリの紹介は、二作のみと例年になく少なく、物足りない思いがしたが、入手困難だった『スミルノ博士の日記』(中公文庫) は、期待を上回る優れた作だった。
新しい動きとしては、電子書籍のみだが、HM出版から、デイヴィット・グーディス『溝の中の月』、セシル・スコット・フォレスター『悪夢』が紹介された。
論創海外ミステリは、300冊を超えても、なお、平均月2回の刊行ペースで着実に実績を重ねている。
扶桑社ミステリーでは、ヤーン・エクストレム『ウナギの罠』『ロバート・アーサー自選傑作集 幽霊を信じますか?』など。
新潮文庫では海外名作発掘プロジェクト「HIDDEN MASTER PIECES」の刊行が続いている。ホレス・マッコイ『屍衣にポケットはない』、エドワード・アンダースン『夜の人々』といった古典ノワールのほか、昨年に続くロス・トーマス『狂った宴』が紹介。
ヒラヤマ探偵文庫は、ジョージ・ランドルフ・チェスター『一攫千金のウォリングフォード』などが相変わらず順調に紹介されている。
国書刊行会で『赤い右手』の作家、ジョエル・タウンズリー・ロジャースのコレクション全3巻の刊行が始まった。製作総指揮・山口雅也による「奇想天外の本棚」シリーズが止まっているのが気になっている。
2025年も、現代ミステリにおけるクラシックとのクロスオーバーの動きも注視しつつ、新たに紹介されるクラシック作品を味わいたい。
*掲載月を基準にまとめたものであり、タイトル後の数字は、掲載月。
■古典期■
ジェイムズ・ホッグ『義とされた罪人の手記と告白』5宗教的狂熱、分身、そして悪魔(あるいは悪)といったテーマが存分に描かれる19世紀の異形のゴシック・ロマンス5。
ヒュー・コンウェイ『コールド・バック』5ホームズ前夜にベストセラーになったロマンティックなサスペンス長編。
コナン・ドイル『ササッサ谷の怪』6。日本の「傑作集」からは外れていたレア作品群を収録。バラエティに富んでおり、ホームズ譚との関連やドイルの実人生との関連も多々。
今年もヒラヤマ探偵文庫は、意欲的な刊行が続いた。
ジョージ・ランドルフ・チェスター『一攫千金のウォリングフォード』3。20世紀初頭の米国を舞台に、稀代の詐欺師が活躍する。『クイーンの定員』選定本。
ヴァレンタイン・ウィリアムズ『海老足男との対決』6「アガサ・クリスティ愛誦探偵小説集1」として上梓された。怪人〈海老足男〉との英国青年の死闘がメインではあるが、一時戦下のドイツに潜入する英国伝統の冒険小説としても上出来。
チッカリング・カーター編『ミカドの謎 ニック・カーターの日本の冒険』12ダイム・ノベルを代表する名探偵ニック・カーターの不思議の国日本での冒険。
アルフォンス・ベルティヨン・他 『英国犯罪実話集3』9は、「切り裂きジャック」事件から七年しか経っていない時期の記録も収録。
■黄金期■
サミュエル・アウグスト・ドゥーセ『スミルノ博士の日記』7ミステリの「ある趣向」の先駆作として我が国では大正期から知られたスウェーデンのミステリ。英米の黄金時代の作品と遜色ない出来栄えに驚かされる。
リチャード・オースティン・フリーマン『ヘレン・ヴァードンの告白』11不条理に立ち向かう女性サスペンスであり、風変りな倒叙ミステリでもある著者のチャレンジ精神あふれる一作。
■ポスト黄金期■
エドマンド・クリスピン『列をなす棺』6。フェン教授物のうち長らく未訳のまま残されていた2冊のうちの1冊。映画撮影所を舞台にクリスピン節が愉しめる本格ミステリ。
レックス・スタウト『母親探し』2ネロ・ウルフ物の後期の長編。犯人探しならぬ、母親探しというのが創意。もう一冊『シャンパンは死の香り』12パーティの毒死事件を扱った作者には珍しい不可能犯罪物。
ナイオ・マーシュ『楽員に弔花を』10綿密なプロットと創意あるトリック、巧みな人物描写が高いレベルで融合した華のある一作。
ノーマン・ベロウ『幻想三重奏』10 人が消え、部屋も消え、路地まで消えてしまうという三つの不可能犯罪を扱う。
ヤーン・エクストレム『ウナギの罠』4スウェーデンのカーによる「ウナギ罠」の密室殺人。トリック、プロットも優れた逸品。
ベルトン・コッブ『善人は二度、牙を剝く』4潜入捜査をテーマに先読みできない展開が続くが、やはり作者の謎解きセンスの良さが感じられる好編。
ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ『止まった時計』8映画女優の数奇な半生、全編を覆う不穏とサスペンス、真相の驚きが三位一体となった過剰さに満ちたミステリ。
ピエール・ヴェリー『アヴリルの相続人 パリの少年探偵団2』10ヴェリーの生前最後の作。ジュブナイルながら、本格ミステリ好きも唸らされる逸品。
アガサ・クリスティー(チャールズ・オズボーン小説化) 『招かれざる客[小説版]』10戯曲の小説化版。
■ノワール/ハードボイルド/警察小説■
デイヴィット・グーディス『溝の中の月』1ジャン=ジャック・べネックス監督による映画も著名で翻訳が待たれていた作品。舞台のスラム街がもうひとつの主人公といえるような暗いリリシズムを湛えた作品。
ホレス・マッコイ『屍衣にポケットはない』2孤高のジャーナリストを主人公に米国にはびこるファシズムとそれに対峙する絶望を描いた「危険な小説」。
エドワード・アンダースン『夜の人々』4傑作映画の原作というだけでなく、ノワール分野の古典ともいうべき作品。
ロス・トーマス『狂った宴』8 MWA新人賞をとった『冷戦交換ゲーム』に続く第二作。アフリカ新興国の選挙戦という題材に、コン・ゲームの面白さを盛り込んだオリジナリティ溢れる一作。
■サスペンス■
ジョルジュ・シムノン『ロニョン刑事とネズミ』2メグレ物に登場するロニョン刑事と浮浪者の老人の知恵比べを描いた作品。本格ミステリの機知の要素あり。
J・J・ファージョン『すべては〈十七〉に始まった』7不定期船の船乗りベンを主人公にしたシリーズ8作の最初の作品。ヒッチコック監督の英国時代の映画『第十七番』の原作でもある。深夜の屋敷を舞台にしたあまり類例をみない形の犯罪劇。
ヘレン・ライリー『欲得ずくの殺人』11 HIBK要素を足場にしつつも、サスペンス、プロットの面での洗練をうかがわせる佳作。
ダナ・モーズリー『夏の窓辺は死の香り』12地方都市の普通の人々の欲望や暗部を描き出し、その結果として生じる犯罪と危機にさらされる女性を描いたサスペンス。
アンジェラ・カーター『英雄と悪党との狭間で』8英国のマジック・リアリズム作家が暴力と死が日常化した異世界で生きる少女の生を描く。
ステファン・テメルソン『缶詰サーディンの謎』9〈ドーキー・アーカイブ〉3年ぶりの新刊。若島正氏のいう〈ノンセンス哲学SFミステリ奇想小説〉だが、伏線回収的に収束していく物語にもなっているところが、ミステリ好きにも見逃せない。
ビリー・ワイルダー I・A・L・ダイアモンド『アパートの鍵貸します』12ビリー・ワイルダー監督作品の名作『アパートの鍵貸します』のシナリオ本。その注釈の詳細さは、さながら『アパートの鍵貸します』大全の趣。
■スパイ・スリラー■
マイケル・ホーム『奇妙な捕虜』1クリストファー・ブッシュの別名義。異例の題材、異例の語りによる謎解き要素を備えたスパイスリラー。
■ユーモア■
2018年に始まったフランク・グルーバーのジョニー・フレッチャー&サム・クラッグシリーズ長編全作品翻訳プロジェクトが『ソングライターの秘密』7 をもって完結したことを寿ぎたい。『レザー・デュークの秘密』1二人は革工場に就職したが…。『一本足のガチョウの秘密』4「ガチョウの貯金箱」の争奪戦。
■短編集■
『ロバート・アーサー自選傑作集 幽霊を信じますか?』4前年の『ガラスの橋』に続く本書は、ホラー/ファンタジー傑作選。ぬくもりのあるイマジネーションを堪能できる。
ローレンス・ブロック『エイレングラフ弁護士の事件簿』9洒脱でいて主人公の黒い哄笑が聞こえてくるような傑作短編シリーズ。
セシル・スコット・フォレスター『悪夢』12海洋冒険小説「ホーンブロワー」シリーズで著名な作家のナチス政権下のドイツを舞台にした短編集。戦時下の極限状態を舞台にしており、心理サスペンスやホラーにカテゴライズされるような作品も多い
■評論その他■
川出正樹『ミステリ・ライブラリ・インヴェスティゲーション 戦後翻訳ミステリ叢書探訪』1戦後から現代に至る翻訳ミステリ叢書を概観する大著。推理作家協会賞受賞作。
ルーシー・ワースリー『アガサ・クリスティー とらえどころのないミステリの女王』1。「とらえどころのなさ」を新しい切り口に描かれる意欲的な大部のクリスティー伝。
カーラ・ヴァレンタイン『殺人は容易ではない アガサ・クリスティーの法科学』1。クリスティー作品を題材にとった法科学の入門書だが、作品に対する新たな知見も。
大矢博子『クリスティを読む! ミステリの女王の名作入門講座』2カジュアルでハンディな入門書の体裁ながら、著者の熟読による太い骨がピシっと入った本であり、ファンも出門者も取り逃がしたくない本。
カレン・ピアース『料理からたどるアガサ・クリスティー 作品とその時代』8年代ごとのクリスティー作品と英国料理の変遷、66の長編の作品をコンパクトに紹介。66のオリジナルレシピを掲載。
篠田真由美(文)/長沖充(イラスト)『ミステリな建築 建築なミステリ』4。建築に対し造詣が深い著者が贈る、建築に潜むミステリとミステリにおける建築を解き明かす一冊。
井波律子『中国ミステリー探訪』11著名な中国文学者が、3世紀中頃から20世紀中頃までの中国文学を渉猟し、「中国式ミステリー」を紹介した類書のない本。NHK出版から出た単行本の文庫化。
『真田啓介ミステリ論集 古典探偵小説の愉しみI(フェアプレイの文学) II(悪人たちの肖像)』12は、第74回日本推理作家協会賞(評論・研究部門)を受賞した荒蝦夷社版の増補版。
飯城勇三『名探偵ガイド』12は、海外50名+国内100名の名探偵を解説したガイド。キャラではなく“推理”と“事件の関わり”を重視して探偵をセレクトしたのが特徴。
諏訪部浩一『チャンドラー講義』12伝記的情報とともにチャンドラーの成長と変化、実存に迫る本格評論。チャンドラー論の里程標になる一作。
■2024年極私的ベスト10 +α■
ストラングル・成田(すとらんぐる・なりた) |
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